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ブナ探索山行 第6回
三頭山(東京都/山梨県)       ブナかイヌブナか


三頭山を鶴峠から登る。下りに取ったことは何度かあるが、登りは初めてだ。
今回は三頭山のブナとイヌブナを観察する。両者の見分け方(それがあるのなら)と植生の違いをつかむことができれば御の字だ。三頭山は言わずと知れた、奥多摩でもブナの多い山で知られている。また関東では珍しい、ブナ林の林床にササの生えていないない山であることも特色の一つである。ササのない山地は日当たりがよいため、樹木の発芽や稚樹が成長しやすいと言われている。

もう20回くらい三頭山には登っているが、この山はブナだけでない、イヌブナもかなりの範囲に生育していることをあまり意識していなかった。卵型の波打つ葉を持つ大木は皆ブナだと思っていた。今までの山行記録も全部ブナと書いている。そこで今回はブナとイヌブナ、両者の識別をするのが第一目的である。
樹皮の色ですぐわかる、そう言う人もいるだろう。たしかにブナはシロブナ、イヌブナはクロブナと呼び分けるくらいである。しかし関東の、さらにイヌブナと混在している三頭山などはそう簡単にことは済まない、と言うのが、自分の考えだ。


側脈12~13本、樹皮の色は微妙で識別困難

バスターミナルの新装なった上野原駅からバスで鶴峠へ。小菅村の村営バスはこの4月より休日の定期運行が廃止され、基本的にデマンドバスとなった。鶴峠へは上野原からのこの便が一番早い。とは言ってもすでに9時を過ぎている。
植林帯の急坂を登り終えると平坦な尾根に出る。ここからしばらくはのんびり歩ける。しかしブナとイヌブナの識別作業はもう始まった。

尾根に出たところ(標高約1050m)には北斜面に樹皮の白い、すらっとした木がある。ブナであることは誰にでもわかるだろう。
登山道はこの後、しだいに尾根の北側を巻いていくようになる。尾根の背が高くなるにつれ、登山道の周りはブナの葉をつけた樹木には黒っぽいものが増えてきた。葉はブナ属の特徴である波打ち形ではあるが、やや大きめで、側脈が狭い間隔で並んでいる。
一般にブナの側脈は7本から15本超とかなり範囲が広い。ブナはの方が少なく10ないしは11本くらいまでで、イヌブナはそれ以上となる。イヌブナは側脈が多いからか、葉の波打ち状態は比較的少なく、葉全体に少し硬い印象がある。ブナの葉のほうは緩やかに波打っており、質感もあり柔らかいイメージがする。

なお、雪の多い日本海側に比べて太平洋側のブナは乾燥対策として葉が小さく厚手である。植物学の研究者の中には、日本海側と太平洋側のブナを別種のものと考え、それぞれオオハブナ、コハブナと分ける人もいる。
ほとんどが太平洋側の山に生育すると言われているイヌブナが、葉の大きさなら逆に日本海側のブナに近いというのも面白い。

鶴峠道のはじめのうちは樹皮の色や側脈数ないしは間隔で、比較的簡単に見分けがついた。ただ、余沢分岐(標高1270m)を過ぎて標高を上げていくと、樹皮も側脈の数も微妙なものが多くなってきた。
黒くてポツポツがあるのに側脈はひと桁台とか、白っぽい幹でありながら側脈は細かいものがある。これはヌカザス尾根への分岐(1280m)から北面巻き道に入ってからもそういった「グレーゾーン」のものがどんどん増えてきた。
株立ち(ひこばえ)しているのがイヌブナの大きな特徴と言われてもいるが、ブナにもひこばえはあるので決定的な違いではない。それらグレーゾーンのものを仮に半々と分類しても、鶴峠道の低い部分を全体で見ると、ブナとイヌブナの割合はおよそ3対7で、イヌブナの方が多い。

北面巻き道に入ると森が深くなり、奥山の雰囲気が漂う。標高が上がらない分、前半はイヌブナが多い。イヌブナの特徴であるひこばえの木も見られる。しかし奥に行くにつれて見られる木は巨大化し、ブナかイヌブナか判別が難しいものが増えた。
ただし北面巻き道の森を構成する樹種はブナ属だけではなく、ミズナラ、ホオノキ、ヤマザクラなどの高木が背丈を競う、文字通りの雑木林の姿である。

イヌブナ ブナ 識別困難

余沢分岐の手前。側脈15本で葉裏が灰色がかっているのでイヌブナ 樹皮

余沢分岐の手前。側脈15本程度でイヌブナ

余沢分岐の手前。側脈13~15本でイヌブナ

余沢分岐の手前。樹皮の色が典型的なイヌブナ

北面巻き道。側脈不鮮明だが15本はなく12~13本程度。しかし樹皮は黒っぽく波打ちの程度が軽いのでイヌブナか

北面巻き道。ひこばえはイヌブナの特徴。ただし例外あり

北面巻き道。樹皮はブナのようだが、側脈が14本でイヌブナ

北面巻き道。黒光りする巨樹。側脈13本程度で、葉が大きくイヌブナと思われる

ヌカザス尾根。黒いポツポツ樹皮でイヌブナ

神楽入峰と巻き道分岐の間。側脈13本の稚樹。イヌブナ

尾根に上がったすぐのところ。側脈10本でブナ

余沢分岐の手前。側脈10本でブナ

余沢分岐~北面巻き道分岐手前。樹皮が部分的に黒くポツポツがあるが、側脈は10本程度なのでブナと思われる

樹皮が黒いのは地衣類によるものでブナ。側脈10~12本

北面巻き道。前出のイヌブナとよく似ているが、側脈が10本なのでブナ

ヌカザス尾根。直径10cm以下の比較的若い木。側脈10本でブナの形状

ヌカザス尾根。側脈10本。葉に質感がありブナ

ヌカザス尾根。黒いのは地衣類。ブナ

三頭山山頂。ブナ 山頂

神楽入峰と巻き道分岐の間。ブナ

神楽入峰と巻き道分岐の間。側脈10本でブナ

神楽入峰と巻き道分岐の間。側脈10本でブナ

神楽入峰と巻き道分岐の間。ブナが集中している

神楽入峰と巻き道分岐の間。白い樹皮でブナ

神楽入峰と巻き道分岐の間。尾根道に根が浮き出すブナ巨樹

神楽入峰と巻き道分岐の間。直径140cmと鶴峠道最大の巨樹 こぶ

余沢分岐~北面巻き道分岐手前。イヌブナのようだが側脈15本のものと12本の葉が混合しており判別困難

余沢分岐~北面巻き道分岐手前。高さ数センチの稚樹。側脈は葉によって8本~12本とバラバラ

ヌカザス尾根。人間の背丈ほどの稚樹。側脈10本程度だがどちらだか不明

神楽入峰と巻き道分岐の間。発芽後2年、3年の幼樹が多い。側脈の数からはブナだが不明

神楽入峰と巻き道分岐の間。直径10cm以下の比較的若い木。側脈10本で白く、ブナのようであるが黒いポツポツがある

神楽入峰と巻き道分岐の間。樹皮が黒いが葉に質感がありブナだろうか


ヌカザス尾根との合流点(1340m)に着く。ここからは三頭山山頂目指しての登りとなる。標高を少し上げるとやはりブナの方が多くなる。次第に白っぽい幹の、葉を調べずともすぐにブナと分かるものも出てきた。ブナとイヌブナの混成林のイメージの強い三頭山も、大きく見れば両者は標高で棲み分けているようだ。
直径5cmほどの若いブナも現れる。次の世代が育っているのだろうか。

三頭山西峰の山頂(1531m)に着く。いつもながらの賑わいだ。山頂で大きく枝葉をのばしているのはブナの方だった。また今回は探索しないが、ブナの割合で言えば、鶴峠道より都民の森側のほうが多いかもしれない。
それにしてもゴールデンウィーク中に山頂まで新緑が達しているのは、三頭山では珍しい。今年の春は駆け足のまま次の季節に引き継ぎそうである。

尾根通しに鶴峠方面へ下る。神楽入ノ峰を越えていく登山道はブナが多く見られる。意外だったのはまだ実生後2、3年くらいの小さな木や、人間の背の高さ程度の稚樹が登山道沿いに多く見られたことだ。側脈は10本程度なのでブナのように見えるが、側脈の数は芽吹き段階から開葉し、枯葉になるまで増えたりしているのだろうか。また、同一木が何年も成長していく中で側脈の数に変化が出てくるのか、それが説明されている文献にまだ出会えていない。
何となくであるが、稚樹の段階ではブナかイヌブナか、見分けしづらいように思う。

そもそもブナとイヌブナ、これをはっきり識別させる決定的な要素というのはあるのだろうか。DNA鑑定をすれば違いがあるのかもしれないが、そんな先進技術が世に出る前から両者は区別されてきた。
側脈の数も10本以下、15本以上ならまだしも、その間ならば基本的にはグレーゾーンである。樹皮や葉の大きさ、光沢(ブナのほうは光沢感がある)や繊毛の有無(新緑時期を過ぎるとブナの葉の繊毛はなくなってくる)などを見ることになる。
でも三頭山ではそれらを全部見ても判別しにくいものがある。スミレなど多くの山野草で見られる「同属間の交配」がブナ属の間もで存在するのだろうか。あり得るのなら、これらグレーゾーンがあることに納得がいく。
日本海側と太平洋側のブナの違いの度合い(距離)と、ブナとイヌブナとの違いの度合いは実は同じくらいなのではないか。


140cmのブナ巨樹(動画40秒)
あちこちで見られたブナかイヌブナの稚樹は、そのまま成長すればいいが、それがなかなか難しい。登山道近くに生えているものは多くがそのうち踏みつけられてしまいそうだ。温暖化による気温上昇や乾燥も大敵となる。
また、昨年の実生である双葉の1年生ブナは、歩いた範囲ではどこにも見当たらなかった。三頭山はブナの更新樹が育っていないという研究者による調査結果を読んだが、実際のところはどうなのか。

鶴峠からの登山道は、うっそうとした深い森という印象は変わらないのだが、下部では天候の影響か何かで倒木を処分し、そのまま放置されているのが何箇所かで見られ、以前に比べ何となくすっきりした感もある。

巻き道分岐まで降りる直前の標高1300m付近はブナ巨樹のオンパレードで、一番太いのは直径140cmと破格である。先日の箱根・三国山で見た巨樹といい勝負だ。
これを見て三頭山はやはりブナの山であることを実感した。

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2018年5月5日(土祝) 探索
ルート:鶴峠-余沢分岐-北面巻き道-ヌカザス尾根上部-三頭山西峰-神楽入ノ峰-鶴峠
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上野原駅発の富士急山梨バスは、鶴峠バス停の少し下にあるトイレの前で停車した

富士急山梨バス

鶴峠の三頭山登山口

登山口

鶴峠道の余沢分岐

余沢分岐

倒木を整理した跡が何箇所かあった

倒木を処理

ルイヨウボタン(北面巻き道)

ルイヨウボタン

三頭山西峰山頂から、石尾根の展望

石尾根の展望

神楽入ノ峰付近にはミズナラが続く部分もある

ミズナラ街道も

ミツバツツジが新緑に映える

ミツバツツジ

帰りは鶴峠バス停の前にバスが停まる

鶴峠バス停

小菅村の村営バスはこの4月から、平日の一部を除いて定期便が廃止された。日曜は運休となる

デマンドバスに