御坂山塊の西端にそびえる王岳は広いブナ林帯を持っている。それも巨木が多い。
鍵掛峠に上がる道は鬼ヶ岳や雪頭ヶ岳に登る時によく使うが、王岳の稜線はかなり久しぶりとなる。この土日は猛暑の夏も一息つき、秋の季節を先取りするような気候となった。
観光地を背に緑濃い山へ
ルートは前回(と言っても15年前)と同じく、西湖から登って山頂を越え、精進湖に下る。15年の間に、山頂から西湖に下るルートができたようだが、稜線を西の方まで歩ききりたい。精進湖からは周遊バスを乗り継いで西湖に戻ってこれる。
西湖いやしの里根場に車を停めて出発する。
富士五湖の観光地としての国際化の波はさらに進んでいる。中東の国の人たちのためにお祈り用のスペースができていたのにはびっくりした。茅葺き屋根の古民家もずいぶん数が増えたようだ。
林道を少し歩いて登山口に至る。すっかり緑濃くなり薄暗ささえ感じる広葉樹の森である。少し高度を上げてまず目につき始めたのはイヌブナだ。黒っぽい樹皮が特徴だが、中にはブナのように白っぽいものもある。そういうものでも、葉の大きさや、葉の裏がやや灰色がかっていれば、この標高であればイヌブナと見ていいだろう。
ダイナミックな枝ぶりとバラエティのある地衣類 [拡大]
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支尾根に上がるとアシビの多い緩やかな道となる。標高1200m前後までは雑木の尾根が続き、その先で「ブナ原生林」の標識が出てくるころ、ようやくブナが現れ出した。ブナとイヌブナが標高で棲み分けているのは関東地方太平洋側の山の特色である。鍵掛峠までのジグザグの登りでは流石にブナが多くなった。
それにしても、太平洋側のブナは、葉がずいぶん小さい。乾燥から身を守るための工夫と言われているが、東北や新潟の山とくらべると大きさは2分の1以下である。樹皮の色も太平洋側と日本海側とで違っていたりするので、つい別の種の樹木ではないかと思わせられる。
でもこの違いはブナだけではなく、オオカメノキやカエデ類の一部も日本海側の山では葉が大きいのをよく見る。太平洋側のブナは葉が小さい分、数をたくさんつけているので、水平面で見れば葉の占める総面積にそう差はない。そうすることで光合成による栄養獲得の不利を補っている。
鍵掛峠に出て、富士山を正面に見据える。暑くもなく寒すぎもせず、今日は快適な山である。
王岳へ向かう。登山道は尾根の背につけられていることが多いが、時々南面の草深い斜面となる。露岩に乗ると富士山や西湖がよく見えた。
この稜線上にもブナが多く、直径50cm以上の巨木が目立つ。それだけ壮年、老齢のブナが多いということだが、逆に背の低い細身の若い木が全く見当たらない。ここもほかの太平洋側のブナ林と同じく、今の老樹が枯れたらブナがなくなってしまう運命かもしれない。
その兆候は今すでに見えている。王岳の稜線は立ち枯れたブナが多かった。
王岳のブナは太平洋側のブナの特徴そのままに、枝が太くどっしりとしたものが多い。樹皮は先週新潟県で見た白ではなく、地衣類により様々な模様で彩られていた。特に王岳のブナは黒光りする地衣類をまとったものが多く、それが他の樹木も混ざる森の中で目立つ存在になっている。
もちろんブナ以外の樹木にも地衣類や苔類はつくが、やはり水を多く蓄える木によりつきやすいのか、ブナが一番地衣類をまとっているように見える。太平洋側のブナには地衣類がよく似合う。
白いブナもある [拡大]
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ブナの森が続く
王岳の山頂からも富士山がよく見えた。今日は空気がカラッとしていてガスの発生もなく、眺めはクリアである。西湖の隣りには広大な青木ヶ原樹海が地表に張り付いている感じだ。遠くには山中湖や河口湖の端っこも見える。
王岳山頂から西へ。急な下りを経て再びブナの優勢な森となる。切り開きからは南アルプスの塩見、荒川、赤石岳が見えた。
樹林帯は次第にスズタケの高さが増してきて、場所によっては自分の背丈を超える。何しろ他に登山者が全くいないので、背丈を超すスズタケの中はクモの巣が非常にうるさい。ここ数年は各地の山でスズタケ枯れが続出しているが、ここ御坂の山はあまりその傾向がないようだ。
樹皮が黒っぽい地衣類で隠されると、ブナと思っていても実はぜんぜん違った木だったりする。直径が1m以上ある大木は見るからにブナなのだが、20m以上頭上の林冠を見るとブナの葉ではなく、2対から3対の羽状複葉だった。アオダモも白っぽい樹皮だから、そのあたりだろうか。しかしアオダモがこんな林冠を形成するような巨木になるとは思えない。どうしても正体がわからなかった。
五湖山に着く。樹林の中だが少し先で精進湖が見下ろせた。モミの幼木の中を一旦下ってもう一度登り返すと、展望の良い岩棚に出た。富士山はまだ大きく、正面には台形の三方分山、遠くに八ヶ岳も見える。振り返ると王岳も形良い姿でそびえていた。
女坂峠から緩やかな峠道を下り、精進の登山口に出る。小さな集落には建築中の民家もあるが、大半が壁の崩れ落ちた古い家だ。空き家がほとんどだろう。内外の多くの観光客を呼び込む富士五湖も少し奥まったところはこういう姿になっている。同じ富士五湖畔の集落でも、観光向けのいやしの里とはまるで違っていた。
精進バス停で予定の周遊バスを待つが、30分経っても来ない。西湖まではたいした距離ではないと思い歩いて戻ることにした。下山地の地図を持ってくるのを忘れたのでどういう経路なのかよくわからなかったが、湖岸沿いに行けばいいだろう。
しかしこれが結構な距離で、折しも暑い日差しが戻ってきてしまい、汗だくで苦しめられる。山の中を歩いていた時間の方がずっと快適だった。
車道を歩き続けるのも単調なので、途中で青木ヶ原樹海の遊歩道に入ってみた。ここには初めて足を踏み入れる。モミやツガなどの針葉樹が鬱蒼と茂っており、日が高い時間でも夕方のように暗い。ブナはなさそうだ。ただミズナラは生育しており、ヒメシャラも1本だけあった。1本でもこの赤っぽい木は遠くからよく目立つ。
精進湖から1時間半以上かけて、西湖いやしの里根場に戻った。
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2018年8月18日(土) 探索
ルート:西湖いやしの里根場-鍵掛峠-王岳-ヨコ沢ノ頭-五湖山-女坂峠-精進-御殿庭-西湖いやしの里根場
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