7月31日(4日目)雲ノ平~水晶岳~赤牛岳~奥黒部ヒュッテ |
さあここからは未知のエリアとなる。今回のメインイベントはここから先の読売新道である。
ガレ場を下り水晶岳北峰は巻くように通過。水晶岳から先は歩く人が格段に少なくなるようで、踏み跡がややはっきりしなくなる。鞍部まで下って再びハイマツ帯へ。以降、次第に尾根が広くなってくるが、小ピークをいくつか左右から巻くところでは石ガラガラの斜面でルートがわかりにくくなるところもある。赤ペンキを丹念に拾うようにし、ルートを外して進退に窮まることがないようにする。かと思うと、ピークに登り詰めてハイマツの切り開きをくぐったり、危険箇所こそないがかなり足を使わせてくれる。
読売新道・赤牛岳からの下山路は岩をすり抜けての厳しい道が続く
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空には雲が全くなくカンカン照り模様。水はできるなら4時間かかる下山のために節約しておきたい。ひと口、ふた口、口に含む程度にする。
目指す赤牛岳はまだ遠いのだが、稜線上に意外と近くに見えるような錯覚に陥る。幾度かの上り下りを経て、比較的大きなピークに立つ。先行者がひとり、自分と同じテント装備だ。もちろん行き先は同じく奥黒部ヒュッテとのこと。でも自分は、ヒュッテでは二食付きで小屋泊まりする予定。
次のピークに指導標とおぼしき物体が見える。ここより標高は低いようだが、行ってみるとそこが温泉沢ノ頭だった。左手に下っていくと高天原温泉に至る。高天原温泉の山小屋と池が見下ろせる。しかしこのコースは一般的ではなく、迷いやすいので、特に下りにとるのは経験者向きとのことだ。
さらに緩いアップダウンをいく。東側に並行して走る裏銀座の野口五郎岳、三ツ岳が懐かしい。烏帽子小屋の赤い屋根があって、その先にトサカのような烏帽子岳もよく見える。反対の西側に鎮座するのは薬師岳。雲ノ平などから見るこの山はただ大きいだけの山という印象だが、この読売新道から見ると三つのカール地形が真正面に眺められ、壮観である。水晶岳は雲ノ平スイス庭園から、薬師岳は読売新道から眺めるのが最高である。
振り返れば槍・穂高がいつまでも見え続け、八ヶ岳も存在感を示していた。先行者とは抜きつ抜かれつで時々会話を交わす。なにしろこの長い長い尾根をいっしょに歩いているのは自分と、この人しかいない。
広い砂地状の場所に下りていく。雪渓で雪をほじくり出してペットボトルに押し詰める。水不足が若干解消されそうだ。
その先、赤牛岳手前の大きな登りとなる。大きな岩の面につけられた赤ペンキに従い、岩の上を移動しながら高度を上げる。夫婦が下りて来たが、この時間で会う人の今日のコース採りがよくわからない。まさか奥黒部ヒュッテから登ってきたわけではないだろう。あとで水晶小屋からの往復だとわかった。
急登道を越えて、いよいよ赤牛岳が間近に迫ってきた。しかし、次の形のよい三角形ピークが赤牛岳か、それともその先のピークだろうか。コースタイム的には水晶岳から3時間弱だが、少しオーバーしそうだ。
東側には野口五郎岳を中心とした裏銀座縦走路が伸びている
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裏銀座縦走路が並行する |
赤牛岳への最後の登り。砂礫の斜面は赤茶けた色をしている
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赤い斜面 |
赤牛岳頂上からは、薬師岳が3つのカールを従えて見ごたえある
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薬師岳が大きい |
赤牛岳頂上より、中央に水晶岳、左・槍ヶ岳、右・笠ヶ岳
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歩いてきた道 |
赤牛岳からの下り。はるか下の黒部湖の端が東沢出合(奥黒部ヒュッテ)となる
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黒部湖目指して |
赤牛岳から東沢出合までは、8段階の距離標識がついている。6/8(約4分の1)は眺めよい平坦地
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6/8 |
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木の根はびこる |
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奥黒部ヒュッテ |
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三角形ピークの左側の岩の斜面を登っていき、高いほうに向かってどんどん上がる。ついに赤牛岳頂上に到達した。北アルプス最奥の存在感ある峰に、ようやく立てた。北アルプスで登るのに最も時間と労力のかかる山といっていい。
展望は言うまでもなく、雲ノ平周辺の峰、真正面の薬師岳。槍穂高、立山・剱、白馬三山もよく見える。後立山連峰の鹿島槍・針ノ木や蓮華岳、並行する裏銀座縦走路の白い稜線。赤牛岳は北アルプスの数々の名峰から見守られる位置にある。そして黒部湖がかなり大きく見下ろせるようになった。
山頂には先行者のほか、一人の女性がいた。水晶小屋からの往復だそうだ。往復といっても、それだけで6時間から7時間かかる健脚コースであることは変わらない。
聞くと、やはり自分と同じように黒部ダムまで行く予定だったのだが、奥黒部ヒュッテから黒部ダムへの水平道が地震や台風などの影響で歩きにくくなっているのを小屋で聞き、往復に変更したらしい。
念願の峰から、東沢出合まで標高差1300m余、4時間強の長い長い下りが始まる。東側に方角を変え、主稜線と分かれる。支稜に入ったため、今までのような伸びやかな道ではなく難度が急に増す。高度感のある急なガレ場が続き、足場のほとんどない白ザレをヒヤヒヤしながらトラバース。
稜線はうねりながら延々と続いており、そのまま黒部湖方面に落ち込んでいる。
痩せた尾根の通過も次第に慣れてくる。ふたたび大きな岩の上を越えていく。平坦になったところが6/8の地点。東沢出合はおそらく0/8だろう。ちょうど4分の1を1時間と少しで下ってきた。見上げると下ってきた稜線が赤牛岳からダイナミックに伸びていた。この時間になっても、付近の山には全く雲がかかっていない。
落ち着いた稜線を下っていくと、久しぶりに樹林帯に入るが、すぐにまた木道上の開けた場所に出た。チングルマやコイワカガミ、オウレンが咲く。
やがてシラビソの林に入って登山道は穏やかになったのもつかの間、大きな岩と檜の木の根がはびこる、きびしい尾根の下りとなった。特に、登山道いっぱいに張り巡らされた木の根を越えていくのはかなり骨が折れる。
急なギャップが随所に現れ、補助ロープをたぐり寄せ、梯子を慎重に下る。樹林を透かして周囲の山々が覗くが、現在位置がなかなかわかりづらい。携帯電話の高度計でおよその位置を確かめる。
あまり到着時間が遅くなると、ヒュッテで夕食を用意してくれるだろうか、それが心配になる。テントのフレームが破損したこともあるが、奥黒部ヒュッテはもともと食事つきで宿泊することにしていた。ただ予約はしていない。
4/8、3/8と通過するが2/8がなかなか出てこない。これは時間的な尺度より、おそらく沿面距離で測られたものだろう。大きな岩は岩屋のようになっているものもあり、雨をしのげるくらいの大きさがある。檜の尾根がついえ、ようやくブナなどの広葉樹林帯まで高度を落としてきた。2/8の次の1/8がこれまたなかなか見い出せない。
白ザレを見て、沢の音が大きくなってきたところでようやく1/8。平坦になった道を進んでいくと、待望の山小屋、奥黒部ヒュッテに到着した。赤牛岳に登ったときと同じくらいうれしかった。山頂から4時間25分、実に長く大変な下りだった。
ヒュッテで宿泊予約をする。食事は大丈夫だった。ビールがとにかくうまい。
もう一人の下山者は幕営するようだ。奥黒部ヒュッテは上の廊下で沢をやる人の宿泊基地として利用されることが多く、この日も遡行者が幕営していた。この日の宿泊者は、登山者としては自分ひとりだけだった。他に、通信施設の設置作業で電気工事の人が泊まっていた。
奥黒部ヒュッテにはお風呂がある。宿泊者が少ないこともあり、のんびりゆっくりと浸かることができた。食事も山小屋にしては豪華で、胃袋が久しぶりに満たされた。
明日まだ大変な行程が残っているので、よく寝て体力を回復することに努める。