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2010年7月29日(木) 前夜発
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◇ | | 新宿都庁前 | 22:30 |
夜行高速バス さわやか信州号 |
◇ | | 穂高駅 | 4:30 |
タクシー |
5:00 | 中房温泉 | 5:25 |
6:05 | 第一ベンチ | 6:10 |
6:35 | 第二ベンチ | 6:40 |
7:15 | 第三ベンチ | 7:10 |
8:05 | 富士見ベンチ | 8:10 |
8:50 | | 合戦小屋 | 9:20 |
10:20 | 燕山荘 | ◇ |
2010年7月30日(金)
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◇ | 燕山荘 | 5:20 |
5:40 | 燕岳 | 5:45 |
6:00 | 燕山荘 | 6:55 |
9:10 | 切通岩 | ◇ |
9:50 | 大天荘 | ◇ |
10:05 | 大天井岳 | 10:15 |
10:25 | 大天荘 | 10:30 |
11:10 | 大天井ヒュッテ | 11:50 |
12:25 | ビックリ平 | ◇ |
13:30 | | 赤岩岳 | 13:40 |
14:20 | ヒュッテ西岳 | ◇ |
2010年7月31日(土)
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◇ | ヒュッテ西岳 | 6:10 |
7:10 | 水俣乗越 | 7:20 |
7:50 | 窓(鞍部) | ◇ |
9:00 | ヒュッテ大槍 | 9:40 |
10:40 | 槍ヶ岳山荘 | 14:25 |
14:50 | | 槍ヶ岳 | 15:20 |
15:45 | 槍ヶ岳山荘 | ◇ |
2010年8月1日(日)
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◇ | 槍ヶ岳山荘 | 6:10 |
7:30 | 天狗原分岐 | ◇ |
8:10 | 水俣乗越分岐 | 8:25 |
9:08 | 槍沢ロッヂ | 9:30 |
10:45 | 横尾 | 11:00 |
11:50 | 徳沢 | 12:37 |
13:25 | 明神 | 13:35 |
14:20 | 小梨平キャンプ場 立寄り入浴 | 15:05 |
15:15 | | 上高地 | ◇ |
定期バス |
16:20 | | 新島々駅 | 16:15 |
松本急行電鉄 |
17:14 | | 松本駅 | 17:18 |
特急あずさ30号 |
20:07 | 新宿駅 | ◇ |
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ようやく姿を現した槍 (7/31 ヒュッテ西岳~槍ヶ岳~槍ヶ岳山荘)
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昨日までは晴れは期待していなかった。問題は今日、青空の下で東鎌尾根を登れるかだ。
朝起きてみると、暗く低い雲が垂れ込めている。ああやっぱり、今日も同じ天気だ。しかし槍は見えないが下部のY字雪渓は見えているし、時々日も差す。
東鎌尾根の登りにて、昨日歩いた赤岩岳方面の高い壁を見上げる
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ヒュッテ西岳の朝食は、「山男」「雪山賛歌」など山の歌がバックミュージックに流れていた。
予報が外れて、晴れではないことに宿泊客皆、いまひとつ元気がない。天気がよい方向に向かっていることを信じて出発する。
東鎌尾根への道は、まず最低鞍部の水俣乗越を目指しての下りである。
| 梯子を登る |
| 三段梯子の下り |
| 進行方向注意 |
| ハクサンイチゲ |
| 槍ヶ岳への登り |
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浮石が多いところを梯子、鎖を伝って下りる。少々濡れている一枚岩の下降は神経を使う。朝っぱらからの重労働であった。
いくつかのコブを越えて、200m近く高度を下げて水俣乗越に着く。
天気が最悪なら、ここから槍沢に下りて、安全な道を歩いて槍まで登るということも考えていたのだが、そんなことをする人はいないかもしれない。
でも時間的には、東鎌尾根を行くのと、1時間とちょっとくらいしか違わないのである。
東鎌尾根を行く。急な登りで始まり、梯子でコブのてっぺんに立ったかと思うとすぐに下降。アップダウンが予想以上に激しいが、友人は楽しんでいるようでもある。
振り返ると昨日歩いた西岳までの尾根。やはり東鎌尾根と直角方向に交わっている。
三段梯子を登ると、三段以上の下り梯子が待ち構えている。登山道は安全が図られているが高度感があってヒヤヒヤの連続である。このあたり、濡れているところがないので助かっている。
目指すもの(槍)が目の上に見えていれば、ファイトも大いに沸くのだが、ただガスの中を登り詰めるのみだった。登山者もたまに見かける程度でしかない。
さっきの三段梯子が、ルート的には最大の難所だったらしい。それ以後は、ガレはあるもののきつい登り下りはない。比較的大きな残雪を見るあたりからガスの濃度か濃くなり、雨も落ちてきた。
3.0, 2.5, 2.0・・・・。岩にペンキで数字が書かれている。おそらく槍ヶ岳までのキロ数であろう。
ヒュッテ大槍まで○○kmの標識。岩尾根を登り、乗り越え、トラバースしていくうち、ようやくガスの中からヒュッテ大槍が現れた。
とりあえず一安心。10年前に泊まった懐かしい小屋だ。こじんまりしたいい雰囲気である。
人影は少なく、数人が雨宿りをしていた。ドリンクバー500円と書かれていたが、インスタントコーヒーはしけっていた。でも暖かさに恋しくなったので2杯ほど飲む。
ここまで来れば、槍ヶ岳は目と鼻の先である。ヒュッテ大槍から見上げる槍ヶ岳は左右対称の端正ないでたちなのだが、今日はそのかけらも見られない。岩尾根をどんどん登っていっても、いっこうに現れない。
やがて殺生ヒュッテへの分岐を見る。正面に見えるはずの槍の穂先を想像しながら、左手に回り込むように進む。ハクサンイチゲ、ヨツバシオガマ、ミヤマオダマキなどを見て、槍沢コースの合流点まで来る。
人の声がにわかに聞こえ始め、ひと登りで大賑わいの槍ヶ岳山荘前である。昨日の燕岳からここに至るまで、槍はついに姿を現さなかった。とにかく小屋で受付を済ませ、濡れた衣類やザックカバーを、乾燥室に持っていくことにする。
小屋前の広場から、時折ざわめきが聞こえる。ガスの中から槍が姿を現すのだ。
ただしガスが濃いので、全貌を見せることは、なかなかない。ほんのかすかに、数秒見えただけで大騒ぎである。まるで宗教上の崇拝者が降臨したかのようだ。
ここにいる皆がこうして槍を見上げる思いは、山を神々の住む場所として畏れられ、崇められてきた時代の人々の感情と、もしかしたら大きな違いはなかったのかもしれない。
突然姿を現した槍ヶ岳
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しばらく暖かな談話室で休むが、明日の下山時間を考えると、今日のうちに登っておきたい。
ガスで見えないピーク目指してゴツゴツの岩をよじ登っていく。人の列は途切れることなく、通過待ちや梯子の手前で何度となく立ち止まる。
25分の岩登りで槍ヶ岳の頂に立った。
展望は全く無しだが、初登頂の友人は感慨深げだ。3日間雨とガスの中をよくここまで来れたと思う。槍沢からの安全な道を登って来るよりもやはり、充実感が違う。
2人組が北鎌尾根を登ってきた。山頂にいた人々から拍手が沸き起こる。槍に登った人には妙な連帯感がある。
| イワギキョウ |
| 艶かしいほど |
| ハクサンイチゲ |
| クモマグサ |
| 暮れなずむ雲海 |
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槍の肩に下り、荷物の整理などをしながら、夕食時間を待つとする。
また表が騒がしくなった。今度はかなり、「本格的に」姿を現したらしい。小屋にいる人が皆、外に走っていく。外出用の玄関のサンダルはたちまちなくなった。
自分の靴で外に出てみるとガスは完全になくなり、槍がその白い姿を惜しげもなく見せていた。
それどころか、周囲の山々の眺望も一気に開けていた。あっという間の出来事である。
4時を過ぎて、順光をもろに受けた槍の穂先は艶かしいほどだ。
前回(2年前)に見たのは早朝で、大方が影の黒い姿だったのだが、逆にこういうほう白いほうが威圧感がある。都会に突然と現れたゴジラのようである。
惜しむらくは、もう1時間ほど後に登っていれば、山頂からの大パノラマを拝むことができたということ。でもこればっかりはしょうがない。ガスが晴れる予報などしてくれる人などいないから。
それでも、槍の肩からのゴジラを見れただけでも、十分ここに来た価値がある。水彩画を描く友人も、ようやく外に出て夕暮れの北アルプスを描くことができたようだ。
燕山荘の600名収容という数字もすごいが、槍ヶ岳山荘は650名というマンモス小屋である。今回初めて泊まったが、この日はおそらく定員近い宿泊客がいただろう。談話室にも布団が敷かれていた。
白馬山荘の1200名には及ばないが、それでもここに600人以上の人間がいること自体がびっくりである。もちろん小屋は十分に大きく、収容能力があるので文句はないのだが、絶対的な人間の数の多さにはやっぱりうんざりしてしまう。
例えば前日のヒュッテ西岳のような小さい小屋だと、ある程度混雑していても安心感というか、泊まってほっとする部分がある。ぎゅうぎゅう詰めは困るが、なら大きければいい、というものでもない。
しかしこれだけ、多くの人が槍にあこがれて登って来るのなら仕方がない。
若い人の間で山登りがブームになりつつある。これからさらに、宿泊設備の充実の必要性が言われるようになるだろう。
一度に大勢の人間をどのように快適に泊まらせるか。燕山荘の赤沼さんも「サービス、サービス」としきりに言っていたが、山小屋はもはやサービスを競う時代に入った。
でも山小屋は山小屋であってほしいものだ。
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