夜が明けても風は全く止まなかった。出発を少し延ばすことも考えたが、外に出てみると案外たいしたことはない。プレハブ板の小屋の壁を叩く風の音が少し大げさに聞こえていたようだ。
朝日に照らされて雲海が赤く染まっていた。管理人さんによると日の出を見たのは久しぶりという。
地神北峰より、伸びやかな梶川尾根の後ろに飯豊本山が覗く |
それでも強風であることには変わらない。主稜線から早く離れる梶川尾根に下山路を変更しようかと話しながら、6時過ぎに門内小屋を出発する。
上空はすごい勢いで雲が流れている。しかしだんだんと青空の面積が大きくなっている。前後左右どこを見てもすばらしい眺め。道が新潟県側につくところは風が強いものの、それもだんだんと弱まっていく。やはり予定通り丸森尾根を下ることにする。
扇の地紙からさらに稜線を進んで地神山、どこもかしこも大展望で、飯豊連峰の優美な稜線が全方位に展開する。正面にえぶり差岳と避難小屋、その手前に頼母木小屋も見えてきた。
梶川尾根の伸びやかな尾根筋、振り返ると今日も飯豊本山が高い。本山は4日間いずれも晴れていたようだ。新潟県側に目を転じれば、二王子岳の手前にある鋭峰は蒜場山だろうか。
早い時間から何人かの登山者と出会う。足ノ松尾根を登りえぶり差岳を往復して、昨晩は頼母木小屋に泊まったとのこと。同じく音がすごかったと言う。
地神北峰に到着。標識には「丸森尾根・飯豊山荘」と書かれている。風を避け、東側の斜面で少し休憩する。こちら側に回ると風がピタッと止む。ここでいよいよ飯豊の稜線ともお別れとなる。
丸森尾根は梶川尾根と平行して飯豊山荘まで下っているが、梶川尾根に比べて早いうちから高度を落としていく。そのせいか、最後の厳しい下りも梶川尾根より少し緩和される(はずである)。
始めのうちは浮石の多い広々とした草地を下っていく。ニッコウキスゲ、シラネニンジンや綿毛となったチングルマを見る。右手に梶川尾根が伸びやかで高い。
この草地の端っこが丸森峰となる。登りにとる人は、このピークで一気に眺めが開けて気分が高揚するところだ。下りではここから一転、樹林帯となる。東北の山はこういうところの移り変わりがはっきりしている。
やや滑りやすい緩やかな低木帯では久しぶりにブナとの対面もあった。雪の重みの影響で根曲がりしているが、さらに風のせいで垂直に立ち上がることもできずに、斜面と平行に近い形で寝そべっているのが興味深い。
道はだんだんと斜度が増していき、手を使うような段差も多くなってくる。尾根の端にはブナやミズナラが1本2本立ち、その背後に麓も見えてきた。夫婦清水で、歩いて1分の水場で水を補給するがチョロチョロだ。
丸森尾根の核心はここからだった。登山道の様相は変わり、ヒメコマツの茂るやせた岩尾根が続く。傾斜もきつく慎重に下っていく。岩尾根は頭上を樹林に隠されていないので日差しをもろに受ける。4日ぶりの下界の酷暑を想像してうんざりする。下山地の飯豊山荘付近は例年なら涼しげな避暑地であろうが今は間違いなく気温30度を軽く超えているだろう。
梶川尾根と同様、過去に滑落事故が多いのは、岩尾根の急坂ということ以外に暑さも原因のひとつとしてありそうである。丸森尾根はそれでも、ところどころで一息つける木陰がときどきあり、隣りの尾根より歩きやすくはある。
飯豊山荘や駐車場が見えてきた。一気に下って登山口に下り立つ。怪我なく無事に下りつくことができて一安心。しかし暑い。日差しがギラギラで、おそらく今日が4日間で最も天気のいい日になっただろう。本来なら山麓の夏はこれからが本番である。
バスが来るまでの間、飯豊山荘で入浴・食事を済ませ、休憩室で時間をつぶす。山荘の中には冷房はないが、なんとか過ごせる。暑くてもカラッとしているからか。
山荘外のブナがたくさんの実をつけていた。小国町は「白い森」と言われるようにブナの多い地である。飯豊山荘からこの奥の温身平までは遊歩道が整備されており、一般の人でもブナの深い森に触れることができる。温身平はダイグラ尾根や石転び沢の登山口に通じているがどちらのルートも難路であり、ここを登降とする登山ならブナ鑑賞どころではないだろう。それでもいずれは、この地のブナをじっくり見てみたいものだ。
飯豊連峰は間違いなく日本ブナ百名山のひとつであるが、ページへの掲載は少なくとも温身平のブナを見てからである。
飯豊は15年前と変わらず、大きく深い山だった。しかし麓の様子は変わった。それに山を取り巻く気象条件も大きな変化が起こり始めている。