伊豆山稜線歩道は天城峠から西へ、三蓋(みかさ)山~猫越(ねっこ)岳~仁科峠から金冠山、達磨山まで続く長いトレイルで、伊豆半島中央のやや西あたりを縦断している。「西天城」とも呼ぶ。
仁科峠以北は草原の山で、眺めがいい上に標高差があまりないので、トレイルランのコースとして最近はよく利用されているようだ。展望の尾根道ということでハイカーにも人気があるが、自分にとって今興味があるのは仁科峠より東側の樹林帯の部分であり、重厚なブナの森となっているようだ。昨年歩いた天城縦走路の延長線上と考えてよさそうである。
令和最初の山行はここを歩く。公共交通機関は使いにくいので車利用での往復となる。
アシビの巨木 [拡大]
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天城峠と仁科峠のどちらからスタートするか迷ったが、標高の高い仁科峠にする。
沼津ICから下道を走り、山間部へ。稜線に出てからの車道はしばらく青空が広がっていたが、次第に霧の中に。仁科峠の小さな駐車スペースでは視界はほぼゼロになった。でも今日は朝から天気はいいはずであり、回復を信じて歩きを開始する。
低い笹の中に付けられた道を進むとナベ石というところに出る。さらに進んでいくとやや霧が晴れ、下の方に牧場があって牛が草を食んでいるのが見えた。じきに樹林帯に入ると背丈ほどのスズタケの中にアシビの木が密集している。アシビは花期を過ぎており、花が地面に沢山落ちていた。
ブナが現れ、最初の山頂は後藤山で、横に長い山頂である。昨年の天城縦走路で見て以来の、天城山域特有のブナの姿がまた見られた。低くどっしりとした構えで、太い幹を四方に伸ばしている。林床はいつの間にかスズタケがなくなって、低木のアシビばかりが生育するようになっていた。
昨日の雨の影響か、登山道のえぐれている部分には水の流れができてぬかるんでいる。そういう場所は普段も滑りやすいようで、何か所かでは道脇の一段高い所に新たな踏み跡ができてしまっていた。登山道が広がって自然が破壊される原因になりやすい例である。
新たな踏み跡の入口には、進入されないようにと地面に木が置かれているのだが、ぬかるみを避けて入っていく人は多いだろう。雨量が多い伊豆の山は本来、こうしたぬかるんだ登山道の多い尾根が多いように思われる。稜線自体に起伏は少ないのでトレラン向きとされているのだろうが、決して走りやすいコースではないと感じる。
展望台に立つとようやく霧が途切れ、四方の眺めが広がってきていた。ただ富士山や太平洋が見られるまでには回復していない。
猫越岳手前の池に着く。小さい池だが火口湖で、太古の伊豆の山が火山として活発な時期があった証拠である。
伊豆半島はもともと一つの島で、ずっと南方からプレートの動きにより長い時間をかけて日本に衝突してできたものとされている。温暖で穏やかな気候や風土のリゾート地という印象が強いが、地学や気象学的にはきっとかなりの特異性があるに違いない。日本ジオパークに認定されたのもこういう特異性によるものもあったのではないか。
猫越岳山頂はアシビなどの樹林に囲まれた地味な山頂である。少し北側の斜面を覗いてみるとブナの大木がひしめいていた。
後藤山以降、アシビとブナの森がずっと続いている。というよりこの2種類以外に生えている木があまり見られない。登山道沿いにマメザクラ、ツツジ、アズキナシなどを見るが少数。カシ、シイなどの照葉樹は標高が高いせいか全く存在せず、杉は一本見たのみ。天城ではたくさん見られたヒメシャラも、思ったほど多くない。落葉樹は8割方がブナであり、地面の落ち葉もブナの葉ばかりだ。これは雪国の山と共通する。
まあそれでも、木はこの2種類だけで十分と思われるくらい、どこを向いても様々な姿をした大木が居並んでいる。
猫越峠からも緩やかな登りもしくは平坦な道が続く。新緑も盛りとなりつつあり、ライトグリーンのたおやかな稜線が木々の間から覗く。
ブナは大木が多くなり、直径1mを超えたものが連続する。手引頭の鞍部に来ると幹回り5mを超えるものが現れた。
道はこの後稜線を外れ、南側の斜面をトラバースするようになる。稜線上を歩きたい気もするのだが、登山道からかなり離れるので未知数のところが大きい(実際は歩かれている例もあるようだ)。
木の橋を渡り、ちょっと足元がもろい部分も出てきた。ヤマルリソウやスミレが咲いている。林相は変わり照葉樹が現れ、またカエデやミズナラ、シャクナゲ(葉のみ)も見られる。発芽したブナの双葉は見られないが、数年経過した稚樹はあちこちで見られた。
道が再び稜線上となると、つげ峠に着く。再びブナの森となる。右手に芝地状の広場のようなものが見えるが、登山道は北側を巻いている。方向が南に向きちょっとした登りとなる。芽吹きとともに開花したブナを見る。
そのままガレた登りを終えると標識の立つ三蓋山に着いた。ブナに囲まれた台地は山頂という感じはなく、なだらかな尾根上の一角である。
オオモミジの大木のほか、ここへきてようやくまとまった数のヒメシャラが現れた。天城山塊に近くなったということだろう。樹林を透かしてその天城の最高峰、万三郎岳が見えた。三蓋山の三角点はこの少し先にあるようだが、ベンチで休憩の後ここで引き返しとする。
帰路は北側の巻き道ではなく、尾根上を歩いてみることにした。道はないが、アシビの灌木の間にかすかながら踏み跡も見え、これに従えば藪に阻まれるようなところもなさそうだ。
三蓋山山頂のすぐ西には、下草のないぽっかりとあいた空間があって、そこにはブナの純林が広がっていた。急な坂を下っていくとさっき見た芝地状の広場に下りつく。ここはおそらく何か目的があって伐採または刈り払いされたようで、一角には植生調査でもやっているような柵に囲まれたスペースがあった。柵の中はスズタケが繁茂している。何も書いてなかったがこの広場は基本的には立ち入り禁止なのかもしれない。でも、展望も効き気分がよいところなので、問題ないのならこちらに登山道が敷かれていたもよかったように思う。
アシビの灌木を少しだけ漕ぐと、つげ峠に出た。南側の巻き道を行き、手引鞍部のブナ大木まで来る。ここで稜線をいったん外れ、ブナ巨樹のある手引頭を往復していくことにした。(詳細はブナ100のページへ)
天気はすっかり回復し、初夏の陽気での快適な縦走となる。この日の昼前後、箱根や東京では寒気のため激しい雷雨があったそうだが伊豆半島は全く影響なしだった。
猫越岳先の展望地から富士山は雲の中だったが、海はよく見えた。後藤山を過ぎて牧場を見下ろすようになると笹の中の稜線歩きとなる。一般の登山者やランナーにとってはここからが一番楽しい行程かもしれない。自分はもう仁科峠まで下るのみだ。仁科峠にはドライブに来た一般客が何人かいた。海も見えた。
開放的な稜線と鬱蒼とした太古の森、この2つの異なった山の景観が楽しめる面白いコースだった。そしてとりわけ、ブナが目当ての山行としては、今日はすごいものを見た気がする。手引頭の大ブナの姿はしばらく残像に焼き付いていた。
伊豆の山や富士山方面は、まだ他では見られないような独特の植生なり、自然環境が残されているようである。
あとは天城峠から八丁池周辺を歩き残しているので、また来てみたい。
GWの真っ只中の帰り道、高速でのある程度の渋滞は覚悟していたが、沼津に戻るまでの一般道から早くもノロノロ運転が始まった。渋滞は高速に乗り、都夫良野トンネルを抜けるまで延々続いた。