友人が佐渡ヶ島の山に登るつもりで現地のトレッキング協議会に照会したところ、たくさんの資料が送られてきたと言う。
今回の大佐渡山脈縦走の計画はその友人のアイデアであって、当初自分はゴールデンウイークに佐渡の山なんて考えもしなかった。けれど話を聞くうち、行くなら5月が最適期であり、フラワートレッキングと称されるように花の多い山旅が実現できそうだとわかった。
交通の手段など、自分が全部調べなくてもいいこともあり、この際その計画に乗ることにした。
尻立山から金北山を望む
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縦走するならドンデン山荘に泊まるのがいいようだが、計画が遅かったのでもう予約でいっぱいだ。ゴールデンウイークにここに泊まるには、何ヶ月も前に予約する必要があるらしい。そこで、今回は近くにある避難小屋を利用することにする。
ドンデン避難小屋の写真を見たところ、広そうで寝るときは畳も使えそうだが、宿泊場所としての快適さとか水場の有無などの情報が少ない。ネット上でもほとんど記録がないし、トレッキング協議会に問い合わせても、宿泊を前提とした避難小屋の利用については当然ながら通り一遍の答えしかしてくれない(すなわち、「水場はなく畳もなく寒い」との答え)。
山の様子もいまひとつ状況がつかめない。特に金北山周辺の残雪の量である。例年の今頃の記録を見ると、雪道で迷いやすく、テープが頼りの所もあるという。新潟県なので新潟本土の同程度の標高の山と同じと考えていいのだろうか。
奥多摩や奥秩父、北関東の山と違い、実際行ってみなければ様子はわからない。とりあえずいつもの自炊泊の装備で向かった。残雪が多そうなので、水はとりあえず現地で取れるであろう。
東京駅から上越新幹線。ゴールデンウィーク後半の初日、駅の大混雑は覚悟していたとは言え驚愕もの。指定席ではないため、30分前から並んでいたので自由席は確保した。
新潟駅から路線バスで新潟港へ。佐渡の両津港へはジェットフォイルという乗り物が早いのだが、すでに予約で埋まっていたためフェリーに乗る。こちらもかなりの混みようだ。2等客室は座席がなくカーペット敷の大部屋で、それでも腰を下ろす場所探しに苦労した。古新聞を敷いて通路や踊り場に陣取る人も多い。これほどの混雑は、おそらく連休を利用して佐渡に帰省する人が多いからだろう。
新潟港から両津港へは、2時間20分の船旅となる。地図を見ると少ししか離れていないように見えるが実際はそれだけかかる(ジェットフォイルの場合は1時間あまりで着く)。
新幹線の東京~新潟間よりも長い行程となったが、それでも遠ざかりゆく越後三山や近づいてくる大佐渡山脈を見ながらの船旅は楽しかった。
両津港に到着。港は山稜が迫っており、一番高く見えるのがドンデン山だそうだ。
ドンデン山荘行きのバス「ドンデンライナー」に乗り、アオネバ登山口バス停で数名の登山者とともに下車する。他の乗客はみなアオネバ山荘直行のようだ。
バス停から周囲の山肌を眺めながら歩き出す。新緑が上がっており、ヤマザクラがきれいだ。左手の山肌には採石工事だろうか、武甲山のように山が削られている。佐渡といえば金山が有名であり、何か鉱物が採掘されているのかもしれない。
数分で、トイレのあるアオネバ登山口で、ここから入山する。明るい自然林の道は、ニリンソウの群落で始まった。エンレイソウ、ヒトリシズカ、スミレサイシンも多い。イワカガミも少し見られる。
緩やかな登りの道は湿地帯のようなところにつけられていて、シダ植物が繁茂している。そこを埋め尽くすようにニリンソウが咲いている。他の山ではあまり見ない図である。
ニリンソウは一株に三輪咲いているのが多く、中には四輪のものもあって、これも珍しい。沢をまたいで次第に高度を上げていく。シラネアオイが咲き続けている。この花をこれだけ見られる山は本土にはない。日光白根山も鹿の食害で激減し、今は防護柵で植生復元中の状態だ。
佐渡には熊のほか、鹿、猿、イノシシといった動物がいない。山野草にとっては天国のようなところで、バスガイドさんもシラネアオイはむしろ増えていると言っていた。
歩いていくにつれ、スミレは距の白いオオタチツボスミレが多くなる。キクザキイチゲも花の盛りで、足元にひっそりと咲くミヤマカタバミ、低木の花はアラゲヒョウタンボク、これは初めて見たかもしれない。エゾエンゴサクは青とピンクの2系統があり、さらに福寿草まで咲いていたのにはびっくりした。
奥多摩や秩父の山では3~5月の足かけ3ヶ月の間で順に咲いていく花が、ここではいっぺんに見られる。
ヤマザクラを眺めながら歩いていくと再度沢筋に出合う。「落合」の標石のところでひと休みする。このあたりで周囲の木々の緑は軽くなり、芽吹きのグラデーションがまるで紅葉したように見える。
登山道は次第に傾斜がきつくなり、足元の花も顔ぶれが変わってきた。雪割草(オオミスミソウ)、そしてカタクリが見られるようになる。カタクリは登れば登るほど密集度が増してくる。残雪もちらほら現れ始めてきたので、雪解けしたところから順に咲き出しているのだろう。
山の斜面に見えていた雪が、そろそろ登山道にも現れるようになると登りもついえた。林の中にザゼンソウがあった。事前には聞いてはいたが、実際目にするとは。今まで自分が秩父や山梨で見たザゼンソウはどれも山麓で保護されていたものばかりで、登山途中でザゼンソウを見たのはおそらく初めてである。
稜線に出たところがアオネバ十字路で、指導標が立っていた。金北山へ至る大佐渡山脈縦走路が通っている。十字路とは言うが、事実上T字路だ。残雪はあまり見られない。
今日は右折し、ドンデン山方面へ。未舗装の林道に出たり山道に入ったりを繰り返し高度を上げる。林道には雪がかなり残っていた。
ドンデン山荘からの舗装車道に出る。ここには金北山縦走路入口の標柱が立つ。ドンデン避難小屋は左だが、水が採れるところがないかを探す目的もあり、右折してドンデン山荘方面に行ってみる。眺めが一気に開け、両津港や残雪光る金北山、そこに至る稜線が一望のもととなった。金北山までは、標高差はあまりないがアップダウンの繰り返しになりそうで、かなり距離があるように思えた。
また車道脇の土の上にはフキノトウがどこまでも群落をなしている。食べる動物が生息していない山域は、このようになるのだろう。
ドンデン山荘に到着。見晴らしの良いテント場が併設されており、水場(水道)もすぐ近くにある。いっそのことここでテントを借りてしまおうかという案も出たが、レンタル代も安くはないし、初志貫徹で避難小屋に向かうことにする。
いずれにしても水を得られたのでよかった。ここから避難小屋までは登り下りを交えて30分ほどかかるが、標高差はそれほどでもないのでここで目一杯水を汲んでいくことにする。
山荘からは登山道で、緩い登りとなる。再びカタクリの群落。カタクリはこの先、どこでも見られそうに思えた。残雪と潅木のヤブで少々苦労したが距離も短く、平坦な地に出る。電波塔がありここが尻立山かと思ったが、まだ少し稜線を歩く。
登山道は広大な台地に出て、一気に展望が開け山や海が見える。さながら異国の地の趣で、北海道の山にも雰囲気が似ている。
笹原は無数のアマナの花が顔を出していた。
標高940mの尻立山に着くと、反対側にドンデン池、そしてドンデン避難小屋の赤い屋根が見えた。池の回りはまだ多量の残雪があり、小屋の前にテントが数張り張られていたのは意外だった。
なお「ドンデン山」とはどこの山を指すのだろうか、来る前はよくわからなかった。この尻立山のことなのか、あるいはこの先にある「論天山」がドンデンに転化したのかとも思ったが、どうやら、このあたりにある3つのピークを合わせた高原一帯を総称した呼び名だそうだ。地形図上の名前はタダラ峰である。
眺めのよい中をひたすら下り、椿越峠で椿ルートの下山道を分けるとドンデン池、そしてドンデン避難小屋の前に出た。
室内は広く、すっきりしている。テントの人たちが食事をしており、自分たちも隣のテーブルで準備をした。
寝床は2階にあり、立てて干してある畳を寝かせて使うことができた。20名くらいは裕に泊まれるだろう。
ドンデン山荘がとてもきれいなため、この避難小屋は登山者の間でもほとんど顧みられないのかもしれない。立地場所もよく、先ほど山荘に寄ったとき、貸しテントに変更してしまわなくてよかったと思う。
テントの人は約10名の若い登山者だった。東京から来たとのことで、インスタグラムで知り合ったらしい。あまり情報のない山域なので、ここでテント泊することがよく決断できたなと思う。
避難小屋からは、海に沈む夕日が手に取るように眺められる。日の沈む10分以上前から日没まで、すばらしい夕焼けをずっと見続けられた。
また、東側もうまい具合に開けており、日の出も見られそうだ。一晩過ごすのにはこれ以上ない立地条件である。
明日の縦走路に期待し床につく。