青森県の最高峰、岩木山に登った。その端正な山容から津軽富士とも呼ばれ、青森県津軽地方の人々にとっては心のふるさとの山である。
もうかなり前、白神岳山頂から見たこの山の個性的なシルエットが印象に残った。それから実に15年を経ての登頂である。
当たり前だが、登りたいと思ってから何年経っても、山はそのままの姿で変わらずあってくれるのがうれしい。
岩木山神社へ向かう鳥居の上に、岩木山の山頂が見える
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BS放送「日本百名山」では、岩木山神社を通る百沢(ひゃくさわ)コースが紹介されており、これが非常に魅力的だった。ただ残雪の多いルートであり、ある程度雪の消える7月になってからの計画とした。
しかし実際は多量の残雪に出くわし、同行者ともどもこれには大変苦労させられた。標高1600m台と言えどもそこは北東北の山である。侮ってはいけない。
また、岩木山登山のもうひとつの目当てとなるものは、この山の特産種であるミチノクコザクラだ。花期は6月中旬から7月いっぱいと比較的長い。ハクサンコザクラよりも大きく色が濃い「稀品」を見にはるばる出かける。
前日、夜行高速バス「ノクターン号」で弘前まで行く。3列シートで乗車時間も長く、ゆっくり寝られるかと思ったらことのほか座席が狭く、リクライニングも十分に倒れないタイプで、少し寝不足が残ってしまった。。
以前八甲田山で利用した時は自分が若かったせいもあるけれど、結構快適だった記憶がある。歳をとるとやはり睡眠の質が落ちる。今回同行の友人は自分以上に寝られなかったようだ。
弘前バスターミナルには定刻より15分ほど早く着く。到着が定刻通りだった場合、岩木山神社への次の路線バスまでは1時間待たなければならないが、早く着いたおかげで1本早い便に乗れた。少しでも涼しい時間から登れるのでよかった。
今日土曜日は、図ったような快晴の天気である。バスの車窓からはずっと岩木山が正面に堂々と鎮座し、山頂の3つのコブまではっきりと見えた。まさにここ弘前市の主役である。
おおらかな裾野を引くその姿は立派で大きく、青森県の人にとっては自慢の「おらが山」なのがよくわかる。
岩木山神社前バス停から歩き出す。木の間から岩木山の山頂部が覗く。鳥居を正面に歩き、拝殿前で左の杉並木の登山道に入る。「山頂まで4時間15分」の標識が立っていた。今日は朝から気温が高く、麓で30度くらいいきそうだ。始めのうちは鬱蒼とした林の中で日差しが遮られるのでよかった。
BSの番組では、アプローチとしてりんごの果樹園を見ながら広々とした大地を登っていたが、岩木山神社から歩くぶんにはそうしたりんご園を通る場所はなかった。おそらくもっと手前の地点からあの番組では歩き出していたのだろう。
神苑桜林と呼ばれる桜並木に入る。弘前といえばりんごの他に、弘前城の桜があまりにも有名である。ここ岩木山も桜の季節は賑わいを見せるであろう。
少し高台に上がるとスキー場が見え、広い駐車場の前に出た。岩木山はここで大きく全貌を現す。
山頂部が3つの突起で形成されていて興味を引く。土地の人は岩木山のこの形が「山」の漢字の元になったと話す。
弘前市方面から見る岩木山はまた違った形で、寄生火山である鳥海山と岩木山、さらに右奥の岩鬼山の3つの峰で「山」の字を形作っているという。スキー場から見上げると左手前の鳥海山が主峰から離れているが、遠くからは3つが形よく並んでいるのだろう。
駐車場には支度をしている登山者が多くいた。車利用の人は岩木山神社ではなくここまで上がってきているようだ。
広葉樹の森に入り、小さな沢をまたぎ登っていく。ジグザグの登りには「七曲」と太い字で書かれた標識が立っていた。この先の指導標にも鼻こくりとか、カラスの休み場など、面白い名前が続く。どれも達筆な字体とともにその呼び名の謂れなどが書かれていた。
鬱蒼とした緑の森には花は少ないが、ミヤマオダマキやギンリョウソウをみる。暑くて汗が吹き出す割には、夏を象徴するハルゼミの鳴き声はまだ小さく、小鳥のさえずりがよく聞こえる。
樹林が切れ、岩木山のてっぺんが見える平坦地に出る。「姥石」というところで、他の山にある姥石と同様、ここも女人禁制の山に入った女性が、神様の怒りに触れて石にされてしまったというものらしい。
登山道はこの後、水が上から流れてくるようになる。おそらく残雪が溶けているのだろうがまだ周囲に雪は見えない。ズダヤクシュが群落をなし、さらにその先でハクサンチドリをいくつも見る。高度を上げるにつれ山はにわかに深さを増していった。
背後が開け、勢いよく水の流れる音がした。ちよっとした小滝である。その先に焼止り避難小屋が建っていた。ここまで暑苦しい登りが続いたので、日差しを避けるために中に入る。ひんやりしていい気持ち。なかなか頑丈な小屋だ。
避難小屋からは、登山道の様子が一変した。ひらけた浅い谷筋にルートはつけられ、しばらくは雪溶け直後の荒れた中の登りとなる。来る前に見ていた先週の写真ではここからもう雪渓になっていたので、この1週間で劇的に溶けたのだろう。それでも数分登ったところで早くも残雪が現れた。
スノーブリッジになっているところを慎重に避け登高。雪上でようやくジリジリした暑さから解放された気がしたが、これはこれでエネルギーを使う登りである。それに雪の上であっても太陽の照り返しがあるので、暑さとの戦いはなお続く。
反面、雪が切れて水の勢いよく流れている地点に立つと、これがまた素晴らしい天然クーラーになっている。