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ブナ探索山行 第13回
奥多摩・石尾根(東京都)       防火帯の尾根に生きるブナ林

奥多摩の山では三頭山や長沢背稜、日原の山でまとまったブナ林が見られるが、石尾根にも規模は小さいながら存在する。
石尾根を取り囲む森は東京都の水源林として維持管理され、稜線は笹原や茅(かや)が広がり防火帯が敷かれている。さらに斜面には杉やカラマツを中心とした植林が施され、保護されるべき森林として人の手が昔からかなり入ってきた。

昔の奥多摩の山ガイド、宮内敏雄著「奥多摩」には、この石尾根を特に固有名詞では呼んでおらず、雲採山、七ツ石山、鷹ノ巣山、小中沢ノ峰(六ツ石山のこと)などそれぞれの山頂を結ぶ登山道として、こまぎれで紹介している。そこにはもう「防火線の尾根」「明朗な茅戸が続き」と言った描写がなされているので、この本が書かれた戦前(昭和19年発刊)にはすでに、石尾根は防火帯が切られたカヤトの尾根だったのだろう。

石尾根の標高はだいたい1000mから1700mと、ブナなどの冷温帯落葉樹林が生育しやすいエリアであるが、樹木を鑑賞する対象として見ると、それほど魅力の多い山域とは言えない。富士山が眺められる伸びやかな尾根道として登山者に親しまれている。
これまでの日本ブナ百名山にリストアップしたそうそうたる顔ぶれに比べ、石尾根のブナは役不足の感は否めない。しかし後に記すように、老齢化しが進み行く末を案じるブナ林の代表として、ここに敢えて挙げてみた。

ちなみに、石尾根の一座である七ツ石山の西にブナ坂という鞍部がある。「奥多摩」ではここを「椈(ブナ)の巨木の亭々と天を支えるタワミ」と説明している。現在のブナ坂周辺にはブナは見当たらないが、当時はその名の通り、立派なブナが少なくとも1本立っていたようである。

水根山への入口付近には、ブナが1本あった [拡大]


ブナ林の水根山へ
峰谷から浅間尾根を登っていく。7月に入り、夏の強い日差しが容赦なく照りつける。奥多摩の山も、上のほうはそれなりに涼しいだろうが、そこに行き着くまでの標高の低い部分を歩くのはかなりつらい。休み休みの登りとなる。
浅間尾根は標高1200mあたりで豊かな広葉樹林が広がる。始めのうちはミズナラとイヌブナが目立つ、すっきりとした林である。標高を上げるとブナの割合が多くなってきた。
尾根上にはしいたけのほだ場や資材運搬用のモノレールができていた。深い森の象徴である浅間尾根に突如山仕事の現場が出現した感があるが、人々の山への関わりが薄くなくなっていく昨今、こういうものが見れると何となくほっとする部分もある。
ほだ場といっしょに作られたと思われる丸太のベンチで休み、体力の回復を図るが暑さには勝てず、その後もふらふらしながらの歩きになってしまった。

鷹ノ巣避難小屋の前で早い食事をする。鷹ノ巣山に登る元気はなく、石尾根の巻き道に入って今日の目的地である水根山のブナ林に向かうことにする。

石尾根の巻き道はここ数年でスズタケが大規模に枯れて、斜面が明るくなった。新たな植生が見られるかと思ったがまだ目立ったものは見られなかった。
鷹ノ巣山を巻いたところで稜線に上がると、そこには直径50cmほどのブナが1本、立っていた。枝ぶりはなかなか見事で、しかも近くに2,3年生と思われる稚樹も1本だけあった。
このあたりは標高1610mで、ブナの生育可能な標高範囲としてはかなり高い。奥多摩や丹沢のブナ林は、日本でも一番標高の高いところにある。長沢背稜の酉谷山(1718m)は山頂にブナがあったと思うが、おそらくあれが日本最高所のブナではないか。

稜線を少し歩いて水根山の山名標識を見る。ここから標高1523mの城山までが、石尾根稜線でブナが見られるところになる。
尾根は伸びやかさを失わず、暑くても快適で歩みがはかどる。ブナやミズナラなど、巨木が立ち並ぶ。イタヤカエデやダケカンバも混交する。ブナは老齢化が進んでいるとみえ、歩くたびに倒木を目にする。今日も新しめの倒木が登山道を塞いでいた。



直径1mの巨樹 [拡大]


老齢樹の行く末
林床に笹は繁茂してはいない。が、今まで他の山で見ていたようなブナの稚樹や若木が全く見当たらない。ミズナラの稚樹はところどころで見られたが、ブナはさっきの稜線入口で1本見たのみである。

ここのブナはこの春、花をつけたのだろうか。林冠を見上げてみるが、枝の位置があまりにも高くて実がなっているのか、確認しようがなかった。ただ、地面に落下している実も全くなかったので、おそらくここ石尾根のブナは今年、開花はなかったのではないかと考える。もし開花したのなら、今までのブナ探索行でそうだったように、虫害による未成熟種子の落下が少なからず見られるはずだからである。
石尾根のブナは、今立っている老齢木が枯死すると消滅する運命かもしれない。そうなる理由ははっきりとはわからないが、気温・湿度・他の生物との関係など、さまざまな阻害要因があるのだろう。

その後も林冠を確認しながら歩いていく。登山道を少し外れた高まりに、巨木が見えた。近づいてみると、今までで一番太く大きなブナである。日本の環境省によると、地上から130cmの高さの位置で幹周が3mある木を「巨樹」と呼ぶそうだ。このブナは直径は軽く1mを超えているので、今日初めて見たブナ巨樹である。低い位置から伸びた太い枝が空間をうねるように伸び、神がかったようないでたちだ。(後日記:幹周3mは「巨樹」ではなく「巨木」とのこと)
倒木が多い、更新樹が少ない、開花していないなど、全体的に芳しくなかった今日のブナ探索結果も、この巨樹1本を目にしたことで相当な部分が取り戻せた感じである。
巨樹を過ぎるとすぐに城山(じょうやま)に着いた。

将門馬場から先、六ツ石山までの間は杉やカラマツの植林が目立ち、落葉樹林の顔ぶれはやや寂しくなる。これ以降ブナは見られない。石尾根のブナは範囲の狭いところに巨木が密集しているタイプだった。
六ツ石山山頂で休憩ののち、トオノクボ経由で水根に下りることにする。マルバダケブキの葉で敷き詰められたハンノキ尾根には、ブナはないものの堂々としたミズナラの大木が鎮座していた。
一気に下り奥多摩湖の青い湖面を眼前にする。暑い暑い梅雨明け直後の奥多摩の山だった。



2018年7月1日(日) 探索
ルート:峰谷-奥登山口-鷹ノ巣避難小屋-水根山-城山-六ツ石山-水根




峰谷バス停から出発

峰谷バス停

浅間尾根や石尾根は随所にカラマツが植林されている

カラマツ林

浅間尾根にはしいたけのほだ場ができていた

しいたけほだ場

ブナの背後には資材運搬用のモノレールも

モノレールも

鷹ノ巣避難小屋

鷹ノ巣避難小屋

石尾根巻き道のスズタケは枯れて倒れている

スズタケは枯死

水根山入口付近のブナの下に、稚樹が1本だけ育っていた

唯一の稚樹

水根山山頂ははっきりしたピークではなく、普通は気づかず通り過ぎる

目立たない山頂

水根山~城山間は直径50cm前後のブナが林立する

ブナが林立

比較的新しいブナの倒木

倒木も

水根山~城山間のブナ巨木(直径70cm)

巨木

城山付近のブナ巨樹(直径1m強)

巨樹

城山付近のブナ巨樹は、根が地表に浮き出ていた。浅根は倒木の恐れが増す

根が浮き出る

城山付近のブナ巨樹

太い幹

六ツ石山は本来「小中沢ノ峰」という山名が正しいのだが、地図上に六ツ石山というピークが近くにあって、それが誤って使われてしまったらしい。その六ツ石山は少し下がった石尾根稜線上にあり、そこには六つ石の祠があったとされている(宮内敏雄著「奥多摩」より)

六ツ石山の名は間違い