凍てつく朝を迎える。小屋の前は水たまりが凍っていた。
温かいものを胃の中に入れ、気合いでテントを撤収する。意外にも結露しておらず、すんなりとたためる。あたりが十分明るくなってから、双六平を出発する。
紅葉の中崎尾根の先に奥丸山の高まりを望む |
樅沢岳へはハイマツの中の急登を詰める。抜けるような好天だが風が強い。それでも山頂に近づき傾斜が緩くなってくると足元には朝日が届き始め、暖かささえ感じるようになる。寒さの底はどうやら夕べだったようだ。
樅沢岳山頂からは、槍穂高はじめ北アルプス中央部の峰がほとんど見えるといってよい。昨日は雲の中だった白馬や鹿島槍方面もよく見える。ただし槍穂高は今の時間だと逆光でシルエットの眺めである。
大きく下ったあとはしばらく快適な稜線歩きとなる。硫黄岳の赤茶けた斜面を目の当たりにし、さらに下部の紅葉の谷間を覗く。鏡平が箱庭のようだ。
槍ヶ岳に向かって歩を進めながら、中崎尾根の開始点を目で追う。分岐点の千丈沢乗越がここからではまだよく見えない。硫黄乗越から緩い上下を繰り返し、右俣岳三角点を巻く(ピークは通らない)。その次のピークで小休憩、再び大きく下ったところは西鎌尾根の中間点となる。
この先はにわかに岩場の通過が断続し険しさが増す。鎖も出てくる。槍ヶ岳から派生した尾根なのでこのくらいはある。槍ヶ岳がもう、手の届くところまで来た。裾野は紅葉が鮮やかである。
登り気味となり岩峰を巻くと千丈沢乗越に着いた。右手に槍平へ下る道が分岐する。標識には奥丸山の名も書かれている。ここからの進路はすぐ尾根に乗るのではなく、一旦カール地形状の緩斜面に下り、その後で右下に見える中崎尾根に取り付くようだ。
西鎌尾根に別れを告げ、急な斜面を下る。カール下部の緩斜面はナナカマドなど灌木の紅葉が見事である。槍平に下る道を分けて(飛騨沢分岐)奥丸山の標識に従い、中崎尾根に入る。
中崎尾根は本来槍ヶ岳への冬季ルートで、夏道として利用するために刈り払いされたのはそう古くないことと思われる。
刈られてはいてもやはり歩く人は少ないようで路面は柔らかく、北アルプスの登山道らしくない。どこかマイナーな山を歩いているようだ。尾根伝いにここも紅葉がきれいで、ナナカマドやドウダンツツジ、そしてダケカンバも見られる。
尾根筋は急な登り返しや下りはほとんどなく、だいたい標高2300mくらいのところを歩いていく。左側(右俣側)には壁のような槍穂高、そして大キレット。右(左俣側)には谷を挟んだ対岸に鏡平の小屋がよく見える。見慣れているはずの風景が、中崎尾根からは実に新鮮に映る。
踏み跡ははっきりしており歩きやすいのだが、刈り払った草がそのまま残っているため、場所によっては路面が見えにくい。片側が切れ落ちているところはうっかりの踏み抜きに注意が必要だ。
それにしても槍、南岳や穂高連峰がこんな近くで並んで見えるのはここ中崎尾根ならではだろう。
またここはナナカマドが特に多く、至るところで見事に色づいた灌木を前景に、穂高や槍を眺めることができる。撮影ポイントも事欠かない。鮮やかである。小広い平坦地に出たところはナナカマドが密集していた。
正午を過ぎ、空が白っぽくなってきた。気温が上がってきているので致し方ない。
奥丸山に近づいてくると、槍平への分岐に出合うかなり手前から緩やかな登りとなる。これがなかなか長い。遠くから見ていた奥丸山の斜面にはもう取り付いているのだろう。
オオシラビソの林を抜け、ようやく槍平への分岐点に到達する。標高はすでに2350mあたりまできている。ここにザックを置いて山頂を往復することにした。
改めて本格的な登り返しとなる。しかしここも紅葉した木が多く、見応えがある。ハイマツも出てきた。
分岐から10分、ようやく見えてきたゴールらしきものは騙しのピークで、山頂はまだその先だった。そこから数分で奥丸山に着く。ちょっと高くなった所に標柱が立っており、今日新穂高温泉から登ってきたという夫婦が先着していた。
ここも展望が素晴らしく、真正面の穂高はあまりにも大きいが、槍ヶ岳は意外に遠く、先っぽが見える程度だった。
ここまで槍や穂高ばかり見ていたので反対側に目がいく。笠ヶ岳、抜戸岳の大きな山稜がこれまた目の前。草紅葉の秩父平もよく見える。そしてここからは黒部五郎岳が見えるのが興味深い。笠ヶ岳からの山稜が凹んでいる部分(おそらく大ノマ乗越)から、あつらえたように頭を出している。鏡平は奥丸山から見るとやや下に位置していた。
それにしても槍穂高及び笠ヶ岳の二本の稜線に挟まれた狭い部分に、よくぞこんな尾根が伸びてくれていたものだ。
山頂には、昨日歩いた蒲田川左俣林道からの登山道が上がってきていたが、指導標などは立っていなかった。
槍穂高に別れを告げながら分岐まで戻る。途中にあるざれた斜面からは槍平のテント場が見えた。直線距離は短いのに遥か下にある。
分岐からその槍平へは、途中からそれこそ落っこちていくような、今回一番の急降下の道となった。道が細いところは滑落しないように注意が必要だが、登山道は思った以上に整備されている。
下るほどに木の間から覗く槍平がどんどん大きくなっていく。枯れ沢沿いに降り立ち、石のごろごろした歩きにくい河原を歩く。ほどなく川を橋で渡り、槍平のテント場に着いた。
槍平には初めて来た。長野側の上高地、涸沢、槍沢に比べると山の陰になって日中は薄暗いイメージがあったのだが、テント設営地は広い河原で開放的だ。傾斜がなく設営しやすい。眼前には穂高がそそり立ち迫力がある。
ここは多くの若い登山者にとっては通過する場所とされているようで、テント場もそれほど混雑することはなく、小屋の宿泊者も年齢層の高い人が多いようだ。そのせいか小屋の中はひんやりし、周辺にはゆったりした空気が流れている。
夕方にかけて空は雲が覆い、天気は下り坂のようである。明日はお昼くらいから雨が降る予報になっている。それでも気温は温暖で、夜は昨日のような凍えるようなことはなかった。
沢の音を聞きながら、昨日眠りが浅かった分も含めて今日はぐっすり眠る。