丹沢の山に登るのは本当に久しぶり。自宅からのアクセスも比較的よく、別に毛嫌いしていたわけではないのだがたまたま足が向かなかった。昨年来にわかに注目し始めたブナを求めての山行として、丹沢はもっと登ってもいい。
大室山から加入道山という、西丹沢を代表するルートを行く。大室山はブナの多い山だが中でもとりわけ多いのが、道志側から登るルートだ。
バイケイソウとブナ林(大室山北斜面) [ 拡大 ]
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京王線橋本駅から、バスを3本乗り継ぐ。まずは三ヶ木行きで終点まで行き、土曜日の早朝に1本だけ運行されている月夜野行きに乗り換える。乗客はほとんどが登山者だったが、下りる停留所はけっこう分散していた。沿線にはいろいろな登山口がある。
新緑まぶしい月夜野で乗った富士急山梨バスは、行き先表示がボール紙の手書きという、今までどんな地方のバスでも見たことないようなことをしていた。まあローカル色豊かと言ってしまえばそれまでなのだが・・・
大室山の登山口がある久保で下りたのは自分一人だった。小学校のある方向へ車道を少し戻るのだが、ひとつ手前のみなもと体験館バス停で下りたほうが登山口に近かった。
なかなか豪快な吊り橋で川を渡る。向こう岸に大きなホオノキがあり、花芽が目の前で見られた。指導標にしたがって林に入り、すぐ右に曲がる。大室山への長い急登の始まりである。
始めのうちは少しだけ、目の覚めるようなライトグリーンの落葉樹の森だったが、すぐに檜の人工林となる。遊びのない、ほぼ直登気味の登りが続いていた。進行方向には常に尾根の先端部と、それと地平を分かつ青空が見え続けている。
この急な登りはまあ最初から覚悟していたので、息を整えつつしっかりと登っていく。下から聞こえる車やバイクの音がだんだんと小さくなっていくのを励みにする。
黙々と登ること50分ほどで、左の尾根から登山道が合流する(大渡・久保分岐)。ここからもさらに急なのだが、やがて道志側が落葉樹林に変わり、傾斜が緩くなると全方位がすっかりと新緑のカーテンに包まれた。
クマシデやマルバウツギ、オオモミジ、ハウチワカエデ、さらにイヌブナもかなりある。シデ系で細長い心形の葉はサワシバだろうか。名前の通り沢沿いによくある樹木なのだが、この尾根道にはかなりたくさんある。
標高1131mの小ピーク付近では、ところどころでブナの高木も見かけた。足元には一株だけだが、なんとギンランが。
そしてあちこちで、落ち葉を突き上げるように双葉がたくさん発芽していた。ブナかと思ったが、双葉の形を見るとみんなイヌブナである。丹沢も昨年の春はイヌブナの開花・結実の当たり年だったようだ。一方、ブナのほうの発芽はなかなか見つからない。
標高1300mを超えてくると木々の葉も淡い緑から芽吹き程度に変わった。今年は4月の寒の戻りと、その後の低温期間が響き標高の高い山は例年になく春が遠いようだ。でも20年前はこれくらいが平均だったような気がする。ここ数年間のペースが早すぎたのである。
カラマツと、再び現れた檜の小さな林を抜けると標高1400m圏。突如としてブナの斜面になった。芽吹きが一部始まったくらいでほとんどがまだ冬の姿だ。それだけに森の様子がよくわかる。他の樹種はほとんどなく、ほぼブナの純林である。広い斜面にこれほどのブナ純林があるのは丹沢でも珍しいそうだ。
ただしブナの生えている密度としてはそう高いものではなく、空間を感じる樹林帯である。まだ芽吹き前だということもあろうが、隣の三国山稜や奥多摩の同程度の標高のブナ林に比べれば、木と木の間隔はかなり広い。林床はバイケイソウが生育していることは何かの関係があるのだろうか。太平洋側では貴重なブナ純林の地だが、ちょっと不思議な印象を持った。
10名くらいのグループが下りてきた。山頂近くで富士山が見えると言う。
だんだんと傾斜が緩くなる。長い登りもようやく終わり。何と17年ぶりの大室山山頂だ。山頂の樹林は芽吹き前でマメザクラも開花したばかり。日が陰ると少し肌寒いくらいだ。500mくらいの低山だと1ヶ月半くらい前の光景である。
それでもここ5年くらいは1500mの山も5月中旬で淡緑から新緑になっていた。最近の南関東の山の春の到来はブレが大きいように思う。
まだ冬の姿に近いからか、山頂に来る人はそう多くない。西に伸びる稜線を進む。犬越路への分岐の手前、大室山の番人のような巨大ブナが樹冠で芽吹いていた。花をつけている。花芽のある部分は他に比べて早く芽吹く。木全体が緑に覆われるのはまだ少し先のようである。
その先は木の階段での下りを含め、丹沢らしい眺めのいい尾根歩きとなった。富士山も霞んだ空にぼうっと姿を現している。
稜線のブナには立ち枯れが目立ち始めた。樹木はスックと立っているのに黒ずんで枝葉がない。丹沢は都市部の汚れた空気が東風で運ばれる位置にあるので、樹木の立ち枯れが多いと言う。大室山の北斜面では気づかなかったが、稜線に出ると目立つ。
破風口の鞍部に下りると道が崩れかかっているところがあった。加入道山へは登り返しとなるがそれほどのきつさはない。登山道が尾根の北側を巻くところでは新葉をつけたブナが多くなった。マメザクラもところどころで見る。ツツジはもう少し先のようだ。
前大室を越えて、加入道山山頂へ。ボランティアと思われる家族連れのグループが山頂標識を修繕している。大きなブナが倒れており、子供が木登りをして遊んでいた。
大室山より標高で100mあまり低いだけだが、季節感はずいぶん違い、周囲は淡い緑が見られる。
白石峠までは芽吹きの稜線を下っていく。淡い緑の先に大室山や檜洞丸の大きな山体が見え隠れし、気分がいい。西丹沢に下る道が分岐するところは実際の白石峠より少し手前だ。ネットなどで出回っている地図とも違っているので注意してほしいと貼り紙があった。
この辺りの尾根道は標高だいたい1200mから1300mの間を行き来する。新緑がちょうどいいところで、右手に檜林も見えるがブナの大木も多く気分良く歩ける。四方に枝いっぱい新葉を展開させている大樹を目の前に、しばし足が止まってしまう。
水晶沢ノ頭で時計を見てみると、白石峠から25分かかっていた。樹木を見ながらゆっくり歩きすぎたかと思い、気持ち早足で行く。
しかしシャガクチ丸を過ぎても、予定より大幅に遅れておりおかしいと思う。白石峠からモロクボ沢ノ頭まで、1時間の予定だった。それがどうも1時間30分は超えそうな雰囲気。これでは西丹沢の17時台のバスに乗れるのか微妙である。目指している畦ヶ丸と思われるなだらかなピークはまだかなり遠い。
1時間と考えたのは、アルペンガイド(2000年版)にそう書かれていたからだ。標高差のないアップダウンのルートなのにもかかわらず、反対側方向(モロクボ沢ノ頭→白石峠)の場合は1時間50分となっている。とんだ誤植である。なお、この間のエアリアマップの記載は1時間40分、自分の持っている山スパート(ソフト)では1時間45分となっていて、反対方向でもほとんど変わらない。
17時台の後にもバスはあるが、2時間近く間が空く。ここは少し、というかかなり早足で行かねばならない。シャガクチ丸前後はいったんかなり下り、歩きにくいところも出てくるので足運びに慎重を期す。標高が落ちたので周囲の植生が若干変わる。
ゆるやかな登り返しに転じ、三叉路のモロクボ沢ノ頭へ。ようやく19年前に縦走したときのルートに合流する。すごく昔のことでも以前歩いたことがあれば少し安心感がわく。
畦ヶ丸まで、アップダウンを交えながら高度を上げる。再びブナの多い新緑の森になった。梯子のついた崩れやすいザレ場もある一方、穏やかな斜面に広がるブナ林はすばらしく、地衣類をまとった白い樹皮のブナが林立していた。大室山、加入道山のブナと趣が少し違う。立ち枯れも見られない。都心部からの風が他の丹沢の山にさえぎられているからだろうか。
新緑の中、トウゴクミツバツツジの濃い紫色が見られるようになった。しかしシロヤシオは全く見られない。
避難小屋を経て畦ヶ丸に到着。展望は限られているがブナがすばらしいの一言。ここで見られた双葉の発芽は、周囲にイヌブナがないことから、おそらくブナだろう。今回ようやくブナと思われる発芽を見ることができた。
ゆっくり周囲を観察して行きたかったが、帰りのバスが気になってしまう。畦ヶ丸からの下山は険しい。始めのうちは穏やかな尾根歩きの続きだが、やがて西沢の深い谷をからむ急降下の道となる。善六のタワを過ぎるとブナや広葉樹の新緑も乏しくなり、ひたすら下ることに専念する。途中で携帯の電源が落ちてしまい、GPSで今どのへんにいるのかわからなくなってしまった。
沢に下りて、わかりにくい踏み跡を拾いながら前進する。権現山の登り口に4時半までに着けばあと30分、5時5分のバスに間に合うだろう。早く安心したかったのだがその登り口がなかなか現れない。
本棚沢出合を過ぎ、堰堤をいくつか越えていく。小さな登り返しがわずらわしい。こういう心臓に悪い?登山道が多いのが、自分が丹沢から遠ざかった原因かもしれない。
権現山口が来ないまま、時計は4時50分を過ぎてしまった。もうバスは次の便にしてゆっくり下るか、と諦めかけた矢先、広い河原に出て「西丹沢まで400m」の標識が立っていたのは意外だった。権現山口は知らぬまま通り過ぎていたようだ。本棚の次の下棚出合あたりに分岐があったのかもしれない。
目の前に西丹沢ビジターセンターの先っぽの尖った建物、そして橋が目の前に。西丹沢バス停着は5時ちょうどだった。
今日は標高差のあるきつい登りを経て8時間のロング山行と、最後はかなり足にきたが、闊達な展望と縦走の快適さは、さすが人気の丹沢であることを再認識した。そして南関東を代表するブナ林には季節を変えてまた来たい。