home
ブナ探索山行 第24回
大室山・加入道山・畦ヶ丸(神奈川/山梨県)   南関東のブナ美林

ブナ100の探索行にようやく丹沢の山を加えることができた。
これまで南関東を中心に太平洋側のブナの山として奥多摩、御坂、箱根、伊豆、筑波の各山域をとり上げてきたが、関東地方でブナの山と言ったらやはり丹沢を抜きにできない。
丹沢山地は太平洋の湿った気流の影響でで湿度が高く、標高で言えば山頂付近がブナに適した温度帯となっている山が多い。そして他のどの山域よりも都心部に接しているという地理的条件が、よくも悪しくもこのブナの山を特徴づけている。

丹沢のブナの山と言えば表丹沢の鍋割山、堂平、西丹沢、菰釣山などがあげられ、今回は西丹沢(大室、加入道、畦ヶ丸)を歩いた。畦ヶ丸は今回いっしょに記載するが、ブナの樹姿は個別のすばらしさがあり、ブナ100の選定として独立させた。
全体の山行記録は一般のページに記している。


スマートな樹姿が印象的な大室山北斜面のブナ [拡大]


スマートさと立ち枯れ

久保から道志川を背に、大室山の北東の尾根を登る。ブナは標高1000m付近で見られるようになるが、このあたりはイヌブナやシデ、カエデとの混合林となっている。山頂下のブナ純林に至るまではイヌブナが多く、林床には発芽したイヌブナが落ち葉の下からたくさん出ている。ブナの子どもは見つけられなかった。

1450m付近から広がるブナの純林帯は、丹沢でも屈指の広さということだ。このときはほとんどが芽吹き前で、樹林帯を見渡すことができた。大木はせいぜい幹回り3mくらい、それでいて密に生育しているような林でもない。

太平洋側のブナというとずんぐりむっくりした、黒っぽい樹皮のものが多い。丹沢はそういった印象がやや弱く、幹の高いところから枝を伸ばしていて、樹皮の白と地衣類とのコントラストがきれいだ。昨年、鳥取の伯耆大山に登った時、ブナが丹沢のものに近い印象を持ったが、今回も両者はよく似ていると思った。スマートでありながら堂々とした姿で鎮座し、まさに森の主役である。

大室山山頂から加入道山にかけての開けた稜線では一転して、立ち枯れたブナが目立つようになる。幹は太いのに途中から枝がなく、葉も茂っておらず、無機質化したモニュメントが笹原に居並んでいる状態だ。
1980年から90年にかけて、丹沢のブナの立ち枯れを訴える声は高まり、多くの本も執筆された。このころ、東京都市部を中心とした化石燃料消費による大気汚染が丹沢のブナを衰退させたと言われている。今は規制により化石燃料による大気汚染は軽減されたが、その後オゾン(いわゆる光化学スモッグ)の影響、また鹿による食害、害虫の発生など様々な要因が絡み合って丹沢のブナ衰退を継続させているようだ。立ち枯れは昨年、御坂山地の王岳でも目にした。

一方、太平洋側でもそれほど衰退していないブナ林も存在し、奥多摩、筑波では立ち枯れはほとんど見られなかった。丹沢に近い箱根でもあまりそういう話は聞かない。地形的な理由や、斜面の向き(どの方向に面しているのか)の違いもあるのかもしれない。
気になったのは、1980年代は都市の大気汚染に関連して社会問題にまでなった一方、21世紀以降は状況は変わらないのに、あまり騒がれなくなっていることだ。ブナ衰退の件のみならず、こうした「一般には見えづらい」日本の自然の弱体化が、全国レベルで論じられる機会は格段に減っている。豪雨災害など人間に危害が及んで初めて、世間も報道も色めき立つ。



モロクボ沢ノ頭付近にて [拡大]

東西・南北方向で変わっていく樹姿

加入道山へ向かうにつれ、立ち枯れたブナは見られなくなった。加入道山山頂の巨木ブナが倒れていたのは、強風など気象によるものだろう。
さらに縦走して白石峠からモロクボ沢ノ頭、畦ヶ丸にかけてのブナ林はすばらしく、生き生きとした姿が印象的だった。畦ヶ丸周辺のブナは巨木も多く、樹姿も美しい。西のほうは他の丹沢山地の尾根に大気汚染の影響がブロックされているのかもしれない。

太平洋側のブナの山は丹沢から道志-御坂-箱根-伊豆と、北東-南西方向に長い帯で分布しているが、その樹姿の変化にひとつの傾向があった。南西、すなわち伊豆に近いほうは樹齢が高くて黒ずんだどっしり型となり、丹沢のある北東側へいくにつれ白くスマートなブナがよく見られる。両者の性格を併せ持つのがちょうど中間点となる三国山稜で、立山・畑尾山の静岡県境では太い枝をくねらせた大ブナが見られるが、丹沢方面へ進んだ三国山あたりになると、「丹沢型」のスマートさが目立ってくる。

これは単にブナの樹齢による違いなのか、または遺伝子的に違うブナなのか、わからない。前者の考えでいけば、伊豆や箱根の森林はその当時の社会情勢によって禁伐の時代があり、昔からのブナが保たれてきたため、樹齢何100年もの大木が今なお存在する。
一方、丹沢・道志といった山域はいったん樹林が伐採された時代を経ていたのか、今の森林が比較的若いため、まだ100~200年の壮年ブナが中心の森となっている、と言うことになるだろう。

丹沢も何百年か後には、伊豆のような巨頭が勢ぞろいする神がかったような森林に変化しているのだろうか。立ち枯れに負けず立派に成長を遂げていってほしいものである。



2019年5月11日(土) 探索
ルート:久保-大室山-加入道山-モロクボ沢ノ頭-畦ヶ丸-西丹沢





久保からの大室山登山道入口

久保から

標高1000mくらいからブナの高木が見られる

1000mから

大室山~加入道山間には立ち枯れのブナがあった

立ち枯れ

山頂付近のブナに雄花の開花が見られた

開花

大室山~加入道山間は一部で木道の敷かれた眺めよい縦走路

木道の縦走路

千手観音ブナ

千手観音

大木の割には異様に細い枝

枝が細い

モロクボ沢ノ頭付近で見られた双葉はブナのようだ

ブナの発芽か

幹をくねらせたブナ(モロクボ沢ノ頭~畦ヶ丸間)

くねくねと

畦ヶ丸避難小屋付近のブナ林

畦ヶ丸

春もみじ色の新葉

春もみじ

モロクボ沢ノ頭付近は巨木が多くなる

巨木

畦ヶ丸は稚樹も生育

稚樹

西丹沢へ下山

西丹沢へ下山