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ブナ探索山行 第1回
高尾山(東京都)       一代限り?江戸小氷期に根づいたブナ

東京に住む登山者にとって、最も身近な山である高尾山。ミシュランガイドにも認定された観光地であり、三ツ星がついた山は日本では富士山とこの高尾山のみで、標高の割には豊かな自然を擁していることが評価されているのだろう。
標高と地理的な条件から、高尾山はスギなどの針葉樹やカシ、シイといった常緑広葉樹を中心に多種多様の樹林を見ることができるが、深山の象徴であるブナも生育しているというのはかなりの驚愕である。
冷温帯の樹林として代表的なブナは、本州では標高600~1600mの山地で良好な林相を形成すると言われている。しかし標高3ケタ台のブナ林というのは、もっぱら気象条件の厳しい日本海側の話であって、南関東・甲信の山となると標高1000m以下でブナを見ることは少ない。それが高尾山の場合、ケーブルカー山頂駅のある標高470m付近で立派なブナを見ることができるのだ。実際には1号路、金比羅台上部の標高380mあたりからブナがあるとのことである。

ブナは樹木の中で数少ない「雪と相性のいい」木である。東京に珍しく降雪のあった直後、高尾山のブナを見にいった。そして、本サイト「日本ブナ百名山」の第一座をこの高尾山とし、この類稀なるブナの実生と今後の推移に焦点を当てたい。

「やどり木のブナ」「地蔵ブナ」「美人ブナ」「元禄ブナ」
ケーブルカー高尾山駅から少し歩くと霞台展望台があり、その下に伸びる車道沿いに凛と聳え立つ1本のブナが目に入る。通称「やどり木のブナ」である。ブナ特有の白い幹、ゴツゴツした樹皮、堂々とした枝ぶりだ。
幹の直径は1m弱程度か。一般的には胸高直径50cmで樹齢150年、1mで300年と言われる。このブナは江戸時代中期の元禄から宝永年間、そして享保の改革を実施した徳川吉宗の頃芽生え、300年の期間をこの高尾山の標高490mあたりに居を構えていたことになる。
てっぺんにやどり木を乗せているのがユニークである。やどり木のあたりは周囲の樹木の高さから一歩抜きん出ており、日光を取り込みやすい位置にある。
なお、レストランのある霞台展望台の頂上に上がったところにもブナっぽい大木が何本かあったが、樹種ははっきりしなかった。
高尾山のブナはこの他にも何箇所かで見られるが、いずれもブナ林を形成してはおらず単独で生育しているものが多い。北面の4号路、いろはの森コースにはイヌブナやコナラなど落葉樹林が広がっているものの、高尾山は自分にとってはやはりスギやカシ、シイ、アオキが主の照葉樹の森といったイメージである。それだけに突然、あの白い幹が顔を出してくるのはちょっとしたうれしさがあり、高尾山の自然の奥深さを実感する。


美人ブナ
薬王院を過ぎ、標高を上げていった所にある奥ノ院に「地蔵ブナ」と呼ばれている、これも背の高いブナがあった。また、高尾山頂からいろはの森コースに下る途次には、高尾山中のブナでは一番美しいと言われる「美人ブナ」のスラッとした姿を見ることができる。
高尾山全体では現在、ブナは70本くらいあると言う。1号路北面・4号路の斜面にあった「元禄ブナ」(太郎ブナ)は胸高直径1.1mで、高尾山のブナの中で最大のものとされてきたのだが、老齢により枯木化が進み、2011年の台風ついに倒れてしまった。名前からして、やはり元禄時代(1700年前後)から見られていたブナと言うことだろう。

富士山噴火が遠因?
それにしても何でこんな低いところにブナがいるのだろうか。これはかえってベテランの登山者ほど不思議に思うかもしれない。「元禄ブナ」や「やどり木のブナ」が芽を出した江戸時代中期、そのころの気候はどうだったのだろうか。
大きな流れで考えれば、日本は1万年前の最終氷期以降温暖、多雪、湿潤の傾向に進み始めているが、江戸時代を中心に小氷期という寒い時期があったとされている。天明・天保の大飢饉があったのもこの頃で、農村は大冷害に見舞われた。高尾山のブナはこの小氷期に入り込んだ、とされるのが樹齢的にも一致するし、一応の定説である。

植物の生育可否を気温から判断する数値的な材料として「暖かさの指数(WI)」「寒さの指数(CI)」というのがある。月ごとの平均気温が5度を超えた場合、その気温差を累積して年間合計したものをWI、5度を下回った月の気温差の年間合計がCIということになる。ブナのような冷温帯樹木はWIが生育域の下限を決定するとされており、ブナの場合は85が下限値となっている。
そこで、八王子市の月平均気温を元に、高尾山の標高450m付近のWIを求めてみた(標高差より、平均気温は八王子市より2度ほど低いと仮定)ところ、昨年(2017年)のWIは98.9となった。自分としても記憶のある、特に寒かった1984年でも90.8である。
2017年比で平均気温がもう1.8度だけ低ければ、WI=84.5となり、高尾山ケーブル駅付近がブナ生育可能の下限標高となる。いずれにしても現在の高尾山は、「数値的には」ブナの生育にふさわしくない場所となる。

しかし平均気温が2度低いというのは、かなりの極寒である。江戸小氷期の頃の高尾山の気候ははどうだったのだろう。当時の気温の確かな資料がなく想像でしかないが、当時は里でも南岸低気圧による大雪が頻発していたのではないかと思う。すなわち、現在の日本がたびたび見舞われる「天候不順」がこの時代に大きく影響していた、ということである。
1707年に富士山が噴火(宝永大噴火)している。火山灰の降下や大気圏への粒子の飛散が気象に大きな影響をもたらすことは知られている。その結果、18世紀初頭の南関東地方は気温の大幅な低下と天候不順に見舞われ、奥多摩や丹沢、高尾山稜も低温と多雪の時期がある一定期間継続したのではないか。高尾山にブナが芽生えたことの理由には結びつかないかもしれないが、少なくとも江戸中期に、現在の高尾山を取り巻く気象状況とはかなり乖離した時期があったことは、十分に考えられる。どんぐりを渡り鳥が運んできたのか、または他の動物(人間を含め)によるものかもしれない。好条件が重なりブナは根づいたのである。しかし世代更新は行われずにこの一代のみ。ブナ林に成長しなかったのはそうした低温多雪の状況が長く続かず、19世紀に入っての気温の上昇がブナ実生の頭打ちとなってしまったのではないだろうか。

一方で、高尾山周辺の同標高の山にブナが皆無であることの疑問がある。隣りの陣馬山、石砂山・石老山にブナはなく、なぜ高尾山だけにブナがあるのか。
これは高尾山が昔から信仰の山であり伐採を禁じられていたのに対し、他の周囲の山は富国強兵の名の下、悉く伐採されていったという理由が考えられる。木に無と書いてブナと読ませるくらい、何も役にたたないとされていたこの樹木は、何度伐採されても足りないくらいの扱いをされていた時期もあった。中央線沿線の低山の北斜面は、少し登った標高500m前後のあたりは杉・檜の人工林に覆われているところが多く、その上はコナラ・アカマツなどの陽樹(伐採や山火事後の日当たりを得た場所にいち早く根づく)が優先して成育した。
奈良時代に開かれた高尾山薬王院の寺領として、高尾の森は信仰の対象となり、古くから守られてきた。中世になっても保護の手は加えられていたようで、幕府直轄、その後の帝室御料林、そして現在の国有林としての保護管理と、トンネルは掘られてしまったが高尾山だけが大部分、昔のままの姿で残されてきたと言っていい。ミシュランが三ツ星指定した背景はここに価値を認めたからに他ならない。

結実・発芽・生育への遠い道のり
そして、高尾山のブナのこれから辿る運命である。ブナの樹齢は最長400年と言われているが、元禄ブナが枯死してしまったように、他のブナも余命はそうないのかもしれない。
林野庁は毎年「ブナの結実調査」というものを全国規模で実施している(データベースがWEBで閲覧可能)。高尾山のブナも毎年ではないが結実状況が調査されている。それによると、最近では2014年に結実が見られたが、それ以外の調査年は凶作または結実なしであった。ブナが豊作となるのはどこの山でも数年に一度のようなので、高尾山のブナが特に調子悪いわけではない。それよりも、高尾山のブナは結実しても中身のない、いわゆる「粃(しいな)」である、との報告がある。実が小動物に餌として拾われ土中に埋められても、発芽することはないと言うのだ。これはやはり先ほどのWI指数で述べた通り、今の高尾山の気象環境がブナの生育できない状態になっていることの証だろう。もっと標高のある山であれば、ブナは寒冷な地を求め標高の高い所に生育域を移していくこともできるが、標高599mの高尾山ではそれもかなわない。仮に今後、結実→発芽を果たす年があったとしても、それが生育し世代更新が行われるには、今の気候条件が劇的に変化していく必要がありそうである。
そして温暖化とともに忘れてはならないのは「乾燥化」であり、これが日本の樹木の成長維持の阻害要因となってくるように思われる。雪による湿潤な大地からの恵みを受ける性質のあるブナに乾燥は大敵である。
日本の山の行く末を見ていくのに、大気の乾燥化には注意しなければならない。

それでも高尾山のブナは例年、4月になると芽吹いて花をつけ受粉し、新緑の時期を迎える。そして秋、年によっては結実する。この自然のサイクルがあと何年続くのだろうか、今後も折にふれて観察していきたいものである。

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2018年1月27日(土) 探索
ルート:京王高尾山口駅-琵琶滝-霞台展望台-薬王院-奥ノ院-いろはの森-蛇滝
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駅前ブナの芽吹き
2018年4月12日追記:
ブナの開葉、芽吹きを確かめに4/8に再訪。
駅前ブナが開花していた。今年は季節の進みが早いのでこんな時期に見られたが、普通はもっと後に開花するはずである。雄花はすでに落ちてしまったのか、雌花ばかりが目立った。

イヌブナの開花量が多く、花粉が登山道にたくさん落ちていた。今年はかなりの豊作が予想される。
美人ブナは芽吹き前だったので、開葉の時期に様子を見にいきたい。
今年は実生を見ることができることを期待している。

高尾山の南斜面はカシ、シイ、モミ、イヌブナ、コナラなど広葉・針葉、常緑・落葉織り交ぜた雑木林。
どっしりとした巨木も多く自然郷としての歴史の深さを感じさせる

南面は雑木林

アラカシ(常緑互生・ブナ科コナラ属)

アラカシ

1号路・霞台展望台付近にある通称「やどり木のブナ」

やどり木のブナ

やどり木のブナの胸高直径は1m弱。樹齢300年くらいと推定される

直径1m近く

ケーブルカー高尾山駅(山頂駅)を出たところに、手すり越しに見下ろせる大木もブナと思われる

駅前ブナ

ブナと同じ「ブナ属」であるイヌブナ。ブナと比較してより暖かい、明るいところで生育する。主幹をとりまく細い木々は萌芽枝で、種子による繁殖力が強くない分、萌芽枝が株立ちすることによる世代更新を図っているという(ブナにはあまり見られない仕組み)

イヌブナ

4号路といろはの森登山道の交差点付近にある美人ブナ。直径50~60cm

美人ブナ

高尾山薬王院の山門をくぐる

高尾山薬王院

奥ノ院不動堂の階段を上るところにも背の高いブナがある。地蔵ブナと呼ばれており、四方に枝を伸ばす様が堂々としている

地蔵ブナ