朝起きて外に出ると、昨日の厚い中層雲は変わらず空に長い帯を作っていた。富士山は裾野が見えるものの、中腹から上の部分が隠されている。どうやら今日は1日、このような空模様と付き合わされそうである。
けれど久しぶりに迎える雲取山頂の朝はやはり気持ちがいい。雲の切れ間から真っ赤なご来光を見ることができた。ただ10分後には、その中層雲の中に太陽は飲み込まれた。
三ツ山山頂西面から望は、奥秩父や大菩薩山塊が広く見渡せる
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支度をして出発する。山頂から西へ、久しぶりの奥秩父主脈縦走路である。同宿で同じ方向に行く人はいない。
水は2リットル半ほど持つ。気温や湿度が高ければ3リットルは欲しいところだが、朝の小屋付近の気温は4度だった。
山頂からはしばらく急坂が続く。下り立った三条ダルミからは、意外にも富士山が山頂部まで見えていた。雲取山頂から高度差280mも下ったため、角度が変わり中層雲の下側から覗き込むようになったからだろう。
以降は樹林帯の道が続くが、時々尾根の背に出て、眺めの開けた笹原を歩くところもある。ヘリポートとしての役目もある広々とした草原は笹平。このあたりは、奥多摩の山ではすっかり枯れてしまったスズタケがまだ残っており、膝ほどの笹藪の中に一筋の登山道が伸びている。これはかつての奥多摩でもよく見られた光景である。
天気も持ち直し、特に秩父側は澄みきった青空が広がっている。時折り正面に現れる飛竜山は近いように見え、実際にはまだかなり遠い距離にある。
登山道は、伸びやかな笹の稜線から別れて、南側の少し下につくようになる。
飛竜山の手前に三ツ山というピークがあり、縦走路はこれを巻いている。今日はできれば山頂に立ってみたい。名前の通り3つのピークがあり、三角点のあるという最も東のピークを目指すことにする。縦走路を外れた稜線上にあるので、どこか適当なところで右の斜面に取り付くことになる。
地図を見ながら取り付き口を探すが、どうもはっきりした入口はないようだ。少し傾斜の緩いところから無理やり斜面をよじ登る。
しばしの急登で稜線には立つことができたが、踏み跡はあってないようなものだった。長沢背稜のように、尾根の背に踏み跡が続いているというわけではないようだ。ただ、秩父側は疎林で開けているので、稜線自体は明るい。
地図を見ると、三ツ山までは稜線上をまだ少し歩くようだ。笹藪の中の消えかかりそうな踏み跡を注意深く拾っていき、いくつかのアップダウンを経て最後は急登となった。スズタケに足を取られながらも何とかピークに這い上がる。
立ち木にビニールテープが巻かれているのみで山名板もないような狭い場所だが、GPSでここが三ツ山山頂と確認する。笹の中にある三角点は土深く埋められており、数センチしか頭を出していない状態だった。
巷の山行記録を後で読み返してみても、三ツ山に登頂したとはっきり書かれているのは数件しかなく、年間登頂者はおそらく数人であろう。
三ツ山山頂から西斜面を下ってみると南面が大きく開け、奥秩父や大菩薩、御坂の緑の山並みがいっぱいに広がった。高度感のある展望はなかなかすばらしく、しばらくその場に釘付けになった。
稜線の延長線上には三ツ山のもうひとつのピークが頭をもたげているが、そこまで行ってみる余裕はない。
縦走路に戻るために下り口を探す。しかしこれもまた見つからない。仕方がないので笹の斜面を強引に下る。カラッとした天気でよかったが、通常の6月だともう泥まみれ、汗まみれになっていたかもしれない。
縦走路に戻ると道はにわかに岩っぽくなり、桟橋が連続して現れるようになった。南面の展望が得られる場所も随所にある。この付近は花も多く、トウゴクミツバツツジのほかにイワカガミ、キバナノコマノツメ、また花期のほとんど終わったクモイコザクラも数輪見ることができた。
そしてアズマシャクナゲが現れた。進めば進むほど花数は増え、枝が登山道に覆いかぶさるようになっている。花も若々しく見ごたえ十分である。
飛竜山の山体がいよいよ大きくなっきた。緩く下って北天のタルに到着する。見通しのいい静かな鞍部である。三条ノ湯から登山道が上がってきており、その方向から人の声が聞こえた。
北天のタルから先は飛竜山の山腹をたどっていく。緩やかな登りが継続し、なかなかきつい。いくら歩いても変化がなく、飛竜山山頂への入り口を見逃したのではないかと思う。しかしタルから15分ほどで「山頂近道」の小さな標識を見る。踏み跡のはっきりした道が上っているが以前はこんな標識はなく、テープだけが目印だったと思う。
山頂入口からものの7、8分で稜線に出て、程なく飛竜山山頂となる。山梨百名山の標柱の周りは樹林が伸び、ほとんど眺めはないが、2002年に登ったときは富士山も見えた。静かで落ち着く山頂である。
飛竜権現に下る道はシャクナゲのトンネルとなり、花もどんどん咲き出している。夫婦が登ってきた。北天のタルで聞こえた声の主かもしれない。
飛竜権現から西に数分、禿岩展望台周辺もシャクナゲがたくさん咲いている。展望台は高度感があり、広い奥秩父山域の中でも屈指の素晴らしい眺めが得られる。しかし朝方に比べずいぶん雲が出てきてしまった。富士山はすでに全く見えず、南アルプスも霞んでいる。
飛竜権現へ戻り、ミサカ尾根で丹波山村へ下ることにする。しばらくは緩やかなアップダウンのあと、木の根の露出した岩尾根を登り返していく。大菩薩の小金沢連嶺と雰囲気が似ている。
シャクナゲがまた増えてきて、再びトンネル状態になる。この前飛竜あたりが今回で一番シャクナゲの花が密生していた。今年のシャクナゲは花付きがいいようだ。
前飛竜のピークは着きそうでなかなか着かない。今度こそか、と思うとまだ先に岩のコブがある。標識のあるところが前飛竜だった。
雲取山から伸びる石尾根のたおやかなスロープがよく見える。あそこから半日でやってきたと思うと感慨深い。正面にはこれから辿るミサカ尾根がくねくねと湾曲しており、遠くには三頭山、大岳山、御前山もよく見える。前飛竜は奥多摩の山の展望台である。奥多摩の山はどれもなだらかな、カタチ的には特徴のないものが多い印象があるが、こうして見ると、名の知られた山はそれなりに、印象に残る特徴的は山容をしているものである。
前飛竜は今回最後の展望地。ここからはきつい急坂がしばらく続く。シャクナゲはパタッとなくなり、しばらくしてシラビソなどの針葉樹林も姿を消す。広葉樹の森に入るとようやくなだらかな尾根道となりホッと一息。
ミサカ尾根は奥多摩の山のほうから見ると果てしなく長大で、飛竜山から丹波へ、下りでも3時間以上、もし登るとなると5時間近くかかりそうだ。そんな登山道を登ってくる人がいる。すごい健脚の人たちと思うが、このコースは広葉樹、針葉樹ともに豊かで、登山道の様子も伸びやかな部分と険しさが同居している。バラエティに富んだルートであり、ここを歩けば奥多摩や奥秩父の雰囲気を全部把握できそうだ。ブナやミズナラの緩やかな尾根道が続き、サラサドウダンも花を付けていた。
熊倉山で休んでいるとさらに一人、男性が登ってきた。飛竜山から将監小屋まで行くそうだが、もう11時を過ぎており、いくら日の長い時期といっても小屋到着はかなり遅くなるだろう。
サオラ峠で小休憩してから丹波山村に向けて、最後の下りとなる。この区間は標高差700mくらいあるので、まだ時間はかかる。急斜面をジグザグに下っていくが、特に下り始めはザレていて危険な部分が多い。滑落しないよう足運びに慎重さが求められる。
途中で樹林の切れ間から麓の家が見えるが、がっかりするくらいはるか下である。膝が痛くなるような急降下の道にまだしばらく対峙しなければならない。
ヒノキの植林が現れ始め、山王沢で左へ尾根を外れる。なお山王沢から右手下には比較的新しい林道ができていた。まだ地図にも載っておらず、ここを下って下山できるのかどうか、わからない。
植林の中を淡々と下ると、ようやく畑の前に出る。古タイヤを積み上げた落石防止壁は丹波山村の登山道としてはおなじみである。鹿除けの扉をいくつか開け閉めして、畑地の中の舗装道に下り立った。丹波のバス停には13時30分に到着する。
すぐに奥多摩駅行きのバスが来たがこれには乗らず、のめこい湯まで歩く。2日分の汗を流してから次の2時間後のバスで帰ることにする。
思いがけず涼しい6月の雲取山だったが展望もまあよかったし、何と言っても、来る前はあまり期待していなかったアズマシャクナゲが予想以上に咲いていて、得をした気分である。
とにかく今年も雲取山に登れて、これで初登(1999年)以来の登頂記録が継続できた。19年連続である。来年はついに20年目、自分にとっては来年が雲取山への記念登頂となる。