緊急事態宣言中で、東京では今回も自粛している登山者が多い中、自分はどうもブレーキがきかない。天気がよくなければ巣籠りを決めていたが、晴れの予報につられて今週も出かけてしまった。
東日原から都県境尾根を歩く、春の定番コースである。シロヤシオはまだ少し早いか、見られれば儲けものだろう。
東日原地区は一昨年の台風被害で県道が崩壊し、昨年7月にようやく復旧した。自分は2年ぶりの訪問となる。
新緑のヨコスズ尾根 [ 拡大]
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感染リスクを少しでも小さくするため、電車に長時間乗るのは避けたいのでマイカー利用とする。東日原にも駐車場があるが、今回は縦走したいため、奥多摩地区の麓の駐車場に車を停めてから電車・バスで東日原までアプローチすることにした。
朝5時台、鳩ノ巣駅裏の駐車場に到着。奥多摩地区の観光駐車場は、人流を抑えるために多くが閉鎖されているが、ここは利用可能だ。多くのマイカー登山者はその情報を得ていたようで、早朝にもかかわらず20台ほど停められる駐車場はすでに半分ほど埋まっていた。
青梅線を2駅で奥多摩駅、東日原行きのバスに乗る。朝一番のバス便だが、座席は8割ほど埋まる。ほとんどが川乗橋で下りた。今日の川苔山は混雑しそうだ。東日原では数人が下車。久しぶりに来たこの地は、特に以前と変わったところはなかった。日原の住宅地と奥山を前景に、青空と高い雲が気持ちよい。
民家の貼りつく斜面を登っていく。檜林の薄暗い中、もくもくと高度を上げる。やがて片側が新緑となり、直線状の山腹道となる。いかにも奥多摩の登山道という感じがする。
アンテナ施設のある見通尾根合流点で少し休憩し、先を行く。ヨコスズ尾根は瑞々しい新緑の道になっていた。ブナやミズナラの大木、トウゴクミツバツツジも咲き始めている。遠くにはまだ芽吹いていない長沢背稜の稜線が見えている。冬の時期、低山から見上げる奥多摩の稜線はずいぶん高く感じるものだが、今はもう手の届くところにある。
ヤマザクラの白が青空に映えている。その少し先にまた白い花。シロヤシオがもう咲いていた。一杯水まであと30分くらいの所で、道の両側に一本ずつ。確か前来た時もここは先んじて開花していたと思う。5月上旬というのは、ここ奥多摩でシロヤシオを見られるかどうか微妙な時期である。今年の春は途中で寒の戻りもあったにせよ、全体的には順調に季節は進んだようだ。開花は早い年に入るだろう。
「これは何の花ですか?」と後から来た人に声をかけられた。一杯水避難小屋に着いた時にいたもう一人の人も、シロヤシオのことは知らなかった。
今の時期ならシロヤシオを見ることがここを歩く大きな目的になるのに、そうでない登山者もかなりいる。ネットの山行報告を見ても、スミレを「花が咲いてます」くらいしか書いてなかったり、ミズナラの写真に「ブナの新緑がきれい」とのコメントを添えている記録など、けっこうある。
たしかに自分も、登山を初めて5年くらいは、ツツジはツツジ、と言うくらいの知識しかなかった。まあ花に興味なくても、今の季節はどこを歩いても気持ちがいいので、いろんな人がいるものだ。
避難小屋の裏手から直登する。この辺りまで高度を上げると芽吹いていない木も多い。モミなどの針葉樹も見られ、山の雰囲気は変わる。
小さなピークを登り下りして、三ツドッケに登頂する。先ほどの二人もいて、滞頂の20分間、山の話に花が咲いた。山でこれだけ長時間会話したのは久しぶりかもしれない。
晴れてはいるが、気温が高くもや気味で、富士山は見えない。
西側に下りて、都県境尾根の縦走に入る。車のある鳩ノ巣駅まで、さあ果たして歩ききれるだろうか。
一杯水避難小屋を通過。登山道は尾根の背の少し南側につけられている。前回はブナ大木の多い尾根の背を歩いたが、今日は素直に登山道を辿る。ハウチワカエデが葉も開いてないのに赤い花をぶら下げている。ワチガイソウがこの間歩いた時と同じ場所で見られた。
千手観音ブナの近くで、ブナの葉にピンク色の虫こぶが宿っていだ。これも前回見ている。たぶん同じ場所だろう。こんなものまで毎年同じ場所に生を受けているのか、自然の不可思議さ、奥深さである。
仙元峠への登りで尾根筋に入る。それほど急ではないのだが、思いのほかきつい。祠のある仙元峠は、峠といっても山の上。静寂に包まれた奥多摩でもおすすめの山だ。埼玉県の浦山に下る道が伸びているが、久しぶりにここも歩いてみたいものだ。
穏やかな尾根道を歩いて蕎麦粒山へ。スズタケは完全に姿を消してしまった。
スズタケなどササの多くは数十年に一度、一斉に花を咲かせ、枯れてしまう。鹿の餌にもなるらしいので、山からスズタケが消えて、鹿も少しは頭数が減ったのだろうか。
一時は、このままでは奥多摩の山は鹿だらけになってしまうのではと思うほど増えていたが、最近は見かける回数も少し減っている気がする。
蕎麦粒山に着く。ヨコスズ尾根でシロヤシオが見られたので、このまま鳥屋戸尾根を歩いていけばおそらくシロヤシオが見られる。心が動いたが、ここは初志貫徹でまだ縦走を続けることにする。
しかし、蕎麦粒山から眺める川苔山はまだかなり距離があり、アップダウンもきつそうだ。しかしもう行くしかないだろう。
急坂を下り、壁のような斜面を登り返す。日当たりのいい場所にはフイリフモトスミレがそこかしこに咲いている。登りついたピークには桂谷ノ峰の表示があった。
気持ちの良い防火帯の尾根を緩やかに下って登り、有間山への分岐。ここにはオハヤシの頭と書かれている。さらに棒ノ折山からの登山道が合流すると、日向沢の峰となる。
このあたりから再び、シロヤシオが見られるようになった。踊平前後の尾根筋にはもう、かなりの数のシロヤシオが開花している。満開時はもっとすごいのだが、5月上旬でここまで花が見られるのは意外だ。
隠れていた太陽が久しぶりに顔を出し、シロヤシオの白を際立たせてくれた。
横ヶ谷平への登り返しがきつい。下の方に川乗林道が伸びてきており、バイクの姿が見えた。林道を歩いて川乗橋、というコースもエスケープルートとしてよさそうなのだが、さっき鳥屋戸尾根を選択しなかったため、今さら林道で下山するわけにはいかない。
踊平のシロヤシオを見るには、この林道を使うか、または川井駅からバスで奥茶屋まで行き、大丹波林道を歩いてこの尾根に登るのが近いのだが、崩落していていまだに通行止めになっている。
さらにその先の川苔山の肩への登り。体力的にもうめいっぱいなところに、古里駅・鳩ノ巣駅の標識のある道が合流する。これを行けば、山頂を経由せずこのまま下山できる。すごく迷ったが、誘惑を断ち切りさらに登る。シロヤシオに目をくれる余裕はもうなくなっていた。
5年前に同じコースを歩いた時と比べても、ここまでずいぶん時間オーバーしている。今日は車利用でいつもより1本早いバスを使えたので、その分(1時間)の貯金があるのだが、このままだとそれも使い切ってしまいそうなスローペースである。
川苔山の肩を経て、本日最後のピーク、川苔山へ。雲取山とともに、今日最初に登った三ツドッケの3つのコブがよく見える。三ツドッケから4時間近くかけて、都県境尾根から回り込むようにここまでやってきたことが、この眺めからよくわかる。
もう3時近くなるが、登ってくる登山者まだいる。やはり今日の川苔山はかなり混雑したのだろう。
いよいよ下山。朝車を置いていた鳩ノ巣駅目指して、ひたすら下る。
登山道は始めの10分くらいは新緑の中だが、やがて人工林下の単調な下りとなる。小さな枝尾根を乗っ越しながら山腹を巻いていく行程が何度も繰り返される。少し前に見た景色がまた出てくるので、もしかしたらこの道はループしているのではないかと心配になるくらいだ。
隣の赤杭尾根は途中で春の花が咲く場所や、小ピークで休憩できたりして幾分か紛れがあるのだが、こちら鳩ノ巣道はそういうのがほとんどない。心待ちにしていた林道がようやく左手に見え始め、それを横断、大根ノ山ノ神で最後の休憩をとる。
最後のワンピッチ。木の根の浮き出た登山道に、足を引っかけないように慎重に下る。しかしもう下半身がいうことを聞かなくなっている。足が棒のようになるというのは、こういう感覚を言うのだろう。
棚沢の集落に下り立ち、もう5時になるところでようやく、鳩ノ巣駅下の駐車場に到達。何とか歩き切れたが、この体力の落ち具合からすると、今後同じコースを歩くときは、下山時に日が暮れないようにもっと早出する必要がありそうだ。日の短い晩秋はもう無理っぽい。
最後は体力の低下を実感してしまったが、ブナの新緑やシロヤシオを十分に見ることができて、満足のいく1日になってくれた。