通算13回目の谷川岳。ついに冬に、しかも2月の一番雪の多い時に登った。
上越国境、とりわけ谷川岳は日本有数の豪雪地帯である。冬は毎日のように風雪模様となり、天神平スキー場の積雪は4mを超える。
谷川岳の雪山登山をするなら、10日に1日あるかないかの晴れの日を狙うしかない。それが土日のどちらかに当たる確率はさらに低くなり、1シーズンに1回チャンスがあるかどうかである。
光と影のコントラストが美しい天神尾根 |
2月21日は早くから、このあたりが好天になりそうな予報だった。天気図では、大きな高気圧が日本の少し東側にずれたくらいの位置にあり、北陸側で晴れとなりやすい。高気圧は時計回りに風を吹き出すので、谷川連峰の風雪の原因となる日本海側からの季節風は弱まる。
もちろん寒気が降りてきていないことが必須条件だ。こういうときが冬の谷川岳登山の狙い目である。一方、高気圧が西から張り出すいわゆる「西高東低」の気圧配置の場合は、南関東では晴れだが谷川岳は大雪となる。
冬の谷川岳によく行かれる、沼田市在住のtomoさんにメールでいろいろ聞いておいた。すでにトレースがついていればそれほど苦労することはないようだ。
前日、仕事の帰りが遅かったため、出発をいつもより1時間ほど遅らせた。この1時間が運のツキとなる。関越自動車道がちょうど渋滞の始まる時間帯となってしまった。
この時期関越は、スキーやスノボで繰り出す人が慣れない運転をするために、事故による渋滞が非常に多くなる。まだ群馬県に入らないうちに10kmの事故渋滞につかまる。
その後もノロノロ運転が続き、群馬に入ってまた渋滞。そのうち、tomoさんから電話が来た。家から見る谷川岳がすごくきれいで、今日は絶好の登山日和とのこと。さすがに焦る。しびれを切らし、前橋インターで高速を下り、途中まで下道を行くことにした。
水上の町に入り、山に進んでいくと積雪はどんどん増えてくる。道路は除雪されてはいるが、凍結している場所もある。道の両脇に雪の壁ができており、土合駅もすっぽり雪の中だった。
谷川岳ロープウェイ土合口駅の駐車場に着いたのは10時過ぎ。自宅から普段は3時間のところ、5時間半かかってしまった。一番電車で来れば、9時にはここに着くはずなので、車によるアプローチがあだになってしまったのだ。
駐車場は暗く、ものがよく見えない。ずっと白い景色を見ていたせいで、雪目になってしまった。この時期、車の運転にはサングラスが必要だ。
ロープウェイ乗り場の掲示板によると、天神平の積雪は450cm、新雪15cmとのこと。ロープウェイで天神平に上がったのは10時30分になっていた。山頂まで往復できるだろうか、心配になってきた。しかし目の前には雪と青空。風もなく日がさんさんゲレンデをと照らし、暖かささえ感じる。谷川岳の白き2つの耳もよく見えた。
周囲はほとんどがボーダーさんでリフト乗車場所に群がっているが、その傍らで登山者も数人、アイゼンをつけて歩き出す準備をしている。
自分も10本アイゼンとダブルストックで出発する。時間が遅いのでトレースはすでについている。
冬の天神尾根コースはすぐに、田尻尾根上部のピーク(最高点ではない)に登る。急坂である。すぐ横はスキー、スノボのゲレンデになっている。木々は雪の下なので、ピークの上からはもう大展望。谷川岳や白毛門、上州武尊などの眺めがいい。振り返れば天神平ゲレンデの先に上州の山々も。
パノラマ展望の中で、やはり谷川岳の白さは際立っている。ここに立って純白の谷川岳を見たことで初期の目的は果たしたので、あとは行けるところまで行くだけだ。先に伸びる天神尾根も真っ白で、夏に見るよりも穏やかで登りやすいように見える。
緩やかな登り下りで熊沢穴の避難小屋の立つ場所に着く。小屋は雪面のはるか下にあり全く見えないが、掘り起こしている人がいた。経過時間はここまで1時間弱で、思ったほどかからなかった。
熊沢穴の先で短い下りとなる。積雪量が少ないと難路となるらしいが今日は大丈夫。ここから天神尾根の本格的な登りとなるが、岩尾根となる夏道と比べると格段に歩きやすい。しかしこれもトレースがしっかりついているからこそのことで、この日早朝から登り始めた登山者がラッセルしてくれたおかげである。
また風があると晴れていても地吹雪となり、トレースが消えてしまうので、今日はまさに好条件が重なった中での登山と言える。
青空に向かって白い斜面をどんどん登る。登る人もまだ多くいる中、下山者とすれ違うようになる。トレースは登る人用で、下山者はワカンやスノーシューでトレースのない部分をどんどん下っていくようになっていた。また、ザックの背にスコップをくくりつけている人もけっこういる。ラッセルを想定する場合は必要なものと思い、自分も買おうかどうしようか迷っていた。
天狗の休み場でひと区切り。オジカ沢ノ頭、俎嵓が白く険しい姿を見せていた。ここはもうスキー場を離れた谷川連峰の一部分である。
白い雪と青い空の境目を、さらに目指す。右手の笹の斜面には多くのシュプールが引かれていた。この斜面をスノボやスキーで滑降するのは気持ちがいいだろう。しばらく眺めていると、実際にスキーで下ってくる人がいた。
谷川岳の肩に登り着く。トマの耳へはあと一息。山頂部に多くの登山者が見える。最後までトレースは太く、踏み抜く場所もなかった。雪の衣をまとった肩の小屋を左に見ながら、一直線にトマノ耳へ。山名標識は出ている。いつも見る山また山が、今日はみな白い姿だ。特に新潟県側の山はみな真っ白である。
同じ雪山でも、八ヶ岳に登ったときに見た白さとはまるで違っていた。そしてすぐ先のオキの耳、一ノ倉、茂倉岳どれも純白。そして雪庇が大きく発達していて恐ろしいくらいだ。巻機山や浅間山、八ヶ岳、奥秩父、富士山まで見えるすばらしい展望である。
オキノ耳を目指す。雪庇のすぐ横を通る。登山道に危険はないが、ところどころ底が見えない穴が開いている。気温も上がってきているので高いので踏み抜きしないよう注意が必要だ。
オキノ耳は標柱が見当たらず、どこが山頂かわからなかった。しかしここは雪庇に注意である。人が休憩した跡があっても油断はならない。下を覗き込むのはもちろん、東側の朝日岳方面を眺めようとしないようがいい。
そのオキノ耳から見るトマノ耳も雪庇が確認でき、皆けっこう際どいところに立っているなと思う。
とにかくここまで登ってこれて、本当におてんと様に感謝である。午後1時を過ぎても新潟県側の空がようやく白っぽくなってきたくらいで、上空にはまだ雲のひとかけらもない。
肩の小屋まで下ってみると、小屋が巨大な雪の鎧を背負っていた。モンスターというか、扉の両側に長く伸びた2本の雪柱が牙のようで、まるでマンモスである。小屋の前で主脈稜線を見ながら休憩している人も多い。
この非日常の世界を十分に堪能し、下山する。ワカンに履き代えようかと思ったが、もう登ってくる人もそう多くないだろうし、このままアイゼンでトレースを下ることにする。
白い水上の町並みを見ながら、快適に下る。急なところはあまりないのだ、中には雪道に慣れてない人もいるようで、おっかなびっくり足を運んでいる人もいる。
もう下る人だけと思っていたら、大きなザックを背負った団体さんが登ってきた。肩ノ小屋に泊まるのだろうか。その先で、斜面を掘っているグループもいた。雪洞で一夜を明かす人もいるのか。天気のよい冬の谷川岳ならではの、また別の楽しみ方もあるようだ。
熊沢穴付近に下り、振り返ると谷川岳が午後の斜光を浴びて、雪面に絶妙な陰影を見せていた。今の時間でなければ見られない光と影のドラマだ。朝渋滞がなく予定通り登り、午前中で下ってきてしまったら見られなかっただろう。
田尻尾根上のピークからは、さらにすばらしい谷川岳の姿が得られた。ピークからの下りが本日一番の急坂。ここは雪の深さを利用して、踏み跡を外して走るように下った。
天神平に戻る。天神峠のピークに日光が遮られ、凍てつく寒さになった。手早くアイゼンを外してロープウェイに乗り込む。tomoさんと連絡を取り、お礼を言って大満足の谷川岳山行が終わった。
渋滞が始まるから早く帰路に着いたほうがいいと、tomoさんからアドバイスを受けたが、今日はぜひ温泉で締めたかったので谷川温泉に寄っていく。空いているかと思いきや、スキー客が団体でやってきていて大混雑、脱衣所や洗い場で行列が出来ていた。まあでも今日は何でも許せる気分である。
しかし、帰りの高速は行きをしのぐほどの大渋滞で、これには参った。インターにある電光掲示板に「故障車渋滞」と表示されている。こんなのは初めて見た。故障車はよくあることだが、10kmもの渋滞を引き起こすとは、いったいどんなエンコの仕方をしたのだろうか。見て確かめてみたいものだが、現場に着くころにはたいてい、原因の車はいなくなっているのが常である。tomoさんのアドバイスに素直にしたがっていればよかったかもしれない。
帰りも途中で下道を走るなりして、結局5時間かけて東京に戻った。