雨続きだった関東地方も、11月に入ってようやく天気が安定してきた。奥多摩の紅葉を見に行く。2週連続の台風の影響はそれほどないようだ。
鳥屋戸(とやど)尾根から都県境尾根へ縦走するルートとした。鳥屋戸尾根には、川乗橋から登るのが一般的だが、倉沢からいくつかのバリエーションルートがあるようだ。ガイド(松浦隆康著「静かなる尾根歩き」)を読んで、塩地ノ頭北西尾根が植林もなさそうなので惹かれた。
塩地ノ頭は鳥屋戸尾根の目立たないピークで、笙ノ岩山のやや北側にある。
紅葉進む塩地ノ頭北西尾根
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奥多摩駅から東日原行きのバスに乗る。百尋ノ滝が崩落で通行止と聞いていたが、川乗橋では多くの登山者が降りた。復旧したのだろうか。
倉沢で降りたのは自分だけだった。以前、ヨコスズ尾根のバリエーションルートである見通尾根を登る時に降りていた。このバス停から歩ける一般的な登山道はなく、なぜかバリルートばかり集中している。
倉沢には鍾乳洞があり、他に釣り場や倉沢の大ヒノキ、マンモースの飛瀑などの観光スポットがあるがいずれも広くは知られていない。倉沢谷にかかる倉沢橋は高さが61mあって、これは東京で一番高い橋だそうだ。
県道を背に、倉沢林道に入る。舗装された道もいつしかダートになる。左は岩壁が続き雰囲気的には川乗林道と似ているが、右手に見下ろす倉沢谷は場所によって大きく蛇行しており、淵や小滝をいくつも作っている。
林道は次第に傾斜を増し、岩壁から染み出す水が何本も伝い、沢のようになった。ダートの道だと思っていたが、よく見ると路面はもともと全面舗装で、その上に流水が運んできた土が堆積してこうなっているようだ。
40分ほどで魚留橋、ここには左側に巡視路のような細道が山に入っている。おそらくヨコスズ尾根に通じている幕岩尾根の入口だろう。橋からは大きく右にカーブする。大きな倒木が道を塞いでいたが何とかまたいで通過する。高さのある滝が流れていた。
さらに棒杭尾根の取付き口を左側に見る。右手に伸びるのが塩地ノ頭北西尾根に違いない。すぐに沢に下りられるようになっていたので、対岸に北西尾根の取り付き口があるかと目で追うが、わからない。ガイドでは、棒杭尾根から50mほど先にあるようなことが書かれているのでもう少し林道を歩いてみるが、沢に下りられそうな場所は他になさそうだ。
さて困った。とりあえずさっきのところに戻り、沢の対岸に飛び石伝いで渡る。尾根の末端は巨大な岩が沢に覆いかぶさるように張り出している。回り込めるところを探すがどこも急斜面で、しかも降り続いた雨のせいかジメッと濡れている。試しに登ってみたがズルズルと滑り落ちてしまった。
取り付く場所はこのあたりで間違いなく、薄いながらも踏み跡が伸びていることを期待していたがそれも全くない。ここから登るのは諦め、棒杭尾根を登ろうかとも考える。
しかし意を決して、もう一度目の前の急斜面に取り付いてみる。四つん這い状態で立木や木の根につかまりながら体を引き上げる。
高度差も距離もおよそ30mくらい、何とか尾根に上がれた。時計を見たらもう10時を過ぎている。取り付き点で1時間以上悪戦苦闘していたことになる。
その後も急登が続き、木などつかまるところを常に探しながらの登りとなる。ずいぶん高度を上げたと思って振り返ると、取り付き口の沢がまだ真下に見えた。高度は稼いでいるのに水平距離的にほとんど進んでいないという珍しい状態となっている。いつだったか、鷹ノ巣山の榧ノ木ノボリ尾根に登った時のことを思い出す。
やがて傾斜はやや緩くなって、ようやく二本足!で歩けるようになった。背後には対岸の山が紅葉した姿を見せ、周囲の木々もカエデを中心にずいぶん色づいている。わずかだが踏み跡らしきものも見えるようになった。
985m点を過ぎて一旦尾根が広がる。1020m圏で赤テープを見た以外に人工物は見当たらない。1050mを越え岩がゴツゴツし始めると、再び手を使う急登となった。一般登山道ならこういうところにはジグザグに踏み跡がついていたりして何ということもないのだが、バリルートにはそんなものはなく、ただひたすら直登していくしかない。
尾根はすっきりしていてヤブもない。わずかにスズタケの生えていた痕跡が残っている。
頭上に稜線が見えてきた。最後のひと踏ん張りで登っていくとやっとアカマツの茂る、穏やかな鳥屋戸尾根に到達する。出てきたところには何の目印もなく、少し歩いて振り返ると、もうどこから登ってきたのかわからない。
塩地ノ頭北西尾根はルートというよりも、単なる山の尾根だった。
踏み跡のはっきりした鳥屋戸尾根を数分歩いて、塩地ノ頭で小休止する。山名板などはなく通り過ぎてしまいそうなピークだが、右手に川苔山がよく見える。
川苔山はここから見ると、山頂の2つの突起やその横の肩にあたる部分、山を形作る稜線に至るまで、まるで山頂部にミラーを立てたように左右対称なのが面白い。
鳥屋戸尾根はこの先、緩やかなアップダウンを交えながら少しずつ高度を上げていく。こちらからだと松岩尾根の下りに引き込まれやすい。その尾根のピークとなっている松岩ノ頭を過ぎ、標高が少し上がるとブナ、ミズナラ、カエデなど紅葉した木が多くなってくる。色づいた葉を透かして雲取山など奥多摩の山もよく見える。
鳥屋戸尾根は赤系のカエデが比較的多いところだが、今年の紅葉は赤色が全体的に弱いようだ。
踏み跡は右側の植林帯につけられているところが多く、紅葉した木々を追っていくとついルートを外して左手の尾根側に寄ってしまう。春、シロヤシオの花を見ながら歩く時も同じ行動になる。
以前、尾根筋はスズタケが繁茂しとても歩けるような状態ではなかったのだが、今はスズタケは完全に姿を消してきれいさっぱりだ。
奥多摩など関東甲信の山で、ここ数年でスズタケが一斉に枯れてしまったことは一部で話題になったもののあまりニュースとしては取り上げられなかった。しかし、自然の突然の変化と言う意味ではかなりの大事件のような気がする。もっと大騒ぎされていても不思議ではなかった。
正面には蕎麦粒山がなお高い。直線的に歩いていないせいもあり、都県境尾根(水源林道)に出会うまで塩地ノ頭から1時間以上かかってしまった。今日は取り付きでも1時間くらい予定をオーバーしている。
まあ北西尾根を登って今日の仕事は半分片づいたようなものだが、久しぶりの好天気なのでできれば行程を短縮することなしにこのまま歩き通したい。下山は暗い時間になりそうだ。
落葉進む尾根を直登して蕎麦粒山へ。山頂には誰もいなかった。川苔山はじめ大岳山、御岳山、石尾根の山がよく見える。北側には有間山、飯能方面の街並みが。正午はとっくに過ぎているのにまだ雲はほとんど出ず、青空いっぱいである。こういうことはここしばらく、麓を含め東京ではなかったように思う。
完璧な晴れか大雨か、最近の天気は両極端だ。
稜線を歩き仙元峠へに向かう。ようやく登山者と継続的に行き違うようになる。木の枝の向こうに富士山が見えた。峠で会った男性は仙元尾根を下るという。自分は予定通りこのまま都県境尾根を一杯水へ。
稜線はさすがに8割がた葉は落ちている。ここもスズタケが完全に姿を消し、自然林の多い秩父側は展望がきくようになった。スズタケ枯れで都県境尾根や長沢背稜の魅力である山深さが減ぜられてしまったのは残念だが、開放的で明るいルートに変わって花や紅葉が見やすくなった。
棒杭尾根と合流するところには標識にマジックで「棒杭尾根」と書かれているが、頭に「古」の文字が付け加えられている。新旧2本の棒杭尾根があるのだろうか。
時間が気になるが、やはり三ツドッケには登っておきたい。矢岳分岐の先で稜線に乗り、そのまま尾根通しに三ツドッケに向かう。都県境尾根の登山道からこの山へ取り付くルートは3本あり、仙元峠側から歩く場合は一杯水避難小屋まで行かずにここから取り付けばいい。
途中で避難小屋からの道を合わせてアップダウンしたあと、展望すばらしい三ツドッケ山頂に至る。奥武蔵や丹沢、石尾根を前景に富士山、御坂の山、奥秩父と見える山は限りない。雲取山の方から雲が流れてきたが、こんな時間になってもまだ、ほぼ360度の眺めが広がっている。
あまりゆっくりしていられない。一杯水避難小屋に下り、下山路のヨコスズ尾根に入る。太陽の下、綺麗な紅葉が見れるかと期待していたが、すでに日が傾き始めていた。ヨコスズ尾根は尾根を東側から巻く部分が多いので、もうこの時間から日陰になっている。でもミズナラの黄葉を中心にかなり色づいていた。
滝入ノ峰を大きく巻きながら、アンテナ柱の立つ見通尾根分岐で小休憩する。下部のヒノキ植林帯に入る頃は16時を過ぎ、足元が薄暗くなる。日の入りは17時前だからおそらく日原の国道に出る頃には日が落ちていそうだ。下山がこんなに遅くなるのは久しぶりである。
集落最上段の家の赤い屋根が見えてきた。焦ってつまづかないように、注意しながら下る。
東日原バス停には17時5分着。暗い中、意外にもまだたくさんの人がバスを待っていた。登山者ではなく、家族連れの外国の観光客が多い。暗くなるまで目一杯遊んだのだろう。
普段なら疲れた登山者をたくさん乗せて下っていくバスも、今日はいろんな言葉が飛び交う賑わいの車両となった。
すっかり夜となった奥多摩駅に到着。混んでいるのは目に見えていたが、明日は日曜なのでゆっくり温泉に入っていくことにする。もえぎの湯は整理券が配られるほどの混雑ぶり。扉の前で30分待たされた。