4月上旬、春爛漫というにはまだ少し早いが、花が咲き芽吹きの始まる秩父の山に出かける。
奥武蔵の山域のうち北のほう、荒川流域の部分を外秩父と呼ぶことが多く、南部の雰囲気とは少し趣を異にする。大霧山・堂平山・笠山のいわゆる「比企三山」は、白石地区を取り囲むようにぐるりと馬蹄形の尾根でつながっている。
今日は欲張ってこの三山を縦走する。
笠山をバックに、栗和田集落の桜並木が広がる
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東武鉄道、そして小川町駅発ののバスから見る奥武蔵の山稜は、低いところではすでに芽吹きが始まっていた。山肌が様々な無数の色で彩られる、今の時期ならではの眺めである。
橋場バス停から歩き始める。川沿いはソメイヨシノが咲き残っていた。見上げる山上の集落にはツツジや桃の花が鮮やかだ。
車道を上っていく。「世界一小さな釣り堀り」の看板があるところで左手が大きく開け、笠山をバックにソメイヨシノ満開の山里の眺めが得られた。その先の民間沿いもミツバツツジが咲いている。どうやらショートカットしていく道を見逃したようで、車道を大きく回り込むことになった。けれどそのおかげで、最初からいい景色を拝むことができたので、得をした気分だ。
栗和田の集落から未舗装の道となる。満開のソメイヨシノのトンネルをくぐると、桃の花越しに大霧山直下の牧草地が見えてきた。少し前まで白・茶色や灰色だけのモノトーン調だった山や里は、今は日が経つにつれて構成する色の数がどんどん増えていくようである。
いったん車道に出て、切り通しの粥新田峠(かいにたとうげ)に到着する。このあたりの桜の満開はこれからだ。周囲の低木は芽吹きが始まっていて、薄緑の小さな葉っぱがあちこちできらめいていた。
山頂目指して雑木林の登りを行く。標高767mの頂上のすぐ下のあたりまで、芽吹きは届いていた。西側が大きく開けた大霧山山頂に着く。少し霞んではいるが、今日はぐるりといろいろな山が見える。奥多摩、奥秩父の山を始め、両神山の後ろに白い頭だけを出しているのは八ヶ岳だ。さらに西上州、浅間山、遠くは草津白根山、谷川連峰、奥日光の山などの雪山がすべて、白いラインでつながっているように見えた。
先は長いので早々に出発する。山頂から牧草地付近までの稜線は明るくて眺めがよい。ヒナスミレ、エイザンスミレ、タチツボスミレを見る。シュンランも見られた。鉄線で仕切られた牧草地の先には笠山の特徴ある姿が大きい。
旧定峰峠で秩父・定峰側への下山路を分ける。道はこの先、植林帯の下を歩くのが優勢になってくる。通常の指導標に合わせて、外秩父七峰縦走用の案内標が多く立てられている。自分も6年前に参加したこのハイキング大会は、全長42キロの長丁場。この比企三山を中心にコース設定されている。今年は来週の20日に行われる予定だ。
登山者の姿が増えてきた。途中のピークである701m点手前には大きな岩が立ち並んでおり、「獅子岩」という標柱が立っていた。
下りの道が続き、茶店の立つ定峰峠に到着。静かな山道から一転、多くの人で賑わう峠に下り立ち、さながら旅人の気分である。休憩所には登山者もいるが、バイクや自転車の人が多い。車で上がってきている人もいる。このあたりは桜の木が多く、今はまだ4~5分咲きといったところか。
茶屋の裏手の急坂にとりつく。ここの登りは長く、傾斜もきつい。山腹を見下ろすと、日陰にまだ雪が残っているのに驚く。奥多摩や秩父の標高1000m以下の山では、尾根筋の雪は完全に消えているのだが、谷間や日差しの届きにくい場所なら残雪はありそうだ。毎年通っている低山であっても、しばらくはコースの選び方にまだ注意が必要である。
高度を上げ、これから行く堂平山に近い標高まで登ってきた。白石峠へ下る道を見送って、この先の874mピークを目指して直進する。アンテナ施設がピークの台地をほとんど占拠しているので味気ないが、南側の眺めが得られた。暖かい場所なので少し休憩する。
今度は白石峠まで急降下。木の階段がわずらわしく、注意して下らないと踏み外して怪我しそうである。車道の通る白石峠もまた、自転車の人が多く休んでいた。なおこの車道はこの先、大野峠~刈場坂峠間が積雪のため通行止めになっているようだ。
再び山道に入る。剣ヶ峰、堂平山とも標高876mで、さっき下ってきた分をそっくりそのまま登り返すことになる。このあたりの木々はまだ芽吹き前。木の枝越しに両神山が再び見えてくる。剣ヶ峰を越えると行き交う人もぐっと増えてきた。
車道に出たり登山道に戻ったりを繰り返し、天文台の立つ堂平山に立つ。日当たりのいい草地で、大勢の人が休憩していた。
天文台の柵の中は、今は自由に出入りできるようになっていて、食堂も営業している。窓枠に布団が何枚も干されていて、生活の臭いが感じられるのが興味深い。堂平山は夜も登る人が多いようだ。天文台があるくらいだから星空もきれいだろう。
そしてこの山のもうひとつの顔である、パラグライダーの発着地がこの先の芝地にある。展望もよく、大霧山から歩いてきた尾根が手に取るようにわかる。牧草地のことを「あれはゴルフ場かな?」と言う人がいた。
行程も3分の2を過ぎた。堂平山から緩く下っていく。植林沿いにつけられている旧道から新道が分岐していた。こちらは明るい広葉樹なのでいい。少し下るとカタクリの群生地もあった。
笠山峠で車道を横断し、最後の登りに入る。今まで歩いてきた山と違って、信仰の山である笠山は杉林に覆われた荘厳な雰囲気である。アシビの木を見ると笠山西峰に到着。思った以上にアップダウンが多かったが、何とか三山を歩きつなぐことができた。神社のある東峰を往復してから下山に入る。
皆谷への下りは、自然林が多く気分のいい所だ。ジグザグの北斜面の下りでは、カタクリが少し咲き始めていた。ひっそりと咲いているが、冬のようなモノクロの地にピンク色の花が初々しい。
高度を落とすにつれ芽吹きの森も復活する。林道を横切ると今日初めて、アケボノスミレを見る。バス停への道を少し外し、雑木林の踏み跡を辿るとシュンランがたくさん咲いていた。
萩ノ平登山口に下り立つ。萩ノ平集落もまた、色とりどりの花で包まれていた。春の奥武蔵の集落はどこも、まるで競うかのように庭先にいっぱいの花を咲かせている。
この時期に歩いたのは6年前の七峰縦走のとき以来なのであまり記憶がなかったが、これほど目を楽しませてくれる登下山地もそうあるものではない。4月上中旬の外秩父はお薦めである。道を歩いていた近所の人に「とてもきれいに咲きましたね」と声をかけたら、お礼を言われた。
彩りの里はこれで終わりではなく、車道をショートカットしていく山道に、カタクリの群落がいくつもあった。さすがに花期は過ぎていたが、今日の最後を締めくくるような風景であった。
国道に出る。出発地の橋場バス停のひとつ先、皆谷バス停が今日の終点である。川沿いに、朝見たソメイヨシノの並木がここまで続いていた。