西東京バスの時刻表が改正され、丹波山村や小菅村への便が少し変わった。
土休の7時25分発小菅行きは小菅の湯まで延伸されたので利用しやすくなった。またこの便は鴨沢の手前、留浦を経由するようになり、雲取山や七ツ石山に早い時間から登れるようだ。
登山計画に影響のある改正は久しぶりの気がするが、いいほうに変わってくれれば文句はない。今日はこのバスを利用して鶴寝山に登る。奥多摩の一番奥、地籍は山梨県となる。
日の差さない北側の登山道から、明るい紅葉の道へ
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奥多摩駅は登山者であふれかえっている。東日原方面のバス停前にはすぐに長蛇の列ができた。こちら、「小菅の湯」行きバスも出発時には満員になる。しかし今日は増発はないようだ。
奥多摩湖や小河内神社で大方の人が降りる。小菅村役場前で下車し、朝日眩しい里道を歩く。周囲の木々は早くも色づき始めている。養魚場の奥の一段高くなった民家の脇から登山道は始まる。
杉林の中をジグザグに登っていく。久しぶりの奥多摩の山、そして鳥のさえずりも、木の枝葉をざわつかせる風もない、静かな山である。
小1時間登っていくと、モノクロームの林の向こうにオレンジ色のカーテンが広がっていた。その広葉樹の森に入ると回りが一気に明るくなる。カエデやコナラなど、赤や黄色に色づいた木をあちこちで見る。ただ、このあたりでは緑の葉ばかりつけた木も多く、紅葉はまだら模様である。
モロクボ平で田元からの道を合わせ、さらに緩やかな道を行く。広葉樹林と人工林を繰り返しながら高度を上げていく。
道が北西側の斜面になると、8割ほどの木々が落葉していた。こちらの斜面に吹き付ける強い季節風が葉を落としてしまったのだろうか。南東側の斜面は紅葉の盛りで、まだ緑色も目立つ。
高指山を巻き終えて尾根を乗っ越すあたりで、カエデの赤々とした紅葉が目の前に広がった。今日歩くコースは樹林が密集しているわけでもないし、紅葉狩りの山としては少し役不足かなと思っていたが、思ってもみなかった艶やかな色づきに出会え、望外の喜びを得た。
今日は、大ダワを経由せずに、トチの巨樹ルートからの登山道に合流して直接鶴寝山を目指すつもりでいた。登山地図にも細い赤線で示してある。そのため、この先で東側に派生する尾根に乗り、急坂を登っていくことを想定していたのだが、そんな尾根などには出合わない。おかしいと思っているうち、前方にトタン屋根の残骸が見え、そのすぐ先の大ダワに着いてしまった。
明るい開けたところだが、以前来たときに比べて木が伸び、雲取山や飛竜山の眺めが悪くなっていた。
それにしても尾根の取り付きはどこだったのだろう。紅葉がきれいで見逃してしまったのかもしれない、まあいいか。と思い直し休憩の後、大マテイ山方面に進む。
緩やかな登りはやがて左右に分かれる。右は日差し明るい南面を行く日向みち、左は以前からあった、主に尾根の北側を絡んでいく巨樹のみちである。日向みちのほうが暖かそうだが、若干高度を下げアップダウンもあるので、今日は北側の道を行く。
やはり北斜面は落葉した木々が多く、そのぶん見晴らしはよい。尾根を挟んで見える南側のほうが紅葉は盛んなようだ。中央部の尾根に上がり、大マテイ山山頂に寄っていく。登山者が一人休憩していた。
大マテイ山の山頂は樹林に囲まれてた味な場所だが、ベンチがあり切り開きから富士山も見える。背の高いブナがきれいに色づいていた。
幅広の尾根を緩く下る。登山道には戻らず、しばらくは尾根の真ん中を歩いてみることにする。踏み跡はほとんどないが迷うようなところはない。
稜線の紅葉は全体的にはすでにピークを過ぎつつあり、葉を落とした木も多い。けれど北面を中心に背の高い大きなブナが枝をいっぱいに広げて見事な黄葉をつけている。
今年の秋は総じて天気がよく。各地の山で黄金色に輝くブナを見ることができた。神室山(山形県)、小松原湿原(新潟県)、玉原の山(群馬県)、そしてここ奥多摩(山梨県)。樹林は北へ行くほど背の低いどっしりとしたものが多く、一方、今日見るのは枝ぶりの見事な巨樹ばかりである。それぞれの地域の気象特性を見事に反映していて興味深い。
森は秋から冬の姿へ変化しつつあるが、南斜面にはまだ緑の葉をつけている木も多く、季節感は今ひとつ統一さに欠ける。このまだら模様の風景は、ここ数年続けて見ているように思う。
なおも緩やかにアップダウンしていき、やがて登山道に戻る。分岐があり、指導標には北方面に「トチの巨樹、わさび田/小菅の湯」と書かれている。さらにその先で日向みちと合流する。
この巨樹のみちと日向みちは何箇所で合流していて、さらにこの先で鶴寝山を北から巻く道も合わさってくるなど、かなり複雑である。指導標にも行き先を示す板がいっぱいついているので、あらかじめ最新の地図を見て頭に入れておかないと、分岐に出たとき迷ってしまいそうだ。
道がいっぱいある割には歩く人の数はそう多くなく、やはりここは奥多摩の穴場的存在なのであろう。
急坂を登ると鶴寝山山頂である。、葉も大方落ちて明るい。休んでいる人もそこそこいる。富士山がここからも大きく見える。12時を過ぎているのにまだ見えているのは珍しい。
少し奥の平坦地で休憩を取る。木の間から覗く奥多摩の山々は、上のほうはもう茶色や灰色になり、冬を待つばかりのようだ。石尾根や都県境の稜線には大きな雲がかかっている。季節の変わり目はすぐそこまで来ているが、今日この鶴寝山付近は日差したっぷりで暖かく、穏やかな時間がゆっくりと流れている。
下山はトチの巨樹を見てから山沢沿いの道を歩き、小菅の湯へ下るルートとする。
来た方向を戻るが、今度は日向みちのほうを行ってみる。やはりこちらは日差しがさらに強く、暑いくらいだ。カラマツの黄葉もきれいだが少し雑然とした感じの道だ。巨樹のみちに合流したところで、小菅の湯方面の登山道に入る。山腹につけられた細い登山道は、右側が切れ落ちている場所もあって少し注意が必要。トチの巨樹はすでに落葉していた。以前同じ11月初旬に来たときは、まだ紅葉もしていなかったので、やはり今年の秋は季節の進行スピードが早いのだろう。時折り北風が山腹をなでると、木の葉が一斉に舞い散っていく。
植林帯に入ると道が分岐した。下山は右だが、左の「大菩薩峠・牛ノ寝通り」方面は登り斜面になっている。朝の登路で分岐して、歩きたかったのはこの道だったのだ。
地図をよく見ると、高指山の先から取り付くはずだった尾根は、実は下りの谷筋だった。単純に地形図の等高線の尾根と谷を逆に読み違えていたという、情けない凡ミスであった。尾根なんか探してもないはずである。てっきり登りだと思っていたので、下りの道が目に入らなかったようだ。
沢沿いに下り、しばらく行くとわさび田に人が何人か入っていた。一人はわさび田の持ち主で、「いいだけ買っていきませんか?」と声をかけられる。その場で取り入れたものを買えるなんてあまりなさそうなので、買っていくことにした。
2本で500円は高いのか、安いのだろうか?「無農薬なので茎も葉も食べられる。醤油漬けがおいしい」と、その場に来ていた雑誌取材の人が教えてくれた。多摩源流の水で作ったわさびだから味も格別だろう。
茎や葉のついているわさびは50センチくらいあり、包むものがなかったので、ザックの中にあったビニールシートで巻いて持ち帰ることにする。
簡易舗装の林道になり、20分ほどで田元の集落。船木民宿を横に見て少し上ると小菅の湯に到着した。
小菅の湯は開業20周年ということで賑わっている。自分が大菩薩峠から下山後、初めて立ち寄ったのが1998年の秋だった。当時ははまだ日帰り温泉施設が珍しい時だったように思う。
向かいの物産館のみやげ物屋にも多くの人がやってきている。小菅村は観光地として集客に熱心で、村に住む人々も、さっきのわさび田のおじさんのように明るく社交的な人が多い。観光客は一度来たらまた来たくなるところである。
この付近では、松姫トンネルが近日中に開通する。大月市からこの村へは、車で来るならこのトンネルを利用することで、距離と時間がかなり縮まるので、山梨県側からのアプローチがしやすくなるだろう。けれど登山者にとって小菅村はやはり、奥多摩や大菩薩の山々に囲まれた奥村なのである。はるばるやって来てこそ楽しい場所である。
温泉には入らず、すぐにやって来た西東京バスで奥多摩駅に戻る。