南関東・甲信の山は新緑に染まり、シロヤシオの便りが聞かれ始めた。
丹沢もいいが、混雑を避けて奥多摩のシロヤシオを見に行く。日原川北岸の長沢背稜、東側の都県界尾根は地味な山域ということもあり、歩く人は少ない。しかし花数はかなりもものである。
見頃は例年5月第4週で、9年前にも歩いている。今回は1週間早いがどうだろうか。帰路は鳥屋戸(とやど)尾根を下り、上部で見られなかったときの保険?とすることにした。
鳥屋戸尾根のシロヤシオ
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大雪以来初めての奥多摩駅。東日原行きのバスは増発が出た。それでも混雑時にはなかなか座れない。バスに座るためには、青梅線2両目の前から2つめのドアから出て、最短距離でバス停に着くことである。
いつもと同じ東日原からのルートも芸がないので、今日は「見通尾根」を登路とする。川乗橋の先、倉沢バス停で下車。70m先に倉沢のヒノキの案内板に従って入山する。
「倉沢のヒノキ」は奥多摩の観光名所のひとつであり、一般の人も見られるように山道は整備されているが、始めはかなりの急坂である。
尾根に出るとベンチがあり、緩やかに登る。倉沢のヒノキは樹高34m、幹回り6.3mと、天然もののヒノキとしては都内最大であり、東京都の天然記念物である。実際目の当たりにするととてつもないぶっとさだ。こんな大木が奥多摩にあったとは驚きである。
ヒノキというと人工林の細身のものを思い浮かべるが、関東以北では谷川連峰茂倉岳の檜廊下など、天然木も多く見られる。
また今回は行かなかったが、ヒノキから右手に下りる細道は、倉沢の廃村跡に通じているようだ。
見通尾根は、ヒノキの裏側から始まる。尾根通しに登ると左右から踏み跡を合わせる。かつては集落を行き来する道であったのだろう。踏み跡には入らず、さらに尾根を直進。こちらも踏み跡はかすかにあるが、基本的には尾根通しに進路を取ることを優先する。たまに出てくるビニールテープもよい目印になる。檜の植林下の急登はかなりきつい。
傾斜が緩くなると前方に青空が見え、標高855mの伐採地に出た。網フェンスで仕切られているが、東側の眺めは見事である。笙ノ岩(しょうのいわ)山や御前山が大きく、その先に御岳山や大岳山も。この角度からこれらの山を望んだことは今まであまりない。貴重な展望地である。
見通尾根とはこの展望のよさからつけられた名前だろうか。そもそもここが昔からずっと伐採地だったとも考えにくいので、以前は尾根全体が見晴しがよかったのかもしれない。
鬱蒼とした広葉樹林に入る。高度を上げていくとやがてカエデ、ミズナラやブナ、さらにはダケカンバなど樹相もバラエティを帯び、なかなかいい新緑の森である。
しかしいかんせん急登の連続で、休む暇も与えられない。踏み跡もこのあたりではまったく認められず、尾根を外さないようにひたすら登るのみだ。
標高が1050mを越えるとようやく緩やかになる。密度の濃い広葉樹林から、片側が植林の登りとなった。我慢して登っていくとアンテナのようなものが目に入る。ヨコスズ尾根との合流点はそのすぐ先だった。
東日原からヨコスズ尾根に取り付くと、下部で長い植林帯を見ながらの登りとなるが、この合流点はちょうど、その植林帯がついえたところだった。
ヨコスズ尾根に入ると一転、歩きやすい新緑の道となる。5月の日差しを背後から受け、明るく爽やかな気分で歩を進められる。
山腹のトラバースを過ぎ、ヤセ尾根に出るとトウゴクミツバツツジが見られ始めた。ブナの新緑とツツジの濃紫、バックには青空と長沢背稜の山並み、5月の奥多摩の一番いい風景である。
緩やかに高度を上げる。樹林越しに東側の山々も望めた。ヨコスズ尾根は若干、木の伐採が入り眺めがよくなったようである。登山道脇に、伐採した木々が横になっているところもあった。
やがてシロヤシオも出てきた。花数はそう多くはないが、木によっては満開で、清楚な白花を鈴なりにつけている。しかしやはり、9年前の5月4週に歩いたときに比べ、開花のペースはたしかに1週間分の遅さがある。
自然のサイクルとは本当に不思議なものだ。暖かい年でも寒い年でも、ちゃんと帳尻を合わせて例年通りに開花を迎える。春先に咲くサクラなどは、冬の寒さの影響で開花期が少しずれることはあるが、後発で咲くツツジは、例年ほとんど変わらない気がする。
一杯水に到着する。避難小屋の裏手から三ツドッケを目指す。小屋付近も新緑となっているが、上部に行くほど芽吹きは淡くなる。シロヤシオやトウゴクミツバツツジはほとんど蕾の状態だった。
ひとつピークを越えてヤセ尾根を登り返すと三ツドッケ山頂である。樹林が切られて大展望の頂となってから3度めくらいの登頂か。
雲を被った富士山、緑に包まれた奥多摩や奥武蔵の山々、雲取山方面などぐるり一望する。さらに北側に日光連山方面がうっすらと見えた。今は眺めがいいが、富士山方面だけが開けた樹林の山頂も味があった。
西側の稜線を下る。背丈を越える笹も今は枯れて、見通しのよい尾根道となった。都県界尾根に出て一杯水まで戻る。
仙元峠、蕎麦粒山を目指して尾根を縦走する。一杯水の水場で水を補給する。水の出はほんのちょろちょろで、ペットボトル半分を補給するのにも3分くらいかかった。
檜林を抜けると新緑の瑞々しい広葉樹林となる。ブナが多く壮観だ。長沢背稜や都県界尾根はそう高くない樹木が立ち並び、鬱蒼とした感じはなく、明るい雰囲気の中で重厚感のある新緑が楽しめる。樹林越しだが、秩父方面の眺めも得られるのがいい。
足元にはキジムシロやワチガイソウが群落となっていた。フモトスミレも多く、また距が紫色の白花はオトメスミレだろうか。春も季節が進むと見るスミレの種類もずいぶんと変わってくる。
しかし、シロヤシオはこの稜線伝いにはまだ開花していないようだ。登山道が巻くところでは、なるべく尾根通しのピークに踏み入れてみるが、シロヤシオはことごとく蕾だった。やっぱり1週間早かったことが悔やまれる。しかしこの新緑のすばらしさは、今この時が一番かもしれない。
仙元峠への登りに入る。峠とはいってもピークのひとつである。こちらもブナなどの新緑がまばゆいほどだ。浦山へ下りる踏み跡を見ると、そこそこ歩かれているようだ。自分ももう15年くらい前に登りに取っているが、ほとんど記憶がない。
峠の中央に鎮座していたブナの古木は、無残にも切り裂かれるように倒れていた。雷でも落ちたのだろうか。ただその背後にもう1本の巨木が、峠を守るように屹立している。
尾根をさらに東へ。明るい自然林の道は続く。蕎麦粒山は巻くことも考えていたが、斜面を見たらシロヤシオが開花していたので、やはりピークは通っていくことにする。南面はやはり開花が少し早いようだ。
蕎麦粒山山頂からは日向沢ノ峰から川苔山にかけての稜線が眺められる。手前の斜面にダケカンバのような白い幹の木が浮き出て見えているのが印象的だ。
この先、踊平方面のシロヤシオも気になるが、そこから大丹波方面の登山道はいまだに通行禁止になっているので、今日は鳥屋戸尾根を下る。
蕎麦粒山から直線状の登山道を急降下。斜面にはスズタケが根こそぎ倒れていた。今年降った大雪の仕業なのだろうか。退化著しい奥多摩のスズタケも、これで姿を消してしまいそうだ。
15年前は三ツドッケほか、仙元峠から蕎麦粒山にかけての稜線は笹の海で、登山道を探し歩くのも大変なこともあった。当時に比べると、今の日原川北岸の山は格段に歩きやすくなっている。
鳥屋戸尾根は西側に広葉樹、東側に檜の植林という状態が続く。尾根は幅広く、登山道は植林帯側に沿ってつけられているので、広葉樹林帯からは少し距離を置いて歩くことになる。しかし、その広葉樹林側にシロヤシオがたくさん花をつけていた。登山道を外れそちら側を歩くことにする。
ちょっとしたコブに立つとシロヤシオが満開だった。そのコブには、立ち木にテープで「長尾山 1339m」という文字が書かれていた。
その先もシロヤシオは続く。またトウゴクミツバツツジも随所で満開になっていた。こちらを下山コースにしてよかった。5月3週はヨコスズ尾根や鳥屋戸尾根、次の5月4週が都県界尾根でシロヤシオやトウゴクミツバツツジは花期を迎えるようだ。
調子に乗って写真を撮り続けていたため、予定の時間をかなりオーバーしてしまった。このままでは16時台のバスに間に合うか微妙である。塩地ノ頭(1280m圏)への登り返しは疲れた体にはかなりきつく、予定外の休憩を取ってしまった。
そこから緩い下りを経て笙ノ岩山へ達する。少しの休憩の後、川乗橋に向けてひたすら下山する。ロープの張られた急な下りは慎重を要する。が、塩地ノ頭以降花が見られなくなったのが幸いしたようで、バス発車時刻から2分ほどの遅れで下山できそうだ。バスは混雑で遅れて到着すると予想するので、ギリギリ間に合うとふんだ。
川乗林道に下り立つ。数分歩いて川乗橋バス停の手前30mくらいのところ。バスはちょうど発車するところだった。
間に合った、とホッとしたのもつかの間、バスの乗客を誘導する人が自分の存在に気づいてくれず、ドアを閉められバスは発車してしまった。しばし呆然。次のバスは1時間後である。
もう歩いて奥多摩駅に下るしかない、と観念し車道を歩き出す。しばらくして、後ろから軽バンが近づいてきた。さっきの乗客誘導の人の車だった。自分を見逃していたことを申し訳なく思ってくれたのか、駅まで乗せてくれた。
乗り遅れたおかげでバスの運賃も浮かすことが出来て、おまけにそのバスより早く奥多摩駅に着いてしまった。ラッキーとしか言いようがない。誘導の人に感謝である。
今日は奥多摩の新緑を満喫し、シロヤシオも十分見れた上にバス代も節約でき、大いに満足の1日となった。明日からの仕事も頑張れそうである。