新潟県には標高300m以下の低地にもブナがよく生育し、各所に自然公園として整備されているところが多い。登山の恰好をしなくてもブナを見ることができる。
昨年秋、南魚沼市の後山ブナ林公園に行った。そしてこの春、ブナの開葉時期に合わせて十日町市のブナ林公園をいくつか回った。
十日町で一番知られているのは松之山にある「
美人林」で、今回の計画もここが芽吹きしたとの情報から行こうと決めたものだ。その他、「
田麦ぶなの森園」「
二六公園」「
句碑公園」と欲張って巡ってみた。車利用ならではのプランである。
これらのブナ林公園はいずれも標高300mかそれ以下で、車を降りたところにすぐブナがある。標高差50m程度の小山に遊歩道が敷かれていて、歩くこともできる。
また、
後山ブナ林公園も六日町へ行く途中にあるため、再訪してみた。
まずは美人林。国道353号を走り、松之山地区に入る。キョロロの森という自然学校の横に、広い駐車場があった。
「美人林」は、樹齢100年未満の細身のブナが林立し、そのスラっとした立ち姿から名づけられたという。4月中旬の芽吹きの時期になると、残雪とそれを溶かすブナの根明け、そして萌黄色が同時に見られることで有名な撮影地となっている。この日も三脚をかかえたカメラマンが朝から何人も遊歩道を歩いていた。
ここは昭和初期、木炭需要のため皆伐された跡地に、一斉にブナが伸びだしてできた森とのことだ。原生林ではなく典型的な二次林ということになる。新潟のブナ林公園はこうした二次林がほとんどで、昔からある巨樹、老樹はほとんど見ない。
それでも美人林は一帯がほぼブナの純林である。こうした森林ができるのは雪の多い地方ならではのことである。池に映し出された鏡ブナは絵になり、いわゆるインスタ映えしそうだ。
林内には杉が少しあるが、笹もなければ山中のブナ林でよく見る、ヒメアオキやユキツバキなど中間層の照葉樹も存在しない。山を歩いている者からすれば、いつも見るブナ林とは少し違っている。直線的に立った木々は、シルエットで見たらヒノキの人工林と勘違いするかもしれない。
今年は雪が少なく、その上4月上旬に厳しい寒の戻りがあって、林の中は雪が少ないのに芽吹きも遅い、というあまりうれしくない状況となっている。そのためか、カメラマンも今年の美人林をあまりいい被写体としてとらえていないようだった。
残雪、根明け、新緑、この3つが揃っていないと、春の観光資源としての美人林の魅力は今一つの感がする。むしろ紅葉がいいかもしれない。
美人林を後にし、棚田に寄り道しつつ次のブナ林へ向かう。十日町から上越市に入る。ソメイヨシノが満開だ。
国道253号の儀明トンネルを抜け林道に入り、大島村・田麦地区へ。どこか懐かしさのある山村である。「庄屋の家」という宿泊施設の駐車場に停める。田麦ぶなの森園は、この地区の単なる裏山である。
事前におおよその位置は把握してきたものの、道路に標識などは道に立っておらず、少し高台に見える萌黄色の森を目標に歩くが、どこが入り口なのかわからない。
散歩していた人に場所を聞く。この道をどんどん登っていくと、左手がぶな森園だとのこと。棚田を見ながら歩いて登っていくと、山の中に木の階段がついていた。
美人林に比べれば自然な林で、いつも山の中で見ているブナ林に近い。開葉もずっと進んでおり、あたり一面萌黄色である。そしてここにはある程度太いブナもあった。古くから、土地の人の生活の一部として守られてきたブナ林であろう。
棚田と雪山の眺め(田麦ぶなの森園)[拡大]
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山道は歩きやすかったが、途中で踏み跡がわからなくなった。読んできた資料では、キャンプ場やベンチ、展望台があると書かれていたのに、そういった人工物は一切見当たらない。
適当なところで車道に下りる。少し先にキャンプ場の管理棟が建っていた。しかしシーズン中はキャンプ場として運営されているのだろうか、よくわからない。
すごくいいブナ林と思ったが、自然公園としてはあまり利用されていないように見え、惜しい気がした。
カメラのズームで、林冠の芽吹き部分を覗いてみる。葉は盛んに出ていたが、昨年各地の山で見たような花は全く出ていない。これは美人林でも同じだった。むしろ、昨年付けた実が昨年のうちに落ち切らず、まだたくさん枝にとどまっている。
東京の高尾山、茨城の吾国山では少ないながらも花を見れたのに、ブナが本場の新潟県では開花していないのか。昨年大豊作だった分、今年はお休みなのかもしれない。
振り返ると棚田の向こうに、越後三山などの雪山がパノラマでいっぱいに広がっていた。
再び十日町に入り、飯山線に沿って車を走らせる。松代を過ぎ、川西という地域に入ると、広大な水田地帯が左手に広がった。
その中に敷かれた農道に入り、少し上れば二六公園ブナ林の入口となる。手前に小さな駐車スペースからは正面に越後の雪山が大きい。
地面にはブナがいっぱい発芽していた(二六公園)
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二六公園は、長徳寺の裏山を紀元2600年を記念して造成したことからこの名がついたそうだ。あずまやのある広場の上部に、萌黄色のブナ林が広がる。これはすばらしい。ところどころに観音石仏が置かれている。
定期的に手入れされていると見られ、遊歩道の落ち葉は取り除かれ地面が見えていた。その地面いっぱいにブナが発芽していた。「モヤシ」のような姿で種子をかぶったまま無数の芽が出てきている。おびただしいほどの量で、それこそ足の踏み場もないほどだ。
モヤシ状態のものがほとんどで、緑の双葉が出ているのはまだほんのちょっとだ。こんなにいっぱい芽が出るのに、雪解けを待って発芽するタイミングはほぼ全ていっしょのようだ。まさに一斉発芽である。群落を作る植物はみんな一緒だと思うが、自然の奥深さを感じる。
美人林は雪が溶けてすぐだったので発芽前だったのだろうが、田麦のブナ林は落ち葉の下で、気が付かなかっただけかもしれない。
大豊作の翌年、ブナの林床はブナの発芽で敷き詰められると言うが、その現場を目の当たりにした。もう数日すると一斉に葉を開いて、緑の絨毯になるのだろうか。それでもこのブナの赤ちゃんたちの寿命は短く、ほとんどが1年もたないで枯れていくという。
根明け(後山ブナ林公園) [拡大]
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標高差数10mの小山につけられた遊歩道を一周する。木が若いので背が低く、見上げなくても葉が見られるのがいい。その若葉は瑞々しく、日に照らされて透き通るようだ。
ブナの赤ちゃんをなるべく踏みつけないよう、足の置き場所に注意しながら歩いた。
後山ブナ林公園に、5か月ぶりに来た。ここは他より少し標高が高い。入口には1m以上の雪が残っていたので、長靴で入る。内部も一面の積雪だった。
標高が高いにもかかわらず、芽吹きは他と同じかそれ以上に進んでおり、かなりの新葉を出していた。そしてここは残雪の中のブナ根明けも多く見られる。
昨年見た大木も変わらずあった。
2日目、
大力山を下山後時間が十分にあったので、東京への帰り道に少し寄り道をしてブナ林公園巡りの続きをした。
二六公園からすぐのところに「句碑公園」がある。そこに寄っていく。
田んぼの農道に入っていく場所に案内板があったものの、そこから公園まで行く道がよくわからず、地元に人に聞きながら、清龍寺という寺まで行く。
句碑公園はその墓地の裏手にある山だった。二六公園は石仏だったが、ここには俳句の書かれた石碑があちこちに立っている。二六公園と同様、輝く萌黄色の森となっている。
遊歩道は砂利道で、落ち葉が積もっていて歩きやすい。落ち葉をのけると、ここも発芽したばかりのブナが無数に出ていた。砂利道でもお構いなしのようだ。緑の双葉が出てくるまでは、落ち葉で隠されて気づかず、踏んづけられまくりであろう。
今回は欲張って5か所のブナ林公園を回ったが、それぞれに個性があって、そこだけでしか見られない事象もあり、感心しながら過ごせた。
しかし山で見るブナ林とはやはり、どこか違う。樹齢の若い林が多く老樹が見られないことも理由にはあるだろうけど、山の斜面という厳しい環境で生きているブナには、それなりの気高さや気品がある。そんなことに気づかされた1日でもあった。
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2019年4月20日(土)~21日(日)探索
現地までのルート:練馬IC-[関越自動車道]-塩沢石打IC-[国道353号他]-美人林-[国道253号他]-田麦ぶなの森園-[県道78号他]-二六公園-[県道78号他]-後山ブナ林公園-[県道58号他]-六日町(泊)-大力山登山-[県道58号他]-句碑公園
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