2016年も押し詰まった。今年の山行を振り返ると、小屋にしてもテントにしても山中一泊しかしておらず、二泊以上の中長期山行がなかった。公私共に少し忙しかったのもあるが、山行も結局は体が資本で、山上で何泊もするのも体力が必要になってくる。今年は普段からあまり鍛えておらず、そのせいか長期山行を計画することを体が無意識に拒否していたのかもしれない。
その中でも印象に残った山行が2月の武尊山、初夏の奥日光錫ヶ岳、そしてトムラウシであろう。トムラウシは山頂まで数百メートルのところで暴風雨のため撤退となり、5年越しのリベンジを果たせなかったのが心残りである。この山行の後、北海道に大きな台風が襲い、このあたりに大きな被害をもたらしたのは残念である。
他には南木曽岳や能郷白山など、初めての歩いた山域も多かった。近場では新緑とツツジ・シャクナゲの雲取山、タワ尾根の紅葉も素晴らしかった。11月は妙義山(相馬岳)の登頂を果たし、関東百山は95座となった。来年は登れるものは登って、あとは箱根山の登山規制が解かれるのを待つのみとしたい。
加波山山頂付近にある「たばこ神社」
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加波山は筑波山の北方にある信仰の山で、今でも修験道の場として修行(禅定)が行われているという。9月には「きせる祭り」というのがあり、たばこ葉の豊作を祈願して山頂のたばこ神社に巨大なキセルを担ぎ上げるそうである。
電車とタクシーで行けないことはないが、ここのところ2ヵ月近く車で山に行っていない。年末で高速の渋滞もなさそうなので久しぶりに車で行くことにした。
常磐自動車道を土浦北ICで出る。筑波山を見ながら県道を北上し、加波山神社の駐車場に着く。凍える寒さでおそらく氷点下にはなっていそうだ。きらびやかな加波山神社里宮をまずは見ていく。入口には加波山神社里宮の説明とともに、「当社の名前を不正に使用する神社がありますので注意して下さい」との文章が法務省の名前で語られている。
加波山神社は、どうやら歴史の過程でいくつかの神社に分離独立し、また麓の地域内でも同じ名前の神社が複数設立されるなど、名前の使い方での対立が今でもあるそうである。自分も今回、登山口に加波山神社を地図で調べているとき、あまりにも神社マークが多すぎてどれが本当の加波山神社なのかよくわからなかった。グーグルマップで見ても、狭い地域に「加波山神社」「加波山神社本宮」「加波山神社本宮・親宮」の3つがある。自分が来たのは最初の「加波山神社(里宮)」だった。
そんなどろどろした事象とは裏腹に、目の前には加波山と思われる丸い山体が、冬の朝の空にくっきりと鎮座している。寒いが爽やかな大気である。
民家の間の車道を緩く上っていく。右手には優美な曲線を引く筑波山、そして振り返るとなんと富士山も見える。
車道歩きを避け、指導標にしたがって寝不動尊の裏手に回り尾根状の登山道に乗る。竹林で笹が混ざり、高い木がないので明るい。やがて前方に大きな採石場が見えてくる。加波山一帯は北関東でも有数の花崗岩採掘地ということだ。ここで採れる石は地名をとって真壁石といい、良質な白い花崗岩(御影石)だそうである。
このあたりで、登山道は下から上がってくる林道と合流した。振り向くと富士山がさっきよりもいい形で見えている。採石場からしばらく行くと水っぽいところに出て、そこが五合目の登山口となる。
常緑樹の多い登山道を登っていく。やがて杉林に入り、六合目、七合目と合目石も現れて参道らしくなった。いったん林道を横断すると杉林の密度は増し、薄暗い感じに。昭和四年と書かれた石燈も立っていた。
稜線に出たところには舗装車道が通っており、鳥居から階段を上がった所に神社があった。反対の左は、燕山へ1kmとある。尾根通しで行けそうなので燕山を往復することにした。
登山道と車道を交互に歩きながら、明るい稜線を緩く上っていく。山道は霜柱が発達している。NHKのアンテナ施設やあずまやを通り過ぎ、階段を登ると西半分が自然林の燕山山頂となった。燕は「つばくろ」と読むようで、北アルプスの燕岳と同じだ。
山頂で今日初めて登山者と会う。この登山道は、岩瀬駅から雨引山~燕山~加波山と歩き繋ぐことができ、さらに筑波山まで縦走する人もいるようだ。自分にそんな元気はないが、今日は時間もあるし、できるだけ遠くまで足を伸ばしたい。ただここから雨引山まで往復するのはちょっと距離がありすぎる。
燕山から引き返そうとすると、東方向に太平洋が光っていた。この稜線は樹林で目隠しされる場所が多いが、冬はなかなかいい展望が得られそうだ。加波山神社に戻るまでは、なるだけ車道を避け尾根筋の登山道を歩く。一部ヤブ深かったものの、大方は登山道を歩いて戻ることができた。
鳥居をくぐって階段を登り、加波山神社拝殿に着く。加波山神社の説明と、ここから先に建っている社殿の案内図があった。それによると何と神社の多いことか。ここには加波山神社と三枝祇(さえなずみ)神社親宮の拝殿が建っており、その先に親宮本殿、たばこ神社、加波山神社本殿、本宮本殿、三枝祇神社本宮拝殿と続くらしい。
麓にあった「里宮」は、山頂の神社までいけない人が麓で参拝するためのもの、というのはわかるが、それ以外にも親宮、本宮、拝殿、本殿などいろんなものがあって混乱する。そのへんの事情が地元のサイトに載っていたので読んでみたが、結局よくわからない。まあ信心深い人にとってはそれぞれが重要な役割を果たしているのだろう。
登山道は露岩の直登となり、一気に高度を稼いで最初の社である親宮本殿に着く。続いてたばこ神社。社の周りの玉垣には奉納者として「日本たばこ産業株式会社」の名があった。
次の本殿で眺めが開け、さらにその次の本宮本殿が実質的な加波山山頂となっているようだ。ここで下山路を見送り、少し歩くと大きな社務所の建つ三枝祇神社本宮拝殿で、ここで一連の「社通り」は終了となった。どこも山頂らしくないので休憩もせず、急ぎ足で過ぎてしまった感がある。
風力発電の発電量を示す電光掲示板。このときはゼロだった
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発電量は |
足尾山からは広い展望が得られる。南側には筑波山とそれに続く尾根がよく見えた
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筑波山を望む |
足尾山からは関東平野とそれを取り囲む山々の広い眺めが得られた。男体山など奥日光の山
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奥日光方面 |
一本杉峠からの下りは、初めのうちは穏やかな林道が続く
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一本杉峠からの下り |
一本杉峠からの林道は、途中からデコボコの状態に。オフロード車のメッカになっている
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トラブルではない |
加波山西山麓の採石場。白い花崗岩は真壁石、または御影石とも呼ばれる
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採石場 |
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優美な稜線 |
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きらびやかな里宮 |
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ここから先は雰囲気がうって変わって、笹と自然林の豊かなプロムナードとなった。先ほどの燕山付近は片側が植林だったが、このあたりは全方位が自然林で明るい。やはり山歩きはこうでなければならない。
自衛隊機墜落で殉職した自衛隊員の慰霊碑を見て、さらに進むと「眺望」と書かれた案内板があった。しかし樹林に囲まれ眺めはないため、詳しい説明は消されていた。以前は眺めがよかったのだろうか。ベンチのあるところで、直進気味に笹の深い中につけられた踏み跡を進むが、これは方向が違っていたようで引き返す。
ベンチからは右に折れ、急降下の階段道に入る。下の方に風力発電の巨大なプロペラが見える。階段道はいったいどこまで下るのかと思うほど続き、プロペラを見上げる位置まで下りきったところで、自由民権運動の記念碑が建つ平坦部に下り立った。舗装車道が横切っている。
「ウインドパワーつくば風力発電所」は大きなプロペラが2基建っていて、今どのくらい発電されているかの電光掲示板もある。たしかに海に近い低い山の鞍部であり、風力発電の場としては適しているだろう。電光掲示板の数値を見ると、2基のうち片方のプロペラは回っているのに、風力ゼロ、発電量ゼロとなっていた。それにしても神社、採石場から発電所まで、加波山はいろいろな「モノ」がある山だ。
登山道は車道を横切っているのだが、発電所の脇にある小さな入口を見つけるのに時間がかかった。肝心なところに標識がなく、人工物があると迷いやすいのはどこの山も同じである。丸山のピークは巻いてしまい、そのまま車道の乗っ越す一本杉峠に下りてしまった。燕山以降まともな休憩を取っておらず、一本杉峠でとも考えていたが日が差さず寒い。自然林の尾根道はよかったが距離が短く、ここまで展望が得られる場所がほとんどなかった。
一本杉峠で下山する考えは捨て、この先にある足尾山まで行ってみることにする。足尾山に展望があるかないかは調べていなかったのでわからないが、休憩くらいはできるだろう。
峠には、車道の方向を示す標識はあるが、登山道のための標識は見当たらない。足尾山と思われる標高527m三角点の位置を地図で確かめ、車道の左脇から細く伸びる踏み跡に入る。落ち葉の深く積もった中を黙々と登っていく。植林はこのあたり全くなく、好ましい。何度か車道に行き当たるも、山の中に踏み跡は続いていた。
半分くらい登ったと思ったところでGPSを見たら、すでに527mを指していた。まだ登りが続くのでおかしいと思い地図を見直したら、標高527mとというのは見間違いで627mだった。地形図の5と6は見間違いやすい。気を取り直して進む。しかしこれで展望のない山だったらがっくりだ。
ちょっとした急登をこなすと右方が開け、数時間ぶりに奥日光の山の稜線が見えた。そして空がどんどん広くなり、足尾山の山頂に到着。一段高いところに祠が奉られており、その周囲に立つと一気に眺めが広がった。筑波山から広大な関東平野、富士山、上州の山、浅間山、奥日光とぐるっと見渡せる。筑波山に続く尾根通しには、きのこ山付近のパラグライダー発着場も見える。上空にもパラグライダーやハンググライダーが気持ちよさそうに風に乗っていた。
今日一番の眺望。お昼休憩を延ばし延ばしで、一本杉峠で下山しなくてよかった。冬の低山歩きはやっぱり、こうでなくてはならない。ゆっくり休憩して、来た道を戻ることにする。
一本杉峠に戻ると、さっきはなかったオフロード車が何台も停まっていた。オフロード車を実際見たのは初めてだが、どれもタイヤがすごく、車高の半分くらいを占めている。一本杉峠からの下りの林道は、オフロード車やバイクに人気があると聞いていたので、今しがた登ってきたのだろう。
その林道を下り始める。初めのうちは穏やかな道だったが、次第にデコボコが激しくなり、石のゴツゴツした沢のようになってきた。歩くのも一苦労なところもある。こんなところを車で登ってくるのか、と半分信じられなかったが、何やら下の方からエンジン音が近づいてくる。さらにオフロード車の車列がやってきた。登ってきたと言うよりも、岩場のような所で立ち往生している。しばらく見物していたら、前の車にロープで引き上げてもらい何とか動き出した。そうか、こうやって難所を次々クリアして登っていくのが皆さんの楽しみなのだな、と理解した。
車列はこの後もいくつかやって来て、おそらく全部で20台くらいが登っていったのではないか。一本杉峠は満車状態になるだろう。山を歩いている人がいる横でこんな遊びをしているグループがいる。アウトドアレジャーには本当にいろいろな分野があるものだ。なかなか面白いものを見せてもらった。
荒れた林道に別れを告げ、やや登り返しになって開けた林道に出る。採石場の横を通り下っていくと、朝通った寝不動尊の分岐に着いた。里道を緩く下り加波山神社へ戻る。民家の庭にはみかんが実り、きらびやかな里宮の社は、地元の人たちによって暮れの大掃除が行われていた。振り返ると加波山や筑波山が、今の時間になっても青空にくっきりと稜線を描いていた。
たくさんの神社、採石場、風力発電そしてオフロード車と、一風変わった見所満載の山行で今年を締めることができた。筑波山近くの日帰り温泉に立ち寄ってから、帰途につく。