木道が現れ、道が平坦になるとようやく観光新道と合流、ここからは五葉坂の急な登りとなる。岩場にはイワギキョウが深い青色の花をつけている。ハイマツの中に付けられた岩の道を超えると、やっと室堂ビジターセンター(白山室堂)の前に出た。
白山比咩神社祈祷殿の背後にそびえる白山 |
山荘の中を通っていく。中はひんやりしていてホッとする。受付の付近は宿泊予定者でごった返し、売店も長蛇の列。甘い飲み物が欲しかったが諦める。白山比咩(しらやまひめ)神社の祈祷殿の背後に円弧型の山頂部がデンと構えている。
ここから40分ほどの登り、普段ならここまでの勢いのまま登り始められるのだが今日はもう目いっぱい。やはり暑さに体が参っているのだろう。しかしここまで来て、白山のピークを踏まないわけにもいかない。休み休みでも登っていくことにする。
奥宮を過ぎると広々とした台地で、高山植物観察のグループが散策を楽しんでいる。ハクサンチドリやクロユリが見られたが、今年は雪解けが遅く、いつもならハクサンコザクラのお花畑になるという一角はまだほとんど咲いていない。
道が登りになるとクルマユリやナナカマドの花が斜面を彩る。しかしやはり体力がほとんど残っておらず、少しでも日が遮られそうな草の陰に思わず腰を下ろす。山頂に立つ人が見えるがまだはるか上である。こんなに疲れたのはいつ以来だろう。あの荒沢岳の辛い下りを思い出す。
他の登山者にどんどん抜かれながらも何とか、白山山頂の社を目の前にする。岩を越えて白山御前峰に到達。室堂から1時間かかった。
白山の火口跡とエメラルドグリーンの火口湖をすぐ下に見下ろす。そして360度の眺めは素晴らしく、今まで見えなかった岐阜県側の眺めが新鮮だ。すぐ近くの荒々しい山肌は三方崩山、その奥にわずかに覗くのは白水湖か。遠くには北アルプスのおそらく剱岳だろう、ピラミダルな三角形がよく見える。乗鞍岳、御嶽山も雲海の上だ。
標高2700mの地も、今日ばかりは涼しさを感じることもなく、西に傾き始めた太陽の光がただ眩しい。苦労して登頂したがさすがに時間が気になる。もう4時を過ぎているのにこれからテントのある南竜まで下らなければならないのだ。日が長いのでヘッドランプのお世話にはならずに済みそうだとは言え、ちょっと気が滅入る。
室堂に下り、ジュースを買っていく。今から南竜に下っても小屋の売店はやっていないはずなのでここでビールも調達する。足がつりそうになり、日陰で休憩する。
登山口で偶然会ったcyu2さんに再会する。話をしていると、自分が今回キャンセル待ちを狙って買うことのできた夜行バスの切符は、cyu2さんがキャンセルした席だったことがわかった。こんな偶然もあるのだと、お互いびっくりである。cyu2さんは新幹線で前日に現地入りしたとのことだが、バスをキャンセルしてくれなかったら自分は今回白山に登ることができなかったわけである。
南竜へは展望歩道を下ることにする。最短距離ではないが、尾根の東側に付けられているため、今の時間なら日差しが遮られそうだ。室堂から東に向かい、平瀬分岐で南下していく。ブナの多い平瀬ルートも今度、ぜひ歩いてみたい。
しばらくはハイマツの海を漕ぐように進む。他の登山道と比べてやはり雰囲気が少し違う。今までの道は歩きやすいようにかなりの整備が入っていたが、展望歩道はそれほどでもなく、百名山でない一般の登山道程度であるため、いい意味で歩くことに集中できる。
別山をバックに、眼下にオオシラビソの森が広がっている。白山は室堂付近の植生に代表されるように、森林限界上の伸びやかな高山帯というイメージが強いのだが、山域の中心となる標高2000mの上下200mくらいはオオシラビソがきれいに分布しており、これも白山の魅力のひとつのように思う。南竜から別山に至る稜線も、尾根の背のすぐ下あたりまではオオシラビソの森になっている。
新潟や山形の山のように、針葉樹林が欠落した偽高山帯のような部分も見られず、同じ日本海側でも雰囲気はずいぶん違う。
なお、オオシラビソはアオモリトドマツの別名もあるように、主に東北地方の日本海側に多く見られ、太平洋型気候の高山で多く見られる針葉樹はコメツガやシラビソとなる。日本でのオオシラビソの西限地はここ白山であり、白山はそういうことからも日本の山岳の気候・植生的な分水嶺と言えるだろう。
ややきつい下りを終えるとアルプス展望台に着く。白山山頂と同様、東側の眺めが開け、確かに北アルプスの稜線が一直線だ。槍ヶ岳など飛騨の山は雲に隠れているが、北方の剱、白馬などがよく見える。
白山の登山道は暑さで苦しめられたが、北アルプスの稜線歩きは快適だっただろう。東北地方より北は天気が良くなかったと思われるので、今日はアルプス山系が日本で唯一の避暑地であり、登山者は国内で快適な1日を過ごせた数少ない人たちだったと思われる。
展望歩道は高山植物も多く、今まで見られなかったカライトソウやヤマハハコが見られ、コバイケイソウ、ニッコウキスゲもあちこちに群落を作っている。高度を落とすとオオシラビソ林に入る。葉の上に3cmほどの大きな実をいくつもつけておりかなり重たそうだ。枝や葉がよく持ちこたえているものだと感心する。
6時近くになりやや薄暗くなる中、南竜のテント場が見えて来た。今日の長い行程もようやく終了かと思われたが、テント場は見え続けていながらなかなか近づかない。10mほどの雪渓を横断する。テント場は自分の目線より上になってしまうも、まだ距離はある。
木道が現れ、最後は緩やかな登りを交えて南竜小屋に着く。テント場には6時半の帰還となった。こんな時間に到着してテント設営している人が何人もいる。テント場はかなりの混雑となっていた。北アルプス雲ノ平のテント場に似た、開放的で広々とした場所なので人気はあるだろう。白山との間は距離があり標高差も大きいので、どちらかといえはここは白山登山というより、別山や三ノ峰への縦走の拠点として利用価値が高い。
のんびりする暇もなくすぐに夕食を作って食べる。すっかり暗くなり、横になっているうちにいつの間にか眠ってしまった。
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朝4時過ぎに起床。昨日の疲れは思った以上に取れていた。これなら別山縦走は予定通り行けそうである。
太陽が顔を出すまでの間、今回初めて長袖シャツを着る。テントを撤収し出発する。
テント場を奥まで歩き、最奥のケビン横から別山への登山道に合流する。木道を歩いていくと下りになる。白山登山道の上部から別山方面を見るとこの谷は見えず、南竜からそのままのぼりが始まるように見えるが、実際は標高2000m赤谷まで標高差80mほどを下る。
赤谷の手前では、20mほどの雪渓があった。そのまま下れそうに見えたが、朝早く雪が硬かったので4本爪アイゼンを使う。ここは日陰の時間が多そうな上、冬は白山からの吹き降ろしの風も強そうだ。風の強い場所は吹き溜まりができやすく、春夏の雪解けが遅れるという。
水の流れる赤谷からは一転、登りとなる。日の当たる場所に出ると昨日の暑い登山道の続きとなった。今日の行程で最大の登りだというので頑張る。油坂ノ頭までは眺めのいい草原状で、ここにも残雪があったが、登りのためさほど危険はない。
油坂というのは油こぼしの坂という意味だろうか。昔はヘッドランプ代わりに油を照明にして登っていたが、あまりの急坂で持っていた油がこぼれてしまうようなところを油こぼしと言って、各地の山で見かける名前だ。
高度を上げるほどに展望が広がり、振り返ると白山、左手には一面の雲海の上に一直線北アルプス、そして御嶽山が姿を現していた。油坂ノ頭は狭いがニッコウキスゲやハクサンフウロなど、花いっぱいの頂たっだ。そしてここから眺める白山、別山への尾根道も伸びやかで素晴らしい。