2週間前の月山に続いて、今回も山形県まで足を運ぶ。再び夜行高速バスを使う。
「東北のアルプス」とも言われる神室連峰は、峻険なヤセ尾根の続く褶曲山脈で、登山の対象として大いに魅力的である。2003年に台山尾根から神室山に登り、西ノ又に下山した。日帰り山行ではあったが残雪、お花畑、新緑、展望とどれも素晴らしくて強く印象に残り、その後の自分の山の嗜好に大きな影響を与えたと言ってもいい。
しかしその時、展望のいいと言われる山頂の避難小屋に泊まらなかったこと、縦走しなかったこと、この2点がずっと心に引っかかっていた。何であんないい山を日帰りで通り過ぎてしまったのか。
その後、毎年のように再訪の機会をうかがっていた。2006年に一度、縦走の計画を立ててバスのチケットまで購入したが、天気予報が思わしくなく直前でキャンセルした。
それから8年後の再計画である。ガイドのコピーも地図も、8年前に用意していたものがようやく日の目を見る。
神室山山頂から小又山(左)、火打岳(中央)へ続く稜線を望む
|
神室連峰の縦走というと、一般には神室山から新庄市の杢蔵(もくぞう)山までを指す。一般の登山地図は掲載外になるので、地元の最上町役場が刊行している登山地図が重宝する(入手は最上地域観光協議会に連絡)。縦走路20km、コースタイムは11時間以上という健脚コースである。日の短い紅葉時期は暗いうちから歩き出さないと、下山前に日没を迎えてしまう。
縦走路中、エスケープルートはいくつもあるので、今回は無理せずに途中で下山することとした。
夜行バスは6時40分に新庄駅前に着く。夜半雨模様だったようで、まだ少しポツポツと落ちている。
やがてやってきた金山町行きの山交バス(路線バス)に乗る。今日は平日で、途中で小学生が何人も乗ってくる。金山町役場前で金山町営バスに乗り継ぐ予定だったのだが、到着が遅れてすでに発車してしまっていた。山交バスが時刻表通りに運行してくれていれば2分の余裕があるのだ。
運転手さんに前もって確認しておけば、間に合うように調整してくれたかもしれないが、平日は小学生の乗り降りに時間がかかるようでもある。それでも予定より10分近くも遅れてしまうとは想定外だった。
仕方がないので、登山口までタクシーを使う。土休なら町営バスの便がなく、必然的にタクシーを使うしかないので、これでは平日にやって来たうまみがなくなってしまった。
タクシーが来るまで、金山町の風景を眺める。白壁のがっしりした木造住宅が昔懐かしく、見ていて飽きない。山の格好の人がもう一人いたのでタクシー相乗りを誘ったら、しばらく金山町を散策しているということだった。
そのうち町に一台のタクシーがやって来たので乗る。運転手さんによると、今度の日曜日に金山町で育樹祭があり、皇太子さんが訪問されるということで、その日は道路規制などが厳しくなるとのこと。そしてこの数日で、道路補修などの整備が完璧になされたと言う。朝早いにもかかわらず役場の回りに大勢人がいたのは、そういうわけだったのか。
タクシーは有屋ダムを過ぎて、有屋登山口まで3570円だった。
金山川の瀬音を聞きながら、しばらくは平坦な道を進んでいく。やがて大きな看板のある登山道入口に来ると、少し登り加減の道が始まる。山腹の道は少し外傾して歩きにくい部分もあるが、大方は調子よく歩を進められる。小沢を渡って周囲には色づいた木々もちらほら目につき始める。ブナも現れてきた。
小さい尾根を乗っ越すあたりでは沢から離れるが、再び沢の脇を歩くようになる。やがて二俣に到着。標柱がかじられているのは熊の仕業だろうか。今日は登山口から熊除けの鳴り物をぶら下げての歩きである。有屋口コースは神室山への一番短い登路と言っても、山が深いので装備は怠れない。
二俣からは、尾根伝いの本格的な登りとなる。登山道はジグザグに切られているので、きつさはそう感じない。尾根上のブナも色づきが鮮やかになっていくが、頭上の青空の面積が狭まり薄暗さが増す。
右手には台山尾根が高い。上部は紅葉しているがガスが出てきてくすんでいる。一人の男性が下りてきた。昨晩は避難小屋に泊まったと言う。今日こんなに天気が悪いとは思わなかった、とも。背負っていたザックが、自分の日帰り用の35リットルと同じものだった。神室山避難小屋はマットや寝具も少し用意されているので、平日であればあまり重荷を背負わなくてもよさそうな気もする。けれど自分は今日、念のためにマット・シュラフとも持参である。
ジグザグを30回ほど重ねただろうか、周囲は潅木帯になりやがて春日神社の大岩に出た。別に社はなく、岩に「春日神」と刻まれている。
ここから先は高い木もなく、展望の稜線となるはずだったが残念ながら周囲は一面の乳白色。朝方の悪天が山ではまだ尾を引いていたようだ。風もヒューヒューと音を立てて吹きすさび、雨が落ちてこないのが不思議なくらい。これは早めに小屋を目指したほうがよさそうだ。
ひと登りして1325mピーク、そのすぐ先で前神室山から続く主稜線と合流した。11年ぶりの神室稜線は、強風下のガスとなってしまい残念。けれどこの伸びやかなヤセ尾根は覚えがある。
緩やかに上下していくと「栗駒国定公園」のレリーフがあった。ここは栗駒山域の一部とすることもできるが山容はずいぶん違う。栗駒国定公園には栗駒山、神室山の他に焼石岳、虎毛山、禿岳などがあるがどれも個性的で、ひとつの山域にまとめることには無理がある。さらにその先で西ノ又口コースと合流する。なお西ノ又口コースは吊り橋崩落とのことで通行禁止の表示があった。
20m程の岩場があった。時々強風が吹くので慎重に下る。ひと登りで神室山山頂に到達。11年ぶりの登頂の余韻もそこそこに、吹きすさぶ風を避けるように、そのまま避難小屋まで下った。
尾根の肩にある神室山避難小屋は、10年ほど前に老朽化のため使用禁止になったが、2010年に再建された。復活してほしいとの登山者の要望が多かったと言われている。山頂すぐ下に位置し眺めがよく、山小屋としては最高の場所に建っていると言える。2003年に見た再建前の小屋は屋根が赤かったが、現在は茶色と灰色を基調としており、2階建てのがっしりした造りである。
中に入ってみると、脇にバイオトイレがあってすぐ階段がある。1階・2階合わせて板張りで30名ほどは泊まれるだろう。フカフカの毛布などの寝具がビニールケースに収納され、ハンガーは豊富、銀マットも20枚くらいある。
そしてなんといっても素晴らしいのは清潔なことである。この避難小屋は新庄市、金山町、最上町そして秋田県湯沢市の4市町村が共同で維持管理にあたっており、布団干しを含めた清掃作業が定期的に行われているのだろう。ここに管理人が常駐していないのが不思議なくらいである。
そして、混雑することがあまりないのも魅力だ。紅葉の今の時期でも、平日ならあまり人は来ないだろう。東京からはるばる泊まりに来る価値のある山、そして小屋である。
水場へは、台山尾根ルート方向を歩き、すぐ左の踏み跡に入る。特に表示はないが左手に落ち込んでいる沢筋を目指す。枯れた沢を50mほど下っていくと水の流れにありつけた。急降下なので、サブザックを使用すべきである。初夏はアイゼンが必要になるかもしれない。
2階に上がり寝床を作っていると、窓を通して外が明るくなってきた。しばらくして表に出るとガスは晴れ、青空がいっぱいになっている。山頂に登り、360度大パノラマを満喫する。
前神室山への稜線と雲海に浮かぶ鳥海山、東には虎毛山、南には明日目指す小又山を始めとして、神室連峰の稜線が限りなく続いているのが見渡せた。特徴ある火打岳もはるか遠くに見える。
これほどまでの連綿とした山並みの広がりは、脊梁山脈の中心である神室山からならではのもの。素晴らしい眺めである。11年前の記憶も蘇ってきた。
これがたかだか1300m台の山がなす風景だろうか。「山高きゆえに貴からず」とは、まるで神室連峰のためにある言葉である。
自分が今まで登った山での展望ベスト5は、甲斐駒、白毛門、飛竜山禿岩(奥秩父)、槍ヶ岳、塔ノ岳(丹沢)だが、神室山も入れたい気になってきた。
日が傾くにつれ、前神室の山肌も夕日を受けて赤らんでくる。明日の天気は大丈夫そうだ、そう思ったがやがて、日本海側から再び雲の塊がやってきて神室山地を覆い始めた。風も再び強まる。
小屋にはもうひとグループが到着した。明日同じく連峰縦走するそうである。明日の空模様に一抹の不安を抱えながら床につく。