朝から雲が多く、御西小屋で朝食をとっている間にあたりはガスに包まれてしまった。4日とも晴れとはなかなか行かない。風も強く、小屋の管理人さんからは、やせた尾根では飛ばされないように耐風姿勢が必要になるかもしれない、と脅かされた。
烏帽子岳周辺はイブキトラノオの群落が続く |
視界の悪い中御西小屋を出発するが、天狗の庭付近まで来ると視界が開け始め、烏帽子岳のとんがった山頂部まで見えるようになった。
御西小屋から先、高山植物の顔ぶれが少し変わる。咲き残りだがハクサンイチゲがあった。飯豊でこの花の開花は早く、えぶり差岳付近で6月中旬、その後高度を上げていくが、御西あたりでも見られるのはせいぜい7月中旬くらいまでのようだ。
残雪がすぐ下の斜面に現れる。イワイチョウの葉は雪が溶けた縁から出て来るので、雪から距離が遠いほど葉が大きくなっていた。湿性の花が多く、ノウゴウイチゴ、シナノキンバイが今回の山行での初顔である。ハクサンコザクラもこのあたりが一番多く見られた。
御手洗池を過ぎ、いよいよ烏帽子岳への長い登りとなる。天候は再び混沌としてきて、風が急に強くなる。耐風姿勢を取るほどではない。烏帽子岳付近はイブキトラノオが群生しており、斜面を埋め尽くしているようなところもあった。タカネマツムシソウ、タカネナデシコと、アザミの形をしたのはシロウマアサツキか。
目の上のピークに上がったが山頂ではなく、烏帽子岳はさらに先だった。山頂は残念ながら何も見えず。しかし標高は2018m、思いがけず標高年の山である。
この先の稜線もガスの中だった。ハイマツの尾根を下り登りし梅花皮岳、再びイブキトラノオの斜面を下っていく。ガスの中から梅花皮小屋が現れた。人影は管理人さんだけ。小屋の中で休んでいっていいとのこと。この管理人さんは昔ながらの山男の雰囲気で少し安心した。
水場が近いので補給しにいく。梅花皮小屋は大きくて内部もきれいなので、飯豊の小屋の中では人気があるようだ。石転び沢側が濃密なガスになっており、下のほうがうかがい知れないのが残念だ。
今日の行程は飯豊連峰縦走の核心部だけにぜひ晴れてもらいたかったが、そうは問屋がおろさなかった。朝方は一時の晴れ間もあったのに、この強風とガスで今日中の天候回復の見込みはなさそうだ。となるとサクサクと門内小屋に入ってしまったほうがいい。食事を済ませて出発する。
本日の最高点、北股岳へは先ほどの烏帽子岳と同じくらいの登り返しになるのだが、実際はそれほどきついことはなく山頂にたどりついた。しかしはやりガスの頂である。
時折り風がガスを動かし、周囲の山並みがみえることがある。来た方向を振り返ると飯豊本山付近は今日もいい天気みたいだ。
ギルダ原を歩いていると、登山者と行きかう回数が増えてきた。今日梶川尾根を登ってきた人、門内小屋に泊まった人などいる。飯豊縦走と言うと福島県側から入山するのが一般的と思っていたが、新潟県側から歩く人のほうがむしろ多い。
ガスの中からようやく門内岳が現れる。再び風が強まり、赤い祠のある山頂は通過するのみ。数分で門内小屋に到着した。ともかく風吹きすさぶ稜線から逃れることができて一安心である。
山頂直下のやせた稜線に建っているため風をもろに受け、音がすごい。管理棟はすぐ下が斜面になっており、風や地震で崩れ落ちないのか不安である。管理人さんは男女で、夫婦のようだった。
部屋には毛布とござ敷が置いてあり、聞くと自由に使っていいとのこと。ありがたく利用させてもらった。水場は歩いて5分ほどの門内清水を利用する。チョロチョロで500mlペットボトルを満たすのに5分かかった。
自分たち以外に登山者は到着しておらず、宿泊者は今日も二人だけかと思ったが、後になってひとりやってきた。
トイレはバイオ式の水洗で臭いもない。飯豊の小屋のトイレはどこも同じだった。トイレにお金をかけるのは、人間の排泄行為が自然へ与えるインパクトを危惧する山の人たちの意識の表れだろうか。奥秩父の山小屋では、バイオトイレにするのに5000万円かかったという。これは門内小屋の前の管理人さんが書いた本に載っていたのだが、いくら何でも一桁違うような気もする。そうだとしても、500万の半分は補助が出るとはいえ半分は小屋経営者の自腹である。山を仕事にしている人たちのトイレに対する意識の高さが見て取れる。
門内小屋は飯豊のほかの小屋より一回り小さく、文字通りの避難小屋だ。もっとも飯豊の小屋は大きくても小さくてもみな「避難小屋」である。切合小屋も玄関口に避難小屋の看板が出ていた。でも飲み物を売っているし、食事を作ってくれるところもある。
ひとくちに避難小屋といっても、本当の緊急避難用のための小屋と、そうでないものとの2通りがある。登山者はその点、利用するときにどういったタイプの避難小屋か事前によく確認する必要がある。ただしどちらにしても、設備を利用できないことも考え、寝食のための装備は持っていったほうがいいだろう。
本来なら誤解を避けるために、切合小屋などは「避難小屋」ではなく何か別の呼び方をしたほうがいいとも思う。
風は鳴り止まなかった。翌日は好天が予想されていたため、いずれ収まるものと考えていたが、夜が更けていくにつれて風の音は増す一方。うるさくて眠れない。小屋は鉄骨が入りびくともしない、はずだが突風が吹くと揺れる。
そのうち、外でガラガラと何かが飛んでいくような音もし始め、不安な一夜を明かした。