8月14日(3日目)剱沢~別山乗越~奥大日岳~大日小屋 |
夜半雨が降るも、今日も朝焼けの剱岳で始まった。
今日はテントを撤収し、別山乗越から大日岳への稜線縦走の予定である。宿泊予定の大日小屋にはテント場がないため、今日は小屋泊とする。
大日三山の縦走路は標高2500~2600mあたりを行く、花の多いルートと聞いていたが、詳細の登山道の様子はあまり調べていなかった。友人からこの提案を受けたとき、剱岳を絡めた北アルプス3泊4日の行程としてうまくはまるものと考えた。
しかし実際は縦走路、その後の下山路いずれもかなりタフなコースであり、特に称名滝への下山路は危険箇所も多い。剱登頂後、しかもテント泊装備を背負ってのプランとしては少々荷が重かったのが正直なところだ。
奥大日岳への登りにて、立山連峰をバックに |
剱御前小屋の建つ別山乗越へ登る。おととい同様、ここからは再び青空の下のすばらしい眺めが得られた。
ここは山の中としては珍しい、6本の登山道が合わさる峠になっている。指導標をよく見て奥大日岳方面の道に進む。
室堂やみくりが池を見下ろせるハイマツの稜線を緩く下っていく。立山や遠くに薬師岳、さらに槍ヶ岳の姿もあった。前方には奥大日岳やその先に大日岳の塊も見える。
いったん新室堂乗越まではかなり下って、その分だけ登り返すことになるのが目で見てわかる。しかし様々な高山植物が乱舞する展望の稜線は気持ちがよい。
下の方からゴーゴーとうなりを上げているのは、地獄谷の噴気ガスだろうか。昨日までいた剱沢でも、風のあるときは硫黄臭が漂ってきていた。おそらく地獄谷からのものだろう。日本はやはり火山の国、地底の底知れぬエネルギーに驚く。
登ってくる人は意外と多い。チングルマ、イワイチョウ、ハクサンイチゲなどを見ながら新室堂乗越へ下りる。剱御前へ登る前にこの先の奥大日岳を往復する人もいるようで、ザックがデポされていた。
乗越からは緩やかながらも、長い登り返しに転じる。見下ろすと地獄谷から発する称名川のきれいな水が見れた。眺めは相変わらずよいが、早くも南のほうからガスが湧いてくる。奥大日岳まで青空は持ってくれるのだろうか。
室堂乗越は昔の峠で、地獄谷で採集された硫黄を麓に運んだ歴史があるそうだ。今では峠道は廃れ、昔の面影を残すものはない。
開けた稜線は次第に左の山腹をなめるように、奥大日岳に向けて高度を上げていく。前衛峰を視界に捉えたあたりから周囲はガスが支配し、あっという間に乳白色の眺めになってしまう。このあたりはハナニガナやヤマハハコなど、草地に咲きやすい花がよく見られる。
淡々と登っていき、振り返ると歩いてきた稜線がガスから姿を見せている。尾根の背に出るとガスが一気に晴れ、剱岳の先端が雲から出てきた。青空が広くなり剱の姿はみるみる大きくなるばかりか、立山や室堂も見えるようになった。今日のガスは充満するのも早いが抜けるのも早く、目まぐるしいほどに景色が切り替わる。
ウサギギクやシナノキンバイの咲く中を歩いていくと、またしても周囲は真っ白に。ここまで見えていた奥大日岳の大らかな姿も消えてしまう。最後は少々肌寒い中、奥大日岳の山頂にたどり着く。
晴れていれば360度パノラマで剱岳も眼前のようだが、全くの視界ゼロの山頂となってしまった。大日三山縦走路の主役であるこの山は日本二百名山のひとつであり、立山山域の主脈から外れた位置にあるものの、その大きな山体は存在感がある。室堂からこの奥大日岳をピストンしていく登山者も多い。
山頂で食事をし、大日小屋に向けてさらに西進する。最初の下りが急なガレ場になっていて、通過には慎重を期す。ここまでの穏やかな登山路とは一線を画しているようだった。
ガスの中ではあるが、しばらくはヤセ尾根の快適な尾根歩きとなる。小屋のHPによればここを大日尾根と呼ぶようだ。
カライトソウが咲いていた。日本海側の山で見られる花だ。また、オヤマリンドウやトリカブトなど初秋の花も見られ、ここだけ季節が一気に進んだようだ。低潅木帯ではキヌガサソウやオオバキスミレ、岩の多い稜線ではタテヤマウツボグサ、ハクサンシャジン、キオンが咲き競い、シモツケソウは鮮やかなピンク色をしていた。
一方登山道はガレ場や梯子、鎖のついた急降下など気の抜けない道が続く。昨日の剱岳は荷物が軽い上での岩場通過だったが、今日は重い荷物を背負っての鎖や梯子下り。バランスをとりづらく難儀する場面もある。大日三山縦走路は、硬軟取り混ぜた歩きでのあるルートであった。
大岩の積み重なった日本庭園風のエリアに入る。七福園という名前がついている。そのすぐ先が三山のふたつめ、中大日岳だった。ここも晴れていれば剱岳の眺めがよさそうなところだが、あいにくの空模様である。
岩の詰まれた山頂には山名と標高が書かれた板の他に「2500m 山頂」という板も置いてあった。この中大日岳は南西に長大な尾根を伸ばしており、明日下る大日平から称名渓谷に落ち込んでいる。
重い荷物を背負っての歩きがいのある縦走路も、今日とりあえずの終点が見えてきた。中大日岳から15分ほどの下りで小屋が見えてくる。
大日小屋への到着もまた、深いガスの中となった。今日は眺めがよかったのは最初の2時間半ほどだけだったが、花の多さが眺めのない単調さを補ってくれた。
ランプの小屋である大日小屋はこじんまりしているが、中は清潔でゆっくりできる。登山者もそう多くないようで昨日の宿泊者は20名、今夜は11名だそうだ。割り当てられた部屋には14の布団が敷いてあったが、泊まるのは自分たちを含め4名だけだった。
夏の北アルプスで山小屋に泊まるのも久しぶりだ。宿泊料金は一泊二食で10000円。大日小屋だけでなく、北アルプスの山小屋の料金はこぞって5桁に突入してしまったようだ。
小屋から大日岳山頂まではほんの15分ほど。少し休んだら今日のうちに往復しておくことも考えたが、外はガスだしビールも飲んでしまった。登頂は翌朝にする。
小屋には従業員が母親のかわいい娘さん(中学生?)が夏休みを利用してやって来ていて、受付や食事を作る手伝いをしていた。またどういう関係なのか、インド人の女の子も手伝いに来ている。夕食に出たカレーの小皿はその子が作ったそうだ。飾り気はないが、素朴で家庭的な山小屋である。
北アルプスの山小屋は今どこも、従業員がしっかり教育されて物腰がよく、登山者への応対も洗練されている。昔ながらのぶっきらぼうな山男はあまりいなくなった。それはそれでいいのだが、何となく組織化されたビジネスライクな印象もぬぐえない。小屋はその小屋ならではの特色があっていい。
夜、剱岳の黒いシルエットの上に星が出ていることを確認して就寝する。