群馬県沼田市の玉原(たんばら)高原はペンションが立ち並ぶリゾート地の印象が強いが、豊かなブナ林を懐に抱え、山歩きの対象としても大いに魅力ある山域である。
秋ばかり4度目の訪問になった今回は、友人の車でアプローチした。
センターハウスには8時前に着く。昨年10月19日に来たときは、紅葉はほとんど始まっておらず、ブナ平上部や標高の一段高い鹿俣山(かのまたやま・1636m)で色づいていたくらいだ。
今年は一変、このあたり(同1210m付近)でももう見頃を過ぎつつある。しかし紅葉の盛りを過ぎても、ここのブナ林は一見の価値がある。車もぼちぼち到着しているが、賑わっている感じではない。
いつものように林道を歩くことから始まる。天気は快晴、朝日を受けた紅葉があちこちでキラキラ輝いている。空気は澄み、もう晩秋から冬の雰囲気だが気温はそう低くはない。「ブナの湧き水」で水を補給し、玉原湿原の木道を入っていく。
湿原はもう枯れ野状態で、背後のブナ平に続く稜線も冬木立になりつつある。しかし天気がいいとそんな情景も趣きのある晩秋のひとこまに映る。
分岐を直進しブナの林に入っていく。いったん管理車道に出たら地元の茸取りのおじさんが歩いていた。
再びブナ林に入り、緩やかに高度を上げる。ブナの黄葉があちこちで見られる。今日は天気もいいし、黄金色に紅葉したブナが見られるかもしれない。東大セミナーハウスを過ぎ、高度が1300mを越えるあたりになると、木々も落葉し空が広くなる。
鉄塔の立つところで迦葉山(かしょうざん)への道が分岐する。さらに登って再度迦葉山分岐。その先で視界が開け、尼ヶ禿山山頂直下の稜線に出る。
これはすごい展望だ。山頂を直前にして3人とも思わず足が止まる。遠く富士山、浅間山から妙義、榛名などいくつもの山塊が小島のように浮かんでいる。
1分ほど登って尼ヶ禿山山頂。先客が2グループいた。改めて東から南面に見える山を確認する。武尊、皇海山、赤城、子持山から小野子山・十二ヶ岳、榛名山、鼻曲山、遠くは八ヶ岳、南アルプスまで。富士山の手前に長く伸びる稜線は奥秩父山塊だろう。
そして近くには迦葉山への尾根筋から戸神山、台形の上州三峰山とまさに大パノラマだ。この山には3度目の登頂だが、これほど見えたのはもちろん初めてである。そして振り返れば巻機山、越後駒、尾瀬の至仏山までもが見えていた。
谷川岳や上信越の山だけは樹林に隠れて見にくいのだが、とにかく見える山の数の多さでは、尼ヶ禿山は有数であろう。今日は紅葉がメインの山行で、展望は二の次と考えていたが、うれしい誤算である。
眼下の稜線もよく紅葉していた。期待を持って縦走を開始する。迦葉山までの尾根道は、12年前に一度歩いたことがある。北関東の山は紅葉がすばらしいことを実感した、最初の山行だったと思う。
急坂を下り、玉原湖への分岐を過ぎるともう、緩やかなアップダウンを繰り返すのみとなる。紅葉した落葉樹林から、ときどき重厚な黒木の林に入る。これはアスナロとも、ネズコとも言われる。前回歩いた際の紅葉が綺麗だった印象ばかり残っているのだが、ここは意外とそうした針葉樹林も多い。
アスナロは福島の会津の山あたりでよく見たが、関東では珍しい。周囲の山にも白毛門でヒノキ林は見かけるが、アスナロはなかった。ここだけこんなに密集しているのは、いったいどんな環境条件がそうさせているのだろうか。全くもって自然の不思議さ、偶然性にはにはいつも驚かされる。
緩やかな登り下りがあるうち、アスナロは登りとなる北側の斜面に多いようにも見える。
途中の小ピークで昼食休憩の後、鞍部まで下る。秋山平と呼ばれるところはこの縦走路の一番標高の低いところであり、広い平坦地にブナが密生している場所である。
紅葉はこのあたりが盛りになっていて、あちこちで黄金色に輝くブナが見られた。昼食はここでとればよかったと後悔する。とにかくこの秋山平は新緑・紅葉にお薦めの場所である。
迦葉山から南面の眺め。気温が上がり春霞みのような景色
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春霞みのよう
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迦葉山山頂 |
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カエデ多い |
和尚台付近の岩塊の間を縫うように登山道はつけられている
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岩の間を縫って |
登山道は弥勒寺の裏手に出てきて、赤い橋を渡った後、中雀門の渡り廊下をくぐる
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廊下をくぐる |
弥勒寺は10年に一度大開帳があるそう。本堂の中には日本一大きな天狗面と、「お借り面」という天狗のお面を奉納する台があった
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来年は大開帳 |
弥勒寺から1時間弱、車道に出て少し歩いたところに迦葉山バス停がある。迦葉山の山頂付近が見える
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迦葉山バス停へ |
バスでセンターハウスに戻る。16時を少し過ぎたばかりなのに日は傾き、山肌を赤く染め始めていた
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影が長くなる
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そうと知ってなければ通り過ぎてしまいそうな白樺湿原の横を通り、次第に緩やかな長い登りに転じる。木の向こうには迦葉山が思いのほか高い。
前回はここの登りがきつかった記憶があったので、じっくりペースを守って登る。いったん尾根の肩に出て、左折するように尾根伝いに登る。このあたりはカエデなどの紅葉がすばらしい。
明るい空の下、南面だけが開けた迦葉山山頂に到着する。
もう空気が霞んできてしまったが、上空に雲はなく、富士山もまだ見えている。先週に続き快晴の天気で紅葉の山の縦走ができた。
やはり紅葉の山には空の青さが似合う。青空のあるのとないのとでは、紅葉の色づきは天と地ほどの違いがある。それに今日は日差しが強く、まるで春先のようである。山頂に留まっている間も太陽は容赦なく照り続け、汗までかいてしまった。
下山後はバスでセンターハウスに戻る予定だ。バスは15時48分の1本だけで、迦葉山山頂には遅くとも13時半に出れば問題ない。まだ1時間近くあるためゆっくり休んだ。
迦葉山からの下りは。のっぴきならない急坂である。きついことは前回の記憶に残っていたが、狭い岩場を抜け、ロープも垂れ下がる大変な道があることは忘れていた。
和尚台という岩峰の正面に下り立つ。和尚台は、はた目には鋭い岩の塔になっており、胎内くぐりを経てロープを手繰りながら登ることができる。しかしそこまでする勇気はない。北アルプスとか、八海山の岩場とはまた別次元の険しさがありそうだ。もちろん今日はきついところはパスして、ひたすが下山にかかる。
しばらくは目を見張るような黄葉の森が続いていたが、高度を落とすにつれ緑色が多くを占めるようになった。
弥勒寺(みろくじ)へはいつの間にかり立った。お参りに来る人もかなりいて賑わっている。このお寺は天狗を神様として祭られており。お堂では、天狗のお面がお札代わりになっていて面白い。すなわち、天狗のお面を買って家に飾っておき、1年経ったらそれを本殿に返す、という慣わしである。
弥勒寺の境内を出て、杉の大木が立ち並ぶ表参道を下っていく。この未舗装の林道を麓まで歩く人は相当少ないようで、未舗装の道の足ざわりが柔らかい。弥勒寺へは、一般には車で往復する人がほとんどのようだ。
静かな森を抜け出ると正門の工事現場、さらに緩く下ると上発地に下り立った。車道に出て迦葉山バス停を見つけたところで、今日の山行の終点となった。
20分後にバスはやってきた。乗客はおらず、自分たちだけをセンターハウスまで運ぶだけのバスとなった。
センターハウスに近づくころは日も傾き、夕映えの太陽が再びブナの森を黄金色に染め上げつつある。バスはこの後沼田駅まで戻る予定なのだが、乗ったお客さんはひとりもいなかった。今日は、紅葉の最盛期でも決して盛り上がることのない、至って静かな山を満喫した。
車を回収し、麓の「なめこセンター」でなめこや味噌を買っていく。その後、カーナビには乗っていない山間部の道やトンネルをくぐり抜け、日帰り温泉「三峰の湯」で一浴する。地元の人で賑わっていた。トロトロとしたいいお湯である。
もうすっかり日も沈んでしまった。今日の紅葉の色づきを思い出しながら、東京へ戻る。