冬将軍の到来が例年より早く、関東地方は連日12月の寒さになっている。
低い山でのんびりしたいと思い、未踏の山を探しているうちに雨巻山(あままきさん)を見つけた。栃木県と茨城県との境にある533mの山で、登山道は地元の山岳会によりよく整備されているという。地元の人にとっては親しみのある里山と言っていいだろう。
特筆すべきはこの山は落葉樹が多く、山頂付近にはブナが残されているということだ。温帯性の落葉広葉樹木であるこの木が標高500m近辺で見られるのは異例と言って良い。
もっとも日本海側や東北地方の山は森林限界が低いために、標高の低いところで大きなブナ林が見られるが、南関東・甲信地域や中部山岳ではせいぜい標高1000m前後から上で見るのが普通だ。八王子の高尾山(標高599m)にもブナはあるが、それもかなり珍しいことである。
ブナを含め紅黄葉を楽しめそうな山ということで出かけた。
落葉樹の混合林が多い雨巻山登山道
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筑波山のシルエットがきれいな北関東道を真岡インターで下りる。単線の真岡鉄道の踏切を何度か渡ったあと、県道は静かな住宅街へ。真岡を「もおか」と読むと初めて知った。
その後益子町を通過するが、その途中で益子焼の窯元や美術館、売店のある通りを通る。帰りに寄っていくことにした。
田畑を見ながら進んで、駐車場のある大川戸登山口に着く。この山は混雑するとのことだったが、まだ時間が早いせいか自分が2台目だった。外に出るとえらく寒く、11月とは思えない。一度着たダウンパーカーを脱ぐことができず、そのまま出発する。
雨巻山はここ大川戸を起点に周回する人がほとんどだ。他に栗生から外尾根をたどるルートも捨てがたく、迷ったが最初はオーソドックスにいく。
時計回りにまずは足尾山へ。登山口を過ぎるとまずピザ屋があった。意外な感じもするが、こういう自然に近いところで作るピザは食材も新鮮で美味しそうだ。
すぐに沢沿いの登山道に入る。周囲は太平洋側の山でよく見られる照葉樹林が多く、緑濃い葉に包まれる。しかし朝日が差し込まず異様に寒い。途中、清滝への分岐があったので入っていったが、滝はほとんど枯れていた。
そのまま寒い中を進む。ようやく傾斜がきつくなって着たのでダウンを脱ぐ。所々で現れる標識には通し番号が振られており、登山口にあったガイドマップの地図に描かれたものと、見事に一致していた。
沢沿いで濡れた岩の斜面は滑りやすく、固定ロープが設置されている。
尾根に上がるとそれまでの寒さと暗さから突然解放される。コナラやトチノキなどの雑木林がこの先ずっと続いていそうだ。足尾山山頂はそのすぐ先にあった。樹林の中の狭い山頂だが明るく、ベンチがある。後から来た人によるど、朝方の気温は氷点下だったそうだ。どうりでダウンが手放せなかったわけだ。
尾根道は落葉樹林の中を直線状に、穏やかに伸びている。一旦下った鞍部からは一転、岩っぽい急登となる。しかしそれも長くはなく、御嶽山に着く。北側の眺めが得られ、今登って来た紅葉色の足尾山が見下ろせる。その後方には、なだらかな常陸の山々の先に広々とした平野が横たわっていた。
明るい稜線歩きが続く。細かなアップダウンはあるがいたって穏やかだ。大川戸へ下る道が何本も分岐していて、ガイドマップに描かれた番号付きのもののほかにも多数の踏み跡が下りていた。
前方に雨巻山と思われるなだらかなピークが見える。大峠と呼ばれる鞍部に降りた後はその雨巻山へ、比較的長い登りとなる。「猪転げ坂」と名付けられているが傾斜はそれほどもなく、ちょっときつめの上り坂といった程度だ。「いのころげざか」とは語感がいい。土砂流出防止を兼ねた木の階段に沿っていけばことのほか楽に高度を稼げる。
高度が500mくらいになると木々の色づきも進み、紅葉を楽しめるようになる。ハウチワカエデとオオモミジだろうか、色合いと形の違う赤系のカエデが見られる。
正面に見える雨巻山に向かって、直線状に果てしなく道が伸びている。両側を紅葉した木に囲まれ、まるで自然公園の遊歩道のようだ。
雨巻山山頂にはいつの間にか着く感じだ。先客が一人いたがすぐ下りていき、ベンチがいくつもある山頂を独占する。おおかた樹林に囲まれてはいるが東側が大きく開けて、仏頂山に続く山並みを前景に、おそらく水戸市内の建物・ビル群が見渡せる。
日も燦々と照っているが、じっとしているとやはり寒くなる。この先展望台があるのことなので、寄ってみることにした。
木造りの展望塔に上がると、若干木が邪魔をするものの、筑波山を始め茨城の山々が関東平野から立ち上がっている様子がよく捉えられる。
そして目をよくこらすと、霞んだ大気の中スカイツリーが揺らいでいるのが確認できた。さらには秩父の山の奥には雪を被った富士山も。筑波山、スカイツリー、富士山が同じ方向に見えるのも面白い。
展望塔から先の尾根道は栗生登山口へ通じている。この尾根を登ってくるルートもいずれ歩いてみたい。
山頂に戻り今度は西に伸びる尾根道へ。自然林豊かなこの部分にはブナがあるというので探してみる。
登山道に面するところで確認できたのは2本だけだったが、いずれもイヌブナではない、幹の白い正真正銘のブナだった。
太平洋側の気候の影響を受ける山地でブナが見られるのは丹沢、奥多摩、御坂の山が代表的で、他にはまだ未踏だが伊豆の天城山、三河の天狗棚などがある。だがいずれも標高1000mあたりが生育エリアの中心で、500mで見られる雨巻山や高尾山はやはり特異な存在と言えそうだ(ただ自分は今まで、高尾山のブナはまだイヌブナしか見れていない)。
地球温暖化が叫ばれる中、ブナの生育できる地は今後次第に狭まっていくと言われる。広大なブナ純林や原生林を簡単に見られる日本海側や東北の山も貴重だが、これら太平洋側のブナの山もそれ以上に大切にしていかねばならない。
尾根道は次第に北方へ進路を変え、相変わらずきれいな自然林の中の下りが続く。途中ジャンダルムなる小峰を越え、階段道と岩場道とに分岐するが、すぐにまた合流する。
大川戸への下り道分岐ががこちらも多いほか、西側の栗生口への下山路も見られた。右手には木の枝の向こうに、さっき歩いてきた足尾山や御嶽山とその稜線が近くに見える。今日のルートは大川戸を中心に馬蹄形を描くように周回するものだ。行き違う登山者もようやく増え始めた。雨巻山周辺はトレランでもよく利用されているようで、そんなスタイルの人も見かける。
左側には麓の平地が時々覗く。標高が低いため雄大な景色に出会うことはないが、里山らしい落ち着いた雰囲気に満ちた尾根歩きになっている。麓の真岡鉄道にSLでも走っているのだろう、時々汽笛が聞こえてくる。
眺めの良い岩場ピークに出て、再び筑波山や富士山と対面。雨巻山も見える。手前の山稜の麓にはゴルフ場と採石場が並んでいて。ちょっと不思議な光景である。
ここ岩場ピークにも栗生への分岐があり、眺めが良いとのことだ。断崖絶壁の岩場が露出し、ロープで懸垂下降の練習をしている人がいた。
岩場ピークから下り登って今日最後のピーク、三登谷山の山頂に到着する。標高433mは朝の御嶽山と同じで雨巻山よりちょうど100m低い。西側の展望が開け、奥日光の男体山や女峰山、高原山が見えた。
展望写真が貼られており奥那須の大倉・三倉山も見えるらしいが、霞んでよくわからなかった。今日はルートを逆にし、こちらから先に登っていれば、順光できれいな眺めが得られただろう。
ガイド地図を見ると、三登谷山山頂から西に続く短い踏み跡を行くと展望のいい場所に出るとあるので行ってみた。
固定ロープの張られた踏み跡はかなりの急降下で滑りやすく、落ち葉で何度も足を取られそうになる。その上たどり着いた岩棚は樹林が伸び、さしたる展望は得られず。三登谷山のほうがベンチもあり休憩できるのですぐ戻る。
三登谷山から先も雑木林の道が続く。しかし標高を下げてきたので、さすがに木々の葉はまだ緑色のものが多くなってきた。常緑の照葉樹も目につき始める。
高度を一気に落し、大川戸からの林道に出る。そこからほんの数分で大川戸登山口に戻った。朝とは一変し、駐車場は車が溢れていた。おそらく自分の歩いたルートを大勢の人が歩いているのだろう。トレランを終えた人も何人か下山してきた。
まだ青空いっぱいで気持ちよい小春日和の午後なのだが、今日は益子焼を見ていきたいので、このまま寄り道せずに帰ることにする。
益子町の城内坂というところに益子焼の窯元や販売店が立ち並んでいる。花瓶や急須、茶碗、皿など生活に密着した陶器が多いが美術品としての側面もある。ギャラリーが併設されている店もあり、高台には陶芸美術館があった。
湯飲み茶碗と大型スープカップ、薬味入れを購入した。共通するのはどれも肉厚でふくよかな感じがする反面、手に持ってみると不思議と重量感がない。
雨巻山は栃木県の分県登山ガイドにも掲載されているにもかかわらず今まで全くノーケアであった。春は花が多く咲き、登山コースもいくつかあるほか、近隣の山からを結んでの縦走も可能なようだ。季節を変えて何度か来てみたい山でもある。