朝になっても風は止まなかった。ただ相変わらずの一面のガスのためか、気温は予想ほど下がらずに、おそらく5度くらいで霜も降りていなかった。
紅葉鮮やかな銀玉水付近
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食事の後、空身で大朝日岳を往復する。標高差100mを上がると風はさらに増す。しかしトムラウシの時のように前に進めないことはなく、無事に大朝日岳山頂に到達。
展望が全くないのは、こういう天気だから仕方がない。油絵が趣味の相方も、今回は道具を持ってきていない。
小屋に戻って下山開始する。まさか使うとは思っていなかったが、手袋や冬用の帽子が今回は大活躍だ。家で山の支度をする際、当日は確実に寒く荒れるとわかっていても、下界の暖かさからそれが想像できにくく、無意識のうちに着るものを一枚減らしてしまったり、必要装備を置いてきたりする。
今回は冷静に考えを巡らし、持つべきものは持ってきた。軽アイゼンやフェイスマスクは使うことはなかったが、秋の東北の山は基本的に必要なものだろう。
下り始めるとすぐに周囲の見通しが効き始め、銀玉水では先の稜線や下ってきた山頂部のガスも取れてきた。雲は依然として厚いが風も弱くなって、今日はまずまずの歩きが出来そうである。
しばらくは360度開けた平坦な稜線歩きとなる。振り返ると大朝日小屋の建物が見えた。あんな吹きっさらしのところに立っていれば夜は風も強いだろう。
熊越から小朝日岳を両面にして下る部分はこのルートのハイライトだ。昨日と同じく紅葉も綺麗だ。
巻き道へは行かず、今日はこのまま小朝日岳に登ることにする。風が弱くなって本当によかった。巻き道分岐からさらに急登を詰めていくと、背後に大朝日岳や西朝日岳の眺めが素晴らしい。西朝日岳から伸びてくる直線状の長大な尾根筋がダイナミックだ。
小朝日岳山頂からは鳥原山への稜線も手に取るように眺められた。この山域は大朝日岳だけでなく、この小朝日岳も魅力ある峰である。
小朝日岳から急坂を下り、巻き道との合流点へはすぐだった。快適な稜線を歩いて古寺山へ登り返す。ここからは昨日登った道を辿るだけだ。今日登ってくる登山者もこれまた多い。南東北では屈指の人気ある山だろう。古寺山からの長い下りはぬかるみが多く、難路である。昨日は雨の中、よくこんな道を登ってきたものだ。
一服清水を過ぎて古寺鉱泉への下りへ。昨日はあまり気づかなかったがブナの多い道だ。
大朝日岳の登山道は朝日鉱泉からのルートがブナが多く見られ、古寺鉱泉回りはブナというよりも多種多様な樹林が生育している印象がある。合体樹のかたわれであるヒメコマツも、かなり標高を落としたあたりで林立している。
最後のジグザグを下り、瀬音が聞こえてくると古寺鉱泉の横に下り立つ。昨日ここを出たばかりなのだが、古ぼけた建物が何だか懐かしく感じられる。ずいぶんと長い間この山域に居続けた錯覚に陥った。それくらいいろんなことがあった2日だった。
駐車場に戻ると、路上駐車もあるほどの賑わいとなっていた。見上げると眩しいほどの青空。天気はすっかり回復した。
古寺鉱泉はまだ入浴準備中ため、車で少し行ったところにある大井沢温泉に寄っていくことにした。300円と安く、トロトロとしたいいお湯だ。建物の外からは、稲刈りを間近に控えた田んぼを前景に、朝日連峰のシルエットが青空と雲の間に連なっていた。
汗を流した後は蕎麦を食べていこうということになる。山形は米もおいしいが、蕎麦も地元の人にとって自慢の食材のようだ。古寺鉱泉のご主人や登山ガイドさんもそう言っていた。
また、宿泊者の中で寒河江(さがえ)からレンタカーに乗ってやってきた人がいた。寒河江は蕎麦屋さんが多く、「そばマップ」なるものが出回っているらしい。この人も鉱泉にやって来る前に寒河江の蕎麦に舌鼓を打ってきたと言う。
自分たちも下道を走って寒河江で蕎麦を食べ、そこから高速に入ることにした。ネット検索で最初にヒットした蕎麦処「ひふみ」に寄っていく。生卵で割って食する太めのそばが今まで食べたことない食感である。げそ天も美味だった。
南東北の深い山と美味しい食材、水を楽しんだ3日間となった。
東京への長い帰路は、暗くなってしまってしまったこともあって、慣れない大きな車を運転する自信がなくまたしても同行者に負担を強いることになってしまった。これだけが申し訳なく、唯一心残りとなった山行であった。