坪田和人著「ブナの山旅」で、箱根の三国山がブナの多い山であることを知った。箱根山外輪山の西方に登山コースがあることは知っていたが、三国山という独立した存在としては全く眼中になかった。
観光地箱根に、これほどブナ巨樹の多い山があるのだ。若干カルチャーショックを受けた。
箱根という地域は標高が高く、1000m前後にまで観光道路が伸びている。それに太平洋に近い関係で降水量も比較的多い。少し高いところならば奥多摩や秩父以上にブナなどの湿潤を好む冷温帯樹木の生育しやすいところである。同じ高地の観光地でも軽井沢や霧ヶ峰などは降水量が少なく乾燥地域であり、箱根に比べブナの生育条件は悪い。金時山のブナを調査した方の研究結果によると、箱根の山域は霧の多く出るところで、それが乾燥しがちな太平洋側の山域の、ブナにとって生育に不利な条件を補っているという。
しかし現在の箱根はどちらかというと、仙石原を中心にススキや笹といった草原の広がる地という印象が強い。以前はブナの原生林だったところも多いはずだが、大規模に伐採されてしまったのだろう。高尾山や筑波山のように、信仰の山として禁伐だったという歴史もなさそうだ。
なお、静岡県との県境に函南原生林というのがあり、そこには少し前まで日本一のブナ巨樹があった。その後東北にそれより太いのが見つかったので、日本一の地位はなくなった。登山地図には「中部地方一のブナ」と説明されていたが、それも老齢でついに倒れてしまったらしい。
函南原生林は自然保護のために現在は原則立入禁止となったが、それでも箱根や神奈川・静岡県境はとりわけ太平洋型ブナの見所の多い地域とされている。
この日は午前中に
金時山に登っており、そのあとの三国山登山である。金時山もブナの多い山であった。
「森の番人」が登山道を見守る
車で湖尻峠に上がる。峠までは有料道路になっており、料金所で100円支払う。
なお、三国山だけ登るなら、南側の山伏峠からの方が標高差もあまりなく楽だ。が、それには芦ノ湖スカイラインに入らねばならず、料金600円も取られる。芦ノ湖スカイラインは徒歩禁止である。ちょっと登りは多くなるが、湖尻峠からのほうがブナも多そうなのでこちらから登る。
直径130cmのブナ巨樹 |
しばらくは芦ノ湖スカイライン沿いの登山道で、車の音が大きい。シコクスミレ、ヤマルリソウ、コミヤマカタバミと出だしから見られる花は多い。そして目を見張るのは、種類はわからないが「ひこばえ」のすごい樹木の連続だ。
笹とスギ林の陰鬱な登降を経て行くと、突然目の前にバイケイソウの群落が広がる。ブナかと思った最初の大木は、白い花をつけたコブシだった。
見る花や木の顔ぶれは、今の時期に登る東京周辺の山の中では、ちょっと異色である。ヤマルリソウを標高1000m近いところで見るのはあまりなく、これは山頂まで咲き続いていた。三国山は車道沿いに潜むちょっとした不思議空間である。
登山道ははっきりした一本道で迷うことはない。登山者は1組見ただけだがもう午後だからかもしれない。むしろトレランの人と多く行き交う。
肝心のブナは標高990mあたりから見られる ようになる。もうかなり芽吹いていた。しかし金時山と同じく、花をつけているのははるか上、7~8mの林冠まで目を凝らさなければならなかった。この山も首が痛くなりそうな展開である。
低い位置の枝も開葉しているのに、なぜ花がないのか。答えは次の新潟山行の中でたどり着いたが、この時はまだクエスチョンのままである。
一度ブナを見れば、そこからは次々と出てくる展開に。芽吹き前の木も多いものの、林冠で花付きの開葉もかなり見られる。それにだんだんと巨木が多くなってきた。平均70cmくらいでかなりの巨樹の連続である。
形的にはずんぐりというか、腰の座った出で立ちのものが多い。1039mには直径130cmくらいの、奇っ怪な形相のブナ巨樹があった。3本の木が合体しているようにも見えるが、根は同じ1本である。これは三頭山で見た今まで最大のものより大きいかもしれない。
植物図鑑に載っているブナは普通、白くスラリとした容姿に地衣類のまだら模様の樹皮を示しているものが多いが、ここ三国山のブナはそのスラリ感はない。あくまでもドッシリ型の、「森の番人」的イメージである。
三国山だけでなく、太平洋側のブナは日本海側のブナに比べて、おしなべてそういった印象が強い。枝ぶりも上へ上へではなく、水平に枝分かれしている。これは積雪が少ないため、雪に埋まる心配がないからと言われている。
主幹に比べても驚くほど太い枝を、低いところから出しているのもある。こういう枝の伸ばし方で、葉を出したときにより広い範囲からの光合成、すなわちエネルギーの取り込みを可能にしている。日本海側にはない特徴である。
太平洋側のブナ事情
芽吹きのブナ |
気温、湿度、人間を含めた他の生物との関係などの環境条件を考えると、太平洋側のこれら老齢ブナは200~300年の生涯の間、さまざまな過酷な時期を乗り越えてきたと言える。気候で考えれば、太平洋方気候は冷温帯樹木にとって結構ギリギリの境界に位置する。
数十年の短い単位で乾燥の続く期間や温暖な時期も繰り返し経験してきたはずだ。それはブナにとって住みにくい時期であったろうから、その度に木の生長のしかたも変わるのは当然である。スラリとしたスマートさが太平洋側のブナにあまり感じられないのは、そうした時代的背景も理由にあるのではないだろうか。冬の季節風や大雪で、動植物にとっては日本海側のほうが大変と思われがちだが、樹木とりわけブナに関しては、太平洋側も様々な事情がある。
また、同じブナ属に「イヌブナ」がある。これは太平洋側に多く、しばしばブナと標高を違えて同じ山に生育していることが多い。太平洋側のブナは生理学的にもイヌブナの影響を受けていないだろうか。
ブナとイヌブナの違いについて今後、三頭山の項で述べてみたい。
それからも、「森の番人」ブナに囲まれた稜線を進み、三国山山頂に着いた。山頂にもブナが伸びている。ブナの間から芦ノ湖の青い湖面が見え、観光船が白い波線を引いていた。湖を見下ろしながらのんびりできる山頂を、トレランの人が何人も急ぎ足で通り過ぎていく。不思議空間は山頂まで続いていた。
来た道を下山する。雄花、雌花の出ている林冠を見上げながら、転ばないように湖尻峠へ向かう。
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2018年4月21日(土) 探索
ルート:湖尻峠-三国山(往復)
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