中条のホテルを5時過ぎに出発する。朝の冷え込みはなく、今日も暑くなりそうだ。中束(なかまるけ)から舗装された林道に入る。駐車場には先着の車が一台あった。
光兎(こうさぎ)山は新潟県関川村にあり、下越地方の山の中では比較的内陸側に位置する。少し傾いた三角錐の山容は個性的でどこからも目立つ。東京から行くには、飯豊連峰よりもさらに奥まったところにあり、遠い山である。
展望360度の光兎山頂上 |
駐車場から少し戻ったところに登山口があった。緩い傾斜の登山道が一直線に伸びていた。杉やアカマツが中心だが新緑の広葉樹も目にする。東北の山でよく見かけるような距の長いスミレを目にするがやはりナガハシスミレだろうか。チゴユリは斜め上を向いて花開いているものが多い。
山仕事用と思われる林道を2回横断する。やがて千刈からの登山道を合わせた。
緩やかな登りは続き、ブナが混じるようになると最初の休憩地となりうる虚空蔵峰に着いた。祠が2つ並んでいる。今日は暑くなりそうなため、水を少し余計に持ってきた。そのうち500ml分を草むらに隠していく。下山時に回収して飲む予定で、数年前の荒沢岳で覚えたことである。
道は直角に曲がる。緩やかに下り登る道はやがてブナ一色となった。鬱蒼としたブナの森は濃密で、なかなか見ごたえがある。ブナは今が花の時期であり、若葉の下にたくさんの雄花をぶら下げている。地面も無数の雄花が落ちていて、場所によっては落ち葉のように敷き詰められていた。
次のピークが観音峰で、木の間から光兎山の尖ったピークが見えた。しかしまだ高く、遠い。
観音峰から少し下ると右側が大きく開け、すぐ隣りの湯蔵山の背後に飯豊連峰が壁のように横たわっていた。ここからは植生も変わって、樹林もハンノキ、ツツジなどの低潅木が混ざるヤセ尾根になる。眺めも随所で得られ、高度を上げるだびに飯豊連峰の見える部分がどんどん大きくなってくる。樹林帯を交えるとは言え、標高600m台からこれだけ開けた稜線となるのは、下越の山でもあまりないのではないか。
しかし露出の多い登山道は暑さも相当なもので、昨日の魚沼の山以上に今日は汗だくの登山になってしまった。急なところには補助ロープが設置されていて、両手を使って登る場所も何箇所か出てくる。
花はイワウチワのほか、タムシバやオオカメノキ、ユキグニミツバツツジ、それとムラサキヤシオも少し見られた。特にタムシバは1本の木に咲く花の数がすごく、鈴なりになっているものもあって圧巻である。昨日の魚沼の山でもタムシバは多かった。ブナの雄花と同様、今回の新潟の山は樹木の生命力をまざまざと見せつけられている。
ソロの登山者が早足でやって来たので、先に行ってもらう。何度目かのロープを手繰った後、雷(いかずち)峰に到達した。岩のピークで展望が雄大。光兎山が真正面に見え、その左奥の雪山は朝日連峰だ。この光兎山は、飯豊と朝日の間に位置する山である。ずいぶんと遠くにやってきたものだと実感する。雷峰のてっぺんは直射日光が厳しく暑いので、背後の岩陰で小休憩する。
さて、光兎山に至る最後のピッチとなる。雷峰から岩尾根を急降下し、相変わらず展望よいヤセ尾根を進んでいくと姥石という大岩があった。昔、この光兎山は女人禁制の山であり、その掟を破って登った女性が神の怒りに触れ石に姿を換えられてしまった、という伝説が残されている。同じような石がたしか、飯豊山にもあった気がする。
ここ光兎山の女人禁制が解かれたのは戦後になってから(1949年)ということで、女性の登れなかった時代はけっこう長く続いていたことになる。
なお、光兎山という山名は春の残雪期、山の斜面にウサギの雪形が現れることからついたと言われているが、一方で香鷺山、光鷺山、鴻鷺山とも表記されることもあり、いずれもこうさぎさんと読ませる。それぞれ名の由来はあるだろうが、いずれにしても「こうさぎさん」とはきれいな名前である。
道は数箇所だけ残雪を踏む。今までの行程で残雪はけっこう見ていたが、登山道である尾根筋には雪はなかった。ここで初めて雪の上を歩くことになったが、それもほんの数歩であり、歩行に全く支障はない。
残雪の消えた跡には、カタクリがたくさん花をつけていた。さっき抜かれた登山者がもう下りてきた。登頂後即下山なのだろうか。
ふたたび現れたロープつきの急斜面を何度かこなしていくと、山頂直下の開けた場所に飛び出す。岩尾根を歩いて、待望の光兎山山頂である。
昨日の魚沼の山に引き続き、今日も展望は360度で、見事の一言につきる。独立峰であるため、周辺の地形を調べるにはもってこいの山ということで、日本地図作成の祖・伊能忠敬もこの山頂で測量したという話もあるほどだ。
飯豊、朝日の雪山のほかに目を惹くのは、北方の鷲ヶ巣山である。昨日魚沼の山で会った人も、鷲ヶ巣はとてもいい山だと言ってた。しかし、低山にもかかわらずいくつものピークを越えていかねばならなくて、登山はかなりきついと聞く。いずれにしても鷲ヶ巣山は、この付近で存在感がきわめて大きい山のひとつである。
パノラマ展望の山頂にあって、唯一うっとおしいのが小虫である。刺すような虫はまだいないものの、何匹、何十匹もが顔の回りを飛び回っていてたまったものではない。昨日虫除けスプレーを買っておいてよかった。
来た道で下山を始めると、登ってくる人と何人もすれ違うようになった。ただしGWであることと、この展望の素晴らしさを考えればもっと賑わっていい山とは思う。昨年までに登った五頭山、大蔵・菅名岳に比べれば静かなものである。
照りつける日差しの下、樹林のない稜線での登り返しはきつい。岩場を慎重に下り、飯豊の最後の姿を眺めてからブナ林に潜る。観音峰で出会った登山者に「暑いですね」と声をかけたのがきっかけで会話が弾んでしまい、その場で立ったまま20分ほど山の話で盛り上がってしまった。
やはり地元の人だったが、鷲ヶ巣山はいいけれど2つのピークを越えていくのが険しく、大変きつい山だと言う。
虚空蔵峰でペットボトルを回収。ここまでやはり暑さで水がなくなりかけていたので、安心である。最後の休憩を取って、千刈分岐を経て中束登山口に下り立った。駐車場はいっぱいになっていた。
山の中に比べれば、登山口付近のほうが樹林の陰になっていてむしろ涼しい。けれど車内は熱気が充満しており、カーエアコンでしのいだ。
昨日、今日と連続して大展望の山に登頂することができた。想定外の暑い山だったが、天気も上々で登りがいもありいい山行だった。関川村に車で下る。振り返ると、気持ちよさそうに泳ぐこいのぼりを前景に、光兎山の尖峰が堂々とそびえていた。
道の駅の日帰り温泉で汗を流していく。こういう公共の場所に寄ると人がいっぱいで、さすがGWである。
その後は次の宿のある村上市に向けて、さらに北上する。瀬波海岸に立ち寄ったがセナミスミレは見つからなかった。戻って、駅前の旅館に入る。