妙義山は危険な山として今まで敬遠していたが、稜線縦走せず一番易しいルートで行けば、それほど大変ではないらしい。
関東百山もあと6座を残すのみとなり、ここをクリアすれば後は難しいところはない。紅葉が期待できる11月最初の週末、挑戦することにした。
大の字付近から見上げる妙義山
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いっしょに行く予定でいた友人が寝坊してしまったので、単独での出発となる。関越から上信越道に入ると澄み渡る秋空の下、いつものように奇怪な岩峰の連なる山々の姿が目に飛び込んでくる。今日はただ見上げるだけではなく、実際に登るのだ。今まではどれが表妙義か、裏妙義かの区別もつかなかったが今回はすぐわかった。
松井田妙義インターから坂を登って5分程度、道の駅みょうぎに着く。ここが登山口となる。高台にあるのですでに眺めがいい。
歌碑の置かれている遊歩道をとりあえず登っていく。すぐ車道に出て、ここにも小さな駐車スペースがあった。中間道登山口と書かれたところから入山する。杉林の中を登ると妙義神社の横に出る。神社は帰りに寄る予定だが、なかなか立派な門構えだった。上部には険しい岩壁がもう見えている。
登山者カードに記入し投函してから、階段の多い山道に入る。身軽で軽装の若者グループやヘルメット装備の二人連れが前を行く。第一見晴で分岐となる。右手は稜線の奥の院~白雲山方面に登る道で、自分以外は皆そちらに入って行く。縦走するのだろう。
表妙義と言えばこの縦走路がまず思い浮かぶのだが、上級者コースと言われるように岩場の連続で高度感にさられれる場所が多いそうだ。途中、垂直に近い岩壁を30mの鎖で登っていく部分は、北アルプス剱岳の難所よりもワンランク上という人が多い。
自分のように妙義山まで来ておいて、岩場を避けエスケープルートを辿る登山者などいるのだろうか。高級レストランで日替わりランチを注文するようなものである。
第一見晴の展望台に出ると、白雲山よりもさらに険しい金洞山のゴツゴツがよく見えた。他にもナッツや棒を突き立てたような岩塔など、盛りだくさんである。
中間道に戻ってさらに西へ。杉林から広葉樹の森に変わったが、標高600mくらいだと木々はまだ紅葉せずほとんど緑である。新緑の頃はいいかもしれない。しかし妙義山の初夏から秋口にかけては、低いところはヒルがいるらしい。
奥に入るにつれ、右手の山の斜面が岩になる割合が多くなってくる。大きな岩壁に丸い穴が開いているのもあった。やがて次の展望台である第二見晴に着く。ちょっとした岩の斜面を登ると、なかなか素晴らしい眺めが広がる。金洞山塊はさらに不気味で険悪な様相を呈していた。
さらに少し歩くと、右の斜面にタルワキ沢登山道の分岐を見る。主稜線へはここを登っていく。白い案内板には「上級者コース」との表示があった。
いきなりの急登で、足元も悪いところがある。ようやく本格的な登山となってきた。登るほどに大きな岩の間をくぐり抜けていくようになる。下ってくる登山者とすれ違う。皆急坂で苦労している様子だ。
タルワキ沢コースで最初の鎖場に出る。やや斜めになった岩場で少し面食らう。そのすぐ先にも長い鎖場があった。
妙義山の登山道は全体的に道が細く、西上州の山らしい。岩がちの登りをこなしていくとさらにもう一本の鎖場。タルワキ沢の鎖場は全部で3箇所だった。難しいところはなかったが、体力が落ちる下山時には、急坂でもあるので一応の注意が必要だろう。
高度を上げ、周囲には紅葉した木も目立ち始めると道の傾斜は緩み、左右を高い岩壁に挟まれた中を歩く。右の岩は天狗岩、左はおそらく相馬岳の一部だろう。登り着いたところはタルワキ沢のコルで、表妙義の主稜線となる。
今登って来た方向には、切り立った左右の岩壁が鋭いV字谷を形作っていた。周囲は密ではないが樹林帯になっており、ミズナラやカエデが綺麗に色づいていた。ここから相馬岳へはもう難所はないはず。急な登りはあるが、真っ赤に紅葉したツツジの間につけられた尾根を行く。振り返ると天狗岩の岩峰がすごいボリューム感でそそり立っている。
細尾根を登って、東西に細長い相馬岳に到着。西側の端が展望地になっており、低い灌木帯はあるがおよそ270度の広い眺めが得られた。金洞山はここでも存在感ある怪異な姿を見せているが、とにかく見える山がバラエティに富んでいて飽きない眺めだ。
浅間山、鼻曲山、浅間隠山といった上信の名峰の奥には白くなった北アルプス、さらに八ヶ岳や南アルプスも。荒船山、鹿岳、四ツ又山など西上州の山々も個性的ないでたちである。
相馬岳は表妙義の最高峰であり、ここに到達すれば一応は妙義山に登頂したとされる。ただし心理的にはやはりここは、縦走してこその稜線との思いもある。登山道はこの先も鷹戻しから金洞山塊へと続いているが自分には入り込むことのできない世界である。
来た道を下っていく。きれいな紅葉の中にミツバツツジが咲いていた。ヘルメット姿の登山者がどんどん登ってくる。
タルワキ沢のコルですぐに下山せず稜線伝いに行き、この先の天狗岩まで往復する。天狗岩までは難所はなく普通に登れるとのことだ。途中一枚岩の急斜面に出くわすが、木の根が岩の表面を覆い尽くすように伸びているので、足場に不自由しない。
登り着いたところは岩の上の展望地で、相馬岳からは見えなかった北方向がよく見える。裏妙義のシンボル、丁須の頭のトンカチ頭もわかったが、想像していたよりずっと小さく、遠目には一本の木のように見えた。
また道路を隔てて榛名山が大きく、赤城や白くなった谷川連峰も見える。足元には森から屹立する表妙義の岩壁群が鋭いが、残念ながら木々の色づきがよくない。ちゃんと紅葉すれば素晴らしい展望地だろう。
そこから天狗岩へは自然林の尾根道を5分ほどで着く。樹林に囲まれ展望は今ひとつだ。
相馬岳同様、一般登山者が入り込めるのはここまで。コルまで引き返すことにする。コルからは急坂を下って中間道へ戻ることになる。この時間になっても、登ってくる登山者は多い。ただし若い人が中心である。
中間道に下りると、来るはずだった友人から携帯に連絡が入っていた。何と後から妙義山に登って来ているようだ。しかも道を間違えて上級者コースの主稜線を登っていると言うのでびっくりした。時間的には今、天狗岩あたりを歩いているようだ。下山後落ち合うことにする。
さてこのまま下山はやはり物足りない。第一見晴から分岐に入り、大の字に寄って行くことにした。
少し登り返すと眺めのいいヤセ尾根となった。岩場が多く、タルワキ沢の登りとは違った爽快感があるが、今日一番の骨のある登山道だ、ある。前方には目標の大の字の文字盤が見える。すごい絶壁の縁に立っている。
登山の格好ではない家族連れのグループが下りてきた。この先も大変ですか、と聞いてきたのでそれほどでもないと答える。と言うことはこちら方向からは、この先かなりの難路なのだろう。
見晴台の先でこのルートの核心、カニの横這いの鎖場となる。30mほどはあろうかという、ルンゼ状の岩場のヘツリ道である。こちらからは下りとなり、見おろすと足がすくんだ。
まずは5mの急降下。ここは足場がある。その先からの横這いは緩やかな下り状態となるので、手と足の置く位置が難しい。進んでいくうちに4本の手足が同じ場所に集まってしまい、冷や汗をかいた。スリップもなく何とか渡りきることができたが、自分の悪戦苦闘ぶりは、少し前ににこの鎖場を登りきっていた人に、上の方から見物されていたようだ。
中間道の取り付きと大の字は標高差が150mほどあるが、この鎖場が下りになるので、歩くなら逆方向の方が危険度も小さく楽だろう。
その後は一旦樹林帯に入る。次の鎖場は登りで全く問題ない。やがて上級者コースとの分岐点である辻に着く。友人はここを登っていってしまったようだ。大の字へは右へ。やがて長い鎖が落ちている下山路を分けて、いよいよ大の字の基部に着く。
まさかと思ったが、目の前の垂直に近い岩場を登っていくようだ。足場はあるものの、腕力を頼りに体を引き上げる。2本の鎖で大の字の文字盤の横に登り上がる。展望は絶大で、高速道路や富岡方面の町並みがパノラマである。世界遺産の富岡製糸場はあのあたりだろうか。ゆっくりしたいのだが、足元すぐ下は絶壁で落ち着かない。建設中の高層ビルの鉄骨足場からはこのような風景が見えるのかもしれない。あまり長居はせず、下りることにする。登ってきた鎖場を上から見ると、ほとんど垂直なので、自分としてはよく登ったものだと感心した。下降は鎖にしがみついて何とかこなす。
タルワキ沢から相馬岳を往復するルートも、この大の字を経由すると変化が加わりバラエティに富んだ登山ができるとわかった。
妙義神社へ向けて下山となる。まだ長い鎖が続く。登りなら大したことはないのだが、地面が濡れているのでスリップしないよう、しばらくの間は慎重に下る。大きな岩に「大→」とだけ書かれているのは大の字のことだろう。大の字付近では登山の格好でない人に多く出会ったが、観光のついでに登る山(山と言えるか?)としてはかなりハードルが高い。
杉林のジグザグ下りとなり、ようやく緊張感から開放される。やがて妙義神社の裏手へ下り着いた。
行きでも少し見かけた社殿だが、目の前にするととてもきらびやかで立派な造りである。屋根の上のほうには先ほどの大の字が見え、その背後にそそり立つ岩壁が、斜光を受けて異様な輝きを放っていた。神様の住む山はやはり険しい方が似合うし、妙義山こそ信仰の対象としてふさわしい山なのかもしれない。それだけ昔から崇められ続けて来たのだろう。
社の前には今しがた下山した多くの登山者に加え、観光客もたくさんやってきていた。この社殿は展望がきく台地に建っているのはいいのだが、足元は切り立った石垣となっており、注意していないと数十メートル下まで滑落してしまう。妙義山は下山しても気が抜けない。
社殿からは長い階段を下り、みやげ物店のある通りを抜けると、朝出発した道の駅みょうぎの前だった。
車で数分の日帰り温泉「もみじの湯」に立ち寄っていく。露天風呂からは妙義山がよく見えた。縦走路からタルワキ沢ルートを下山してきた友人とここで初めて会う。道を間違えて上級者コースを行ってしまったのも想定外だったが、ちゃんと歩きとおせたのだからすごい。高度感で恐かった印象よりも、岩場続きで手足が疲れきってしまったと言う。よくぞ無事で下山できたものだ。
温泉から出ると、周囲はもう真っ暗になっていた。関越は紅葉狩りの観光客と事故で大渋滞になっていた。