朝から快晴と思いきや、長井市の旅館を出ると周囲は一面の霧でおおわれていた。山どころか30m先が見えない。
でも霧の高度は低そうだ。5時40分に旅館を車で出発。祝瓶山登山口を目指す。当初はカーナビの予想時間通り、1時間くらいで着くものと思っていた。
祝瓶山 [拡大]
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長井市の市街地を抜け、山の方向に坂道を上っていくと霧は晴れてきた。木地山ダムを経由していくのだが、その手前でもう一つダムを渡る。新しい道がカーナビに登録されておらず少々まごつく。
やがて道は舗装されていながらも、1車線になった。「この先すれ違いできません」の看板が。ダム湖を高巻いてくねくねと曲がっていく。道は幅は広いところで3メートル、狭いところでは2メートルくらいしかない。しかも片側は急崖、片側は側溝となっていてガードレールがついていない。脱輪を恐れ緊張の極度に。こんなのが登山口まで続いたら参ってしまう。小回りの利く軽自動車だからまだいいが、ワンボックスカーなどは通行不可能ではないか。
木地山ダムを抜け、カーナビの登録範囲外になるとそんな緊張の道は終わった。しかしその後の未舗装の林道が、これまたでこぼこの道だった。陥没、水たまり、砂利の坂道と何でもありの状態。昨日の高畠駒ヶ岳の林道も悪路で運転を断念して歩いたが、今日は登山口までのアプローチが長く、歩くことは現実的ではない。
舌を何度も噛みそうになりながら、なんとか祝瓶山荘にたどり着く。駐車スペースは広く、すでに5、6台の車があった。やはりみな車高の高い四駆ばかりで、ワンボックスカーや大型車はなかった。自分の車のドアを見たら、無数のひっかき傷がついていた。
登山前に大汗をかいてしまったので、出発前に気を落ち着かせる。何故か公衆電話ボックスがあり、中に登山届ポストが置いてあったので、書いていく。
祝瓶山荘は個人の所有で、事前に鍵を借りれば宿泊は可能らしい。建物がいくつか建っている。冬は結構な積雪になりそうだが朝日連峰縦走の発着点になりうるが、往復でないとやはりアプローチに課題がある。
杉林下の林道歩きから始まる。さっき運転で苦労したデコボコ林道に比べると、歩く道は安定している。
少し歩くと沢に出た。吊り橋があり2本の鉄板が渡されている。沢からの高さは5メートルくらい。ガクガクと揺れて足がすくみそうになる。「一度に3人以上で渡らないで下さい」とあったが、後ろの人が前触れもなく揺らしたら足を踏み外すかもしれないので、2人でもこわいと思う。
ここの鉄板は足を置けるのでまだいいが、奥三面ダムからの登山道では、1本丸太の橋で沢を渡るらしい。自分が今後、奥三面登山道を歩きたくなってくることのないよう、祈るのみだ。
以後道は平坦で安定するが、草深く倒木も多い。急斜面をロープにつかまりながらトラバースする個所もある。ブナ林はすでに始まっているが、このあたりはミズナラ、ハウチワカエデ、サワグルミも多い。背の高さにはつる性植物やユキツバキが密集している。
樹林の切れ間から祝瓶山が大きく見上げられるようになる。ある角度ではかなり尖った三角錘で見え、険しい山であることを感じさせる。祝瓶山は「東北のマッターホルン」と呼ばれている。「上越のマッターホルン」大源太山、「会津のマッターホルン」蒲生岳、「西上州のマッターホルン」碧岩または小沢岳、そして日本のマッターホルンは北ア槍ヶ岳と、日本にはマッターホルンがたくさんある。大朝日岳、障子ヶ岳など朝日連峰には尖がった山が多いが、祝瓶山がやはり最たるものである。
分岐点が桑住平で、赤鼻からの道を分け左の沢方向へ進む。沢を渡ったところは小広い平坦地で、豊かなブナ林になっていた。焚き火跡があるので、野営した人がいたようだ。
ここから登りになり、斜面はブナ林が続く。大木もあって見ごたえ十分。紅葉は始まったばかりで、薄緑から黄色の葉が日の光を浴びてキラキラしている。自分の後からやってきた二人の登山者が、追い抜いていった。
樹林帯は間もなく終わり、傾斜が急になるにつれて灌木の尾根に変わっていく。急登が続き高度が急上昇するため、紅葉も目に見えて鮮やかになってくる。稜線はブナ、クロモジ、ミネカエデの黄、ナナカマドやウルシの赤、上部ではミヤマナラの濃い赤色で彩られている。
天気予報はよかったが空は白っぽく、高曇りである。今朝は麓で深い霧だったし、数週間前から続く台風や大雨で、日本全体的に今年の秋は大気中の水分が多めの傾向があるようだ。
空が白いのは紅葉山行として少し残念な展開だが、色づきはすばらしい。それに目の前に姿を現した祝瓶山が大きい。むき出しの岩肌をあらわにし、空に挑みかかっているようだ。
高曇りでも展望はほしいままである。祝瓶山から峰続きに大玉山、平岩山、として大朝日岳を中心とした朝日連峰の稜線が横たわっている。背後には木地山ダムがはるか下に見え、遠景の稜線は吾妻連峰だった。
岩場の急登が続く。高度感があるが、思ったほど危険な箇所はない。ザレた急斜面は、濡れていたりすると滑落に注意が要るだろう。だが必要以上に恐れる登路ではない。
山頂に近づくと、東面の岩壁があらわになる。ここで岩登りをする人もいるようで、それを想像するとちょっとムズムズする。
山頂へあと1歩のところまで来た。先ほどすれ違った人は、この山は最後の100mが一番きつい、と言っていたので、心して行く。
最後は急斜面のため、いったん高度そのままに南斜面のほうへトラバースする。こちら側は赤系の紅葉が深い。ロープをたぐりながら急な斜面を上り、祝瓶山の山頂に到達する。
高度感のある山頂からの眺望は格別だ。朝日連峰は御影森山、大朝日、西朝日、袖朝日岳が大きく高い壁を作り、北端の以東岳まで続いている。南には飯豊連峰。吾妻も飯豊も大きく見ごたえがある。西には新潟県の鷲ヶ巣山が、標高1000m台にもかかわらず意外なほど大きく見える。そして登ってきた方角を見下ろすと、杉林の中に岩瓶山荘の建物が見えた。
山頂は風が通り、寒いくらいだ。薄手の長袖シャツとレインウェアの上を着込む。
展望を楽しんだ後は、西に下っていく。眼下に紅葉の山肌が美しい。稜線分岐で赤鼻方面へ下るが、直進する針生平ルートも惹かれるものがある。祝瓶山や平岩岳の西側には角楢平、在所平などブナ原生林のエリアがひしめいている。
なかなか人を寄せ付けないような山域だが、それだからこそ歩いてみたい部分でもある。
赤鼻への下りルートは、登りの時にも見えていたが、山頂から優美なスロープを引き歩きやすそうな印象だった。しかし実際は灌木状のヤセ尾根で起伏もあり、意外と大変な道だった。
高度を落とすとやや矮小化したブナが現れ、バックの大玉山方面の稜線も見上げられていい景観を見せてくれた。しかしその後道は落っこちるような下りに転じる。
赤鼻へは意外と距離が長く、しかも鞍部から高度差100mほどの登り返しがこれまたきつい。巻いて下る道でもあればいいのにと思ったが、赤鼻のピークに上がらないと登山道がないので仕方ない。登りついた赤鼻からは、祝瓶山の雄姿が再び見られた。
大玉山への道と分かれ、桑住平への下りに入る。これがまたすごい傾斜だった。ロープがついているものの、スリップしたらどこまでも落ちてしまいそうな角度だ。これはもしかしたら登りのルートよりも角度が急かもしれない。まあ落ちても、両側が樹林なので引っかかって止まるだろう。
斜度が緩くなって一安心。周囲は一転、優しげなブナ林となる。樹皮の白い、美人タイプのブナが多い。桑住平一帯は朝日連峰でも屈指のブナの宝庫であろう。
一人後ろからやってきた。祝瓶山荘を起点に中沢峰、御影森山、平岩山、大玉山と周回してきたそうだ。ルートに最近刈払いが入ったとのことで、その状況を見に来たそうだが、コースタイムが12時間を超す超健脚ルートである。自分もこのルートのことは知っていたが、歩く人は果たしてどこで宿泊するのだろうかと考えていたくらいなのに日帰りとは恐れ入った。
自分もあと20歳、いや30歳若ければ、そのくらいやっていたかもしれない。
ブナの実が今年はほとんど落ちていない、と言ったら、今年はキノコもほとんど見かけない、と言う。確かにそうだ。他の山でも、今年の秋はキノコを見ることが格段に少ないと薄々感じていた。雨が多いとキノコも多くなる印象があるのだが、今年は少なくともそうなっていない。
桑住平に着く。あとは来た道をのんびり歩くのみ。最後の吊り橋を渡り、祝瓶山荘の登山口に戻った。
久しぶりに骨のある登山だった。険しいと思っていた祝瓶山に登れた充実感に浸る。駐車場の車も残すは1台のみになっていた。
デコボコ林道と恐怖のダム沿いの道、帰りはどうなるかと思ったが、それほどの苦労もなく運転できた。やはり登山を終えてのことなので、気持ちに余裕ができたのか。
長井市の温泉に入って帰途につく。