苗場山の北、新潟県津南町の小松原湿原は広い湿原帯で、小尾瀬と呼ばれている。夏はワタスゲやトキソウなど多くの高山植物で彩られ、人気の登山コースである。
苗場山と接続すると長くなるので、小松原湿原単独で登られることが多いようだ。また、湿原の先にある日蔭山、さらにはその奥の霧ノ塔まで足を伸ばせば充実したルートとなる。苗場山や霧ノ塔と結ぶ場合は、小松原避難小屋を宿泊地とするのが現実的である。
紅葉も見事とのことなので、この秋に登ってみることにした。今年の紅葉はどこもペースが早いので、10月中旬では湿原の草紅葉は終わっているかもしれない。けれど太田新田コースを登れば、下部のブナ林の紅葉を楽しむことが出来そうである。計画としては、前夜車中泊で早朝に登山口に着き、湿原まで往復する。さらに日蔭山まで往復できれば最高である。
小松原湿原・上ノ代付近
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塩沢石打インターを出て登山口を目指すが、十二ヶ峠を越える国道が夜間通行止めで、朝7時まで通れなかった。大回りして津南町に入るが、30分くらいロスしてしまった。
太田新田の駐車場に着いたのはもう7時前。今日は長い距離を歩く予定のため痛い。林道を上がっていき25分ほどでゲートに行き当たる。ここには広い駐車スペースはないが、道脇に車が一台止まっていた。
ゲートからさらに15分ほどで、左の茂みに登山道入口のような所があった。古ぼけた標柱らしきものは立っているが、草むらに踏み跡が薄くついているだけで、ここが本当に登山口?気づかずに通りすぎないでよかった。標柱をよく見ると「小松原○○」と書かれていた。
踏み跡を追って森の中に入っていく。すぐに沢に出会う。流れが急で足の置き場がなく、うっかり右足をズボッとやってしまった。靴の中に水が入る。昨年のちょうど今頃、浅間隠山でも沢を渡るとき同じ目にあった。自分はこの時期、よく沢にはまるようだ。
気を取り直して進む。左に沢筋を見ながらの山腹の道。刈り払いがあまりなされてなく、草ぼうぼうのところが多い。おまけに路面が沢側に傾いているのでかなり歩きにくい。場所によっては、沢に転落しないように足の置き場を慎重に選ぶ。これは、今日は距離が長いだけでなく、道そのものもかなり険しそうな予感がしてきた。
太田新田コースは、ほかの見倉コース、大場コースと比べてそれほど歩かれてないのかもしれない。きつい登りはないが、足元の悪い道が続く。小さな沢を5度ほど渡りようやくブナ林の尾根に取り付く。ひとりきりの登りをこなすと、太田新田集落からの尾根に合流した。
この物見尾根を辿る。ブナやカエデの林の中、伸びやかな緩い登りが続く。尾根から一段下がったところを歩くことが多いが、途中で尾根の背に上がると紅葉したブナの中を歩くようになった。このあたりは色づきもよく、真っ青な空をバックにオレンジ色の透過光が美しい。
ただやはり2週続けてやってきた台風の影響もあるのか、すでに落葉した木も見かける。
この尾根の東側すぐ下には、大場コースからの林道が並行して伸びているはず。やがて小さな湿原に出たところで、その大場コースからの木道に合流する。ここは下ノ代だろう。木道には一部氷が張っていた。今来た道の方向には何の標識もなく合流点も目立たないので、帰りに見逃したりしやしないか不安になる。
下ノ代の湿原はそれほど広くなく、すぐに樹林帯に戻る。しかし木道は続いていた。ブナの密度がどんどん増してきて圧巻である。初夏の新緑も見てみたいところだ。ただしこの先からは紅葉も終盤で、急な登りに転じた登山道をひたすら登っていくと、木々は葉を落としたものばかりになった。
着いた中ノ代はやや広い湿原で、見倉~金城山からの登山道が合流している。「小松原自然環境保全地域」の説明板がある。湿原の草紅葉はすっかり終わり、もはや枯れ野原といってもいいが、周囲は広々としていて、ようやく進む方向に山の稜線も見えてきた。
シラビソを交えた小さな樹林帯と湿原を交互に歩いていく。小沢を何度もまたぐが、池塘は思ったほど多くない。夏はワタスゲなど高山植物が一面に咲くのだろう。今日は小鳥のさえずりも秋の虫の声もなく、静寂が支配する湿原である。何故か登山者も全く見かけない。
さらに広大な湿原の上ノ代に出る。と言っても、どこまでが中ノ代か、どこから先が上ノ代なのか、はっきり区別できなかった。ところどころに針葉樹林のオアシスが点在し、天空の楽園のような場所である。北東の方角に見える山稜は、おそらく越後三山であろう。
小さな沢をまたぐと小松原避難小屋に着いた。武尊山避難小屋と同じ造りの三角屋根で、古いが頑丈そうな感じだ。
さて食事休憩にしたいが、小屋の前は見晴らしがないのでもう少し先を歩いてみる。そういえばここ小松原湿原の木道は、細い1本の通路が敷かれているだけで、尾瀬などに見られるようなすれ違い用の退避スペースや休憩場所がまったくない。要するに、腰を下ろせないのである。夏はそれなりに多くの登山者が歩くと思うのだが、いったいどこで休憩しているのだろう。
展望のいいところを求めて行くと、木道は終わって再び登り調子の道に入ってしまった。沢を渡った先に笹原の快適そうなピーク、というより尾根があったので、とりあえずそこまで登ってみた。
尾根の上は予想通り、北東方面の眺めが大きく開け、今日はじめての展望地であった。ここを最終地点にしてもよかったが、尾根の続きを見ると、展望のよさそうな笹原のピークまで伸びていた。おそらく日蔭山だろう。近そうに見えるがかなり高度差がある。あそこまで行って戻ってくると、下山が日没近くになってしまう。迷ったがやはり、行くことにした。ピークが見えてしまってはしょうがない。
見晴らしのいい尾根から低木帯に入り、ぐいぐいと高度を上げていく。シラビソの大木の根元にイワウチワの葉がびっしりとついていた。ぬかるみを除け、倒木を乗り越える。木の間に見え隠れしているピークは、着きそうでなかなか着かない。もうこのあたりで引き返すか、との思いもよぎるが、せっかくここまで来たのだから、と打ち消す。
せっかく山頂に登っても展望がなかったら悔しい。そんなことを考えながらいよいよ山頂が間近になる。頭上がみるみる青空となって、日蔭山山頂に着く。
山頂というよりも稜線上の一角という感じだが、・・・頑張って登ってきてよかった。パノラマ展望である。ここまでの間に見てきた周囲の様子からして、こんな眺めが得られるとは想像できなかった。
まず目の前に苗場山が軍艦のような姿で出迎えてくれている。そして、日蔭山から始まる笹原の尾根は霧ノ塔、神楽ノ峰、苗場山と伸びやかに続いており、展望満点のようだ。苗場山の北には鳥甲山など信越の山、そして雪を頂いた北アルプスもよく見える。
聞くところによると、この稜線付近は10月初旬に紅葉の時期を迎えるようである。今日はここ日蔭山までの行程だが、この縦走路はいずれ歩かないわけにはいかないだろう。大パノラマの山頂で、遅い昼食をとる。
下山は往路を戻る。下る途中で、一人の登山者が登ってきた。今からどこまで行こうとしているのか、まさか苗場山までだろうか。
その後は誰一人として歩いている人を見なかった。湿原の紅葉が終わってしまうとここはシーズン外とされるのかもしれない。
下りは物見尾根のブナ紅葉をじっくり見ていく。歩きにくい山腹の道を何とか下り、林道に戻るころは日も傾き始めていた。駐車場への到着は16時半、今日は歩行だけで9時間30分の山行となった。しかし疲労感は不思議とない。きつい登りがそれほどなかったせいだろう。また好天の下、きれいな紅葉とすばらしい展望にあずかれたのもあるかもしれない。
日も落ちた津南町を後にし、国道沿いの温泉「ゆくら妻有」に立ち寄った後、関越で東京に戻る。帰宅は22時となった。