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ブナ探索山行 第22回
手引頭(静岡県)   天城一のブナ巨樹

天城峠から金冠山、達磨山方面まで続く伊豆山稜線歩道は、海や牧場を見ながら明るい笹原を歩く天空のトレイルとして人気があるが、天城峠に近い部分は鬱蒼としたブナ・アシビの森となっている。人間が切り開いて作り上げた景勝の地と、太古の昔からの原生林の森とが隣り合わせになっていて、そんなギャップを感じながら歩くと面白い。
ブナ100としては、「あっと」びっくりの巨樹のある手引頭を中心に、この神がかったようなブナの森を取り上げる。

伊豆山稜線歩道全体(仁科峠~三蓋山)の縦走記録は一般のページに記している。


手引頭の大ブナ [拡大]


幹回り7.2mで全国11位?

仁科峠を出発し猫越岳を越えていく。猫越峠とつげ峠のちょうど中間点あたりが手引の鞍部で、ブナの大木がある。これも幹回り5.3mとびっくりするサイズなのだが、さらに大きなブナのある場所へは登山道を外れ、薄い踏み跡を頼りに尾根伝いに15分ほど登ることになる。

踏み跡はほとんどないが迷うこともなく、手引頭へ。度肝を抜くブナの巨樹があった。写真で見ていたのはこれである。木も太いが幹も太い。幹は自分の胸のあたりから分岐しており、重心がかなり低い木である。

地元の新聞の紹介記事ではこれが天城一のブナとのことである。なお、記事中ではこのブナの幹回りは5.4mとなっていたが、そんなものではなさそう。実際にメジャーで計ってみたら何と7.2mあった。単純に直径を計算すると2.3m。自分の身長より太いブナは初めて見た。

ところで幹回り7.2mという数字だが、坪田和人氏著「ブナの山旅(続)」(2009年版) に掲載されている巨木ランキングに当てはめると全国11位にあたる(このランキングに手引頭のブナは入っていない)。ここにそんな全国クラスのブナがあったなんて、ニュース記事でも読んだことがない。本当に7mあったのか、計り間違いではないかと今になって少し自信がなくなってきた。
通常の幹回り計測では人間の胸の高さの位置を計るのが一般的だが、この大ブナはその胸あたりでもう幹分かれしているため、計測が難しい。計り方如何で50cmから1mくらいの誤差はでてきてしまう。

天城(万三郎岳付近)や伊豆山稜線の大ブナは、太さは半端ないが、樹高は低い。せいぜい10mくらいである。だから一見、これが天城一のブナ?と疑問に思ったりもする。典型的な太平洋側ブナのずんぐり形だ。
低い位置から幹が枝分かれするのは、積雪の影響がないからというのが一般的な理由だ。雪国のブナは何メートルも雪が積もるので、低いところに枝を伸ばしても雪の重みで折れてしまう。雪国のブナがスラっとして高いところで枝を伸ばしているのはそのせいだ。
伊豆山稜線のブナはそんな枝折れの心配もなく、日光を勝ち取るために上方向だけでなく、水平方向にもどんどん枝を伸ばしている。そしてたくさんの支枝や葉をつけるべく、その重量を支えるために本幹と同じくらい太い枝となる。



身をくねらせながら上へ伸びていく [拡大]


刻み続けたストレスの歴史
今回歩いた中では後藤山付近、猫越岳から手引頭間、そしてつげ峠から三蓋山にかけてがブナの大木オンパレードである。そしてその姿形がすごい。直径1m以上は軽くありそうな主幹から、50㎝近い太い幹(枝?)が何本も、てんでばらばらの方向に伸び、しかも曲がりくねっている。

幹の伸ばし方や曲った姿はその木のこれまでの生育環境を物語るものであり、伊豆のブナやアシビは生きていくために相当な試練があったのだろう。何百年もの間さまざまな気象・気候を経験し、競争相手となる樹木や動物(人間含め)とも幾度となく対峙してきた。その時その時のストレスが形となって現れているのだろう。
木の生涯は年輪が物語るというが、姿そのものも同様である。

いずれにしても、天城山でも出会えなかった異次元空間的なブナの巨樹が目の前にある。心なしか、周囲に生えているアシビの低木もこの巨樹に恐れをなして、一歩下がって生えている気がした。



2019年5月2日(木/休) 探索
ルート:仁科峠-猫越岳-手引の鞍部-つげ峠-三蓋山-手引頭-仁科峠





後藤山付近からブナの森となる

後藤山付近

猫越岳の近くにある火口湖

猫越火口湖

姿形はスマートさに欠けても、若葉は萌黄色で鮮やか

新緑は鮮やか

林床にはブナの稚樹があちこちに出ていた

稚樹が多い

手引の鞍部~つげ峠間は稜線を外れ、明るい南面のトラバース道となる

明るい稜線

猫越峠付近もブナが多い

ブナ林

手引頭周辺は巨樹ばかり

なおも巨樹

つげ峠~三蓋山間の稜線部分はぽっかりと空いた広場のようになっている

広場状に

大きな球状のようになったアシビの低潅木の間を抜けていく

アシビの低木

三蓋山山頂付近のヒメシャラ

ヒメシャラ

地面にはマリモのような苔で敷き詰められている

マリモのよう

手引頭の巨大ブナは遠くから見ると一種のオブジェのよう

木のオブジェ