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ブナ探索山行 第18回
三国山稜(山梨/静岡県)   2つの顔を持つ太平洋側のブナ林

山梨、静岡、神奈川県境に位置する三国山稜は、標高1300mくらいの平坦な稜線が続く、樹林の尾根である。
アザミ平や鉄砲木ノ頭など、山中湖や富士山の展望の良いので人気だが、ここはやはりブナを中心とした樹林の豊かさが特徴で、地理的には箱根や丹沢、伊豆の山々の流れを引き継ぐ典型的な太平洋型の植生である。
今回ブナの姿を確認するために久しぶりにこの山を歩いた。

黒土に立する巨樹や奇樹
日本海を進む台風25号による強風を避けるため、篭坂峠からやや遅めの出発をする。墓地を過ぎ、緩やかな登山道に入ると背後に雲間から富士山が見えた。
この尾根道は昔の富士山の噴火の火山灰の名残と思われる黒土に覆われている。またよく見ると、礫のような黒い小石で敷き詰められているところもある。関東地方などの火山跡地でよく見られるこういった黒っぽい土をクロボク土というらしいが、樹木は、そしてブナはこんな土壌でもちゃんと根ざすのである。
むしろ、保水性の良さや、植物にとって有利な成分を含んでいる面もあるのかもしれない。

登山道は至る所で小枝が散乱し、大木が折れて登山道を塞いでいた。先週の台風24号は関東・甲信の山地や河川に大きな傷跡を残していったようだ。高尾山はたくさんの大木が倒れたようだし、八ヶ岳の登山口である美濃戸口では橋が崩落して車の通行ができなくなっている。
高尾山も八ヶ岳も有名な山だから復旧も早いだろうが、今日の山のようなそれほど人の入らないところは、しばらくは歩きにくい期間が続きそうだ。


立山山頂付近にある2本のブナ巨樹 [拡大]


黒土をゆるく登っていくと道が分岐する。立山へは右の道を行くが、少し寄り道して左のアザミ平方面に入る。カエデやモミの木を見ながら5分ほどで、左の一段高くなったところににブナの大木が現れた。「天狗ブナ」である。周囲の木々と比較しても抜きん出て太く、存在感たっぷりだ。木の周り数メートルがロープで仕切られていて幹に触ることはできなかった。

このまま登っていけばアザミ平だが、分岐まで戻って立山方面に進む。紅葉し始めた木々を見ながら、谷状の窪んだ斜面を緩く登っていくと主稜線に出る(立山東分岐)。
右折して少し進むと立山の山頂標識があった。ブナやカエデの大木やシデが茂る。もっと樹林に囲まれた薄暗い場所というイメージがあったが、意外と明るい。葉がある程度落ちているからだろう。それにこのあたりは背の低い「ひこばえ」の木が多く、一所から何十本もの細い幹を出しているのがあちこちにある。
ブナも低いところから太い枝を出したずんぐり形が多い。これらは箱根や伊豆の山でよく見るもので、静岡県小山市の山である立山は、南方向に位置する山域と植生的にはよく似ているようだ。

立山からこの先の展望台まで、三角形をなぞるように周回できるので歩いてみる。ヒメシャラやマツが伸びる穏やかな稜線を行く。稜線はやはり倒木や枝折れがひどく、登山道が寸断されてわかりにくくなっている。立山展望台に出るがガスが支配し、眺めはない。下のほうで富士スピードウェイからの爆音が聞こえる。

戻るように行くとブナの大木が増えてきた。そしてここ立山のシンボルとも言える2本の巨木が見えてきた。前回見たのはおそらく10年くらい前だったと思うが、その時と変わらぬ姿でいた。
やはりこの2本は存在感がすごい。幹回りはいずれも1メートルを超えており、低いところで何本かに分かれている枝そのものも1メートル近くありそうだ。今年の5月に箱根の三国山で見た巨樹を彷彿とさせる。それに板根のような巨大な根っこを地面に張り巡らせている。沖縄西表島のマングローブの森では異常に発達した板根が見られるというが、この立山のブナもなかなかのものである。
周囲にはこの巨樹を囲むように荘年代のブナが林立しているが、それでもこの2体の宿主のスケールにははるかに及ばない。


楢木山付近はスラリとしたブナ林 [拡大]


ずんぐり型からスラリ型への変化
立山山頂に戻りアザミ平方面に縦走を始める。柔らかで足触りのよい道が続く。雲が多くなって富士山は見えない。
園地化されたアザミ平を過ぎるとブナが中心の森歩きとなる。ブナの割合は場所によってかなり多く、純林のようなところもある。太平洋側のブナ林はブナだけでなく、他の樹種との混合林になっているパターンが一般的だが、ここはずいぶん違う。

大洞山山頂には大きな倒木が寝そべっていた。倒木がやけに多い。倒木とは行かなくても、かなり太い枝がボキッと折れて登山道を塞いでいるのはザラにある。みんな今回の台風によるものなのか、わからない。
根元から倒れているのはいずれも、北方向に倒れているので南風がすごかったのだろう。やはり台風24号のせいか。ただ、根が持ち上がった後に露出した地面に小さな草が生えているところも少なくなく、これらはもちろんかなり以前から倒れていたものだ。

倒木はそれ自体が次の世代の生きる土台になるので、森の生態系を守るためにはむやみに取り除いてはいけないと言う。倒木は自然を再生する。台風などによる倒木は、被害や災害と考えるのではなくれっきとした自然の一コマである。立山の巨樹の周囲にも多くの木が横たわっていて、時の流れを感じた。
ただ三国山稜のブナ林には、他の太平洋側のそれと同じように幼木や稚樹が全く見られず、よほどの天変地異や気候変動でもない限り今後の世代更新は期待できない。倒木で明るくなった場所から他の樹木や草本類が根ざしていくのだろう。

大洞山から楢木山にかけての緩斜面には、比較的若いスラリ型のブナがいっぱいに生育していた。立山付近が巨樹が残る原生林の姿をとどめているのに対し、このあたりは一度伐採が入った後に生育した二次林かもしれない。地衣類も発達し、本来の白い樹皮とのコントラストが美しい。この傾向は三国山山頂まで引き継がれていた。

三国山稜のブナ林は、立山のずんぐり形の巨樹・奇樹の集合体から三国山付近のスマートなものへと、歩いていると次第に樹木の様相が変化していく。この山稜は三国山より先、丹沢や道志山塊に接続していくのだが、この山域のブナもどちらかというとスマートなものが多い印象があった。
太平洋側のブナは海に近いほど(天城や箱根)原生の姿を残し、内陸に入っていくにつれ(丹沢・道志)スマートになっていくようだ。三国山稜はちょうどその接点にあたり、両方の特徴が見られる貴重な場所である。
いずれにしても、太平洋側の代表的なブナ林として三国山稜は外せない存在である。


2018年10月7日(日) 探索
ルート:篭坂峠-天狗ブナ-立山-立山展望台-アザミ平-大洞山-楢木山-三国山-三国峠-鉄砲木ノ頭-パノラマ台-三国山ハイキングコース入口




篭坂峠から始まる登山道は黒土で、礫状のようになっている [拡大]

黒土の登山道

ピークらしくない立山山頂。周囲にはひこばえの木がたくさんある

立山山頂

立山展望台は、晴れていれば富士山が真正面

展望台は霧の中

立山山頂付近の2本の巨樹はいずれも直径1m以上 [拡大]

巨樹の競演

天狗ブナも直径1mを超える [拡大]

天狗ブナ

板根と呼びたくなるような、うねうねと伸びた根 [拡大]

すごい根

見られた花はシロヨメナとフデリンドウくらいだった

シロヨメナ

アザミ平は樹林の尾根にぽっかり空いた開放区間

アザミ平

根が浮き上がり倒れる寸前。露出した地面には小さな草が生えており、こうなってから時間が経っているようだ

根こそぎ

大洞山山頂のブナは胸の高さくらいのところでボキッと折れていた

台風の力か

ヒメシャラも至るところで見られる

ヒメシャラもある

三国山山頂

三国山山頂

紅葉も少し進んでいた

紅葉少し

三国山から三国峠への下りもブナが多い

下山路もブナ林

鉄砲木ノ頭から山中湖、富士山を望む

鉄砲木ノ頭から