今年は三度の北アルプスが何と言っても深く心に刻まれた山行となった。冬の西穂独標、夏の剱岳、秋の双六・奥丸山と季節もバラエティに富み、色彩溢れる北アの山肌は今も脳裏に焼き付いている。
他に大佐渡山脈縦走や粟ヶ岳、岩木山と残雪の山に楽しいものが多かった。ブナ原生林の天水山、低山では雨巻山や八重山が掘り出し物であった。
冬日を受けて樹影が伸びる朝日山山頂
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道志の山が2017年締めの山となる。相模原東インターで高速を下り、相模原市から夜明け間もない道志みちを走る。道路は一部凍結していたが、霜や雪はなかった。
道志村役場の駐車場に車を置かせてもらい、赤鞍ヶ岳登山口の標識に従い車道を上っていく。畑地の斜面に出ると日が当たり始めたばかりの富士山が大きく見えた。
しかしこの後、登山口を見落として林道終点まで歩いてしまった。山に入って少し歩いたところで踏み跡がなくなり、GPSを確認して間違いに気づく。入道山は前に見える斜面の上にあるようだが、尾根状になってはおらず登るのは難しそう。引き返すことにした。
朝日山(地形図では赤鞍ヶ岳)はもう何度も登っているが、この道を登りに取るのは初めてだった。それでも過去に一度下山路としているわけだから、山に登る際に必要な緊張感というか注意力が、最近は著しく低くなっていることを思い知らされた。下手をしたら事故になり兼ねない。
そう言えば3月の冬の那須連山での高校生スキー合宿での雪崩事故が今年最大の山岳遭難であった。これに対し世間では「引き返す勇気が大切だった」という声が多くを占めたが、どこかの新聞の投稿で「必要なのは勇気ではない、引き返す計画である」と指摘している意見があったのが印象的だった。
登山は夏でも冬でも、起こりうるあらゆるトラブルを想定してプランを立てなければならないという教訓となった。
林道を戻って、山の斜面に付けられた登山口を確認。合計1時間のロスとなる。気を取り直して登っていく。入道山は植林下の平凡なピークで山名板もない。さっきはこの山頂のの東およそ100mほどのところまで来ていたのだから、今回の道間違いの「がっかり感」はかなり強い。
でもまあ先に進むしかない。木の間からは富士山、正面には朝日山のなかなか堂々とした山体が控えている。ここから見ると朝日山までは広葉樹の中を登っていくように見えるのだが、実際はヒノキの植林につけられた登山道が続く。地形図に描かれた樹林記号も一帯が針葉樹である。
自然林の尾根に入ると澄み切った青空の下、一気に明るくなる。ただ急激に傾斜は増し、木や岩につかまりながらの急登である。足元も悪い。前回ここを下った時も、雪がまだらについていてかなり苦労した記憶がある。
両側に腰ほどの高さの笹が現れるとようやく緩やかな道に変わる。稜線に出会ったところが秋山峠。昨年来た時は富士山も見えるスッキリした場所だったが、背丈くらいに伸びた枯れ笹とススキがぼうぼうに伸びて変わり果てた姿になっていた。
広い場所ではないので刈り払いされていてもいいように思うが、周囲に鉄塔や電線もないので、公的な登山道整備は期待できなそうだ。
歩きやすい道を5分ほどで朝日山の山頂に着く。山名表示は赤鞍ヶ岳となっているが、正しくは朝日山である。登り口の道志みち沿いに「朝日~」という屋号の店や宿泊施設が何軒か並んでいるのを今回確認した。
樹林の中で眺めはないが、おおらかな雰囲気ででゆっくりできる山頂である。木の間から富士山が大きい。
朝日山から少し下って、自然林の中の尾根歩きとなる。木の枝の間からは南アルプスの白い峰が見え、ブナの多い快適な道が続く。
都留市側の麓にはリニア実験線の発着場が見えた。年を追うごとに設備が大きくなっているような気がする。
朝日山から菜畑山にかけての稜線は展望の得られるところはほとんどなく、その上いくつもの小ピークが連続してアップダウンが激しい。そのためか、ここを歩く人はそう多くなく、今日も土曜日の快晴であるのに誰一人として見かけない。
しかしこういう地味で内省的な雰囲気こそが道志山稜の魅力であり、晩秋から冬に歩きたくなる所以である。
急な登りを経て岩戸ノ峰、そこからは二段階の比較的長い下りとなる。標高を下げると樹相が変わり、やや荒れたアカマツやヒノキの植林となった。
前回下った上坂峠を過ぎると再びの登り返しとなって、ブドウ岩ノ頭へ。ここでまた尾根は左に折れ、アミハリという峠に下ることになる。アミハリの標高は1100mを下回り上坂峠よりも低い。
ここからは本日の最終目的地である菜畑山まで、一気の登りとなる。その標高差は170m。登ったり下ったり、このルートは確かにきついのだが、最後のこの登りはブナが多く励みになる。
道志や丹沢山塊は標高1200mから1500mの間が豊かなブナ林帯となる。純林とはいかないが、南関東・甲信の山ではブナの密集度は高い方だ。
急登で体がほてり気味になるが、北斜面のため寒さの方が勝っている。お昼を過ぎ風も出てきた。
菜畑山山頂に到達する。雲のかかり始めた富士山も見えるが、正面の大室山が大きくどっしりとしている。
山頂にはアマチュア無線をしている人が一人いた。朝からここにいて、今日は山頂の気温が16度まで上がり、暖かかったという。その間、会った登山者は自分が初めてだそうだ。
天気の良い土曜日なら、普通は何人かには会うはずなので不思議だと言う。確かにそう思う。登山ブームと言われて以来、どんな地味な山でも休みの日には必ず誰かに会って当たり前、という時期はあった。が、ここ最近は静かだった山は以前の雰囲気をとり戻りつつあるように思う。登山人口は減っていないものの、口コミなどで一部の山に人が集中しているのだろうか。
菜畑山山頂から和出村へ下山する。急坂を下っていき、20分あまりで林道へ降り立つ。今頃登ってくる初老の人がいた。車でここまで上ってくるのに、かなり迷ったらしい。それでもこんな時間まで諦めずに来たのはすごい。菜畑山往復なら時間的に問題ないだろう。
林道をしばらく歩いて再び山道へ。木の間から大室山を見ながら下り、尾根を外れて薄暗い植林地を通過すると和出村上段の登山口に出た。傾き始めた冬日が畑地を照らしている。
そのまま和出村の民家の間を見ながら道なりに下る。道志みちに出てからは15分ほどで朝出発した道志村役場に戻ってきた。道志村の集落はいつも静かだが、道を行き交う車は多い。
道志の湯に立ち寄り、帰り道に入る頃にはもうすっかり暗くなっていた。
今年最後の山は思いがけず道間違いをしてしまったが、迷ったわけではない。ただ間違いに気づいた後冷静に引き返せたのでよかったものの、悪天候だったり時間が遅かったりするとつい焦って、その心理が道迷いを招きかねない。
やっぱり道を間違えないに越したことはない。