1か月半ぶりに東京を脱し、茨城県の低山に登る。
県中部、筑波山や加波山の東方に標高500mの山稜が伸びている。愛宕山から難台山(なんだいさん)、吾国山(わがくにさん)にかけて縦走路が整備されており、距離は長いがJRの駅が発着点となる。東京都内から出かけても2時間と少しで、意外と近い。
春もみじ色の縦走路
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この日は平日、常磐線は取手から水戸間が通勤・通学で混雑し、座れなかった。こんな早い時間から出勤しているのか。
岩間駅で下車。駅を出ると正面に、桜の白や芽吹きの萌黄色で彩られた愛宕山がよく見える。静かな住宅地を通り、時折ある案内板に従って緩く登っていく。結婚式場の白い建物のすぐ先に愛宕山の登山口があった。
暗い樹林帯を抜けると再び車道。広い駐車場と公園風の草地があり、花の盛りを少し過ぎたソメイヨシノが何本も植えられていた。
雑木林の土の道を少し登るとまたしても車道。振り返ると茨城の広い平野が眼下にあった。ここからは車道と分かれて登山道を登っていくはずなのだが、案内板を見てもどの方向に道があるのか、わかりづらい。駐車場の奥、あずまやの先に上がってみると登山道が続いていた。
右手の急斜面に石の階段が上がっている。ここが参道だろう。登り始めるとこれが長い階段で、おそらく200~300段はありそうだ。神社特有の急傾斜の階段である。愛宕山神社というと、奥多摩駅から大岳山に登る最初の山を連想するが、あそこも五重塔の立つ境内に上がるのに数100段の急階段を登る。偶然の一致とは思うが、よく似ている。
息を切らしながら上りきるとそこは愛宕山神社で、山頂もこのあたりらしい。立派な社殿が建っており、厳かな雰囲気がある。展望台からの眺めも素晴らしい。ただ東側に面しているため山はなく、平地と地平線しか見えない眺めだ。
西の方向へ、再び石段を下る。こちらはそう急ではない。下り着くと一気に開け、広い駐車場になっていた。快晴の青空がまぶしい。愛宕山は一帯が公園化されており、休憩所やトイレ、キャンプ場もあり、桜を見に車で簡単に来れる。この日も平日ながら地元と思われる人がけっこう上がってきていた。園地化された舗装道路をしばらく進む。足元にはタチツボスミレが日当たりのいいところを中心に咲き
競っている。ソメイヨシノに混ざってヤマザクラも多い。ほかに毛虫のような花穂を垂らしたシデの木もあちこちにある。スカイロッジという建物を見て、乗越峠を過ぎしばらく舗装道路進むと、「愛宕吾国ハイキングコース」の入り口があった。
幅広で平坦な、明るい林間の道となる。ちょっと脇道にそれると見晴らしの丘という展望所があった。樹林に囲まれているが開放的で、暖かな草地である。サクラの淡いピンク色が周囲を明るくしている。
木々はどんどん芽吹きが進んでいるが、まだのものも多く、空が広い。落葉樹の樹種はイヌシデ、イロハモミジ、クロモジ、コナラ、クヌギ、アカシデ、そしてサクラ類である。花をつけているホオノキも少しだがあった。サクラの中ではヤマザクラが多い。開花と同時に赤茶色の葉を出しているため、全体の林冠が赤らんでいる。
その他の萌黄色の新葉とあいまって、一帯は芽吹きのグラデーションが鮮やかだ。紅葉の季節よりも、色彩のバリエーションはずっと多い。
林床にはタチツボスミレが多いが、ニオイタチツボスミレ、フモトスミレも顔を出していた。そしてミミガタテンナンショウがあちこちで群落を作っている。単独で茎をのばしているのを見ることが多いので、このように群れ固まっているとちょっと不気味である。
着いたところは南山展望台。櫓の上に上がると目線の位置に満開のヤマザクラ、その向こうに歩いてきた山稜と愛宕山がよく見える。
やがて道は片側に檜林を見ながらゆるゆると高度を下げ、車道の横切る団子石峠に出た。ここからは登り返しとなり、難台山へは標高差200m以上の急登である。
明るい斜面にまたミミガタテンナンショウの群落、と思ったら今度はウラシマソウだった。葉を日傘のようにして、10本ぐらい固まっている。貴重な山野草だがミミガタテンナンショウよりさらにグロテスクである。つるのような長い花の先端部は、浦島太郎が持つ釣り竿の釣り糸に見立てたとも言われている。ミミガタテンナンショウと同じサトイモ科・テンナンショウ属なので、これが多い山はウラシマソウも住みやすいのだろう。
直登道が長く続き、低山ながら大変である。少し傾斜が弱まったところは大福山と書かれた山名板がかかっていた。ただし標高413mの表示は厳密には間違いと思われ、さっき通過したコブが413mである。
大福山からも、少しは落ち着いたがまだ長い登りが待っていた。ところどころで大岩を見る。茨城の山は筑波山、加波山など何故か巨岩の目立つ山が多い。竪破山も同様だ。加波山麓には御影石の採石地もある。
標高を上げ樹林の種類が少し変わり、芽吹きも少なくなってきた。展望盤のある小広い平坦地に出ると、そこが難台山の山頂だった。イヌシデの巨木がある。樹林に囲まれているが、西に筑波山がよく見える。加波山の稜線上にある風力発電のプロペラも見えた。気持ちのいい山頂である。
今日の目的のひとつは、吾国山のカタクリ保護地と、そこにあるブナを見ることだが、この難台山の北斜面にもブナがあるとのことだ。山頂からの下りで注意してみていると、しばらく下ったところの西側斜面にあった。
多くはなく、見える範囲では3本程度である。しかしどれもなかなか立派ないでたちだ。まだ芽吹いてはいなかった。
伸びやかな尾根道は続くが、何しろ小さなアップダウンが多く、骨が折れる。標高差200mの上下でも、気温が変化するのが肌でわかる。下っていくとヤマツツジが見られ、木のない斜面にはアオキが背を伸ばしていた。この辺りは樹林がなくなるとアオキなどの照葉樹がいちはやく根付き、占有しそうである。
シデはアカシデ、イヌシデが多くみられるが、黒っぽい花穂を垂らしたものもあった。おそらくクマシデだろう。シデ三兄弟が揃ったことになる。
道祖神峠で再び舗装道路を横切る。洗心館という建物があったが今は営業していない。吾国山への登りも急だが、さっきの難台山ほどではない。20分くらいで人工林を抜け、山頂近くなるとここにもブナがあった。林冠は芽吹いており花をつけている。石塁と社のある場所が吾国山山頂だった。
山頂はこの建造物で占められており、石塁の中のベンチで休憩する。筑波山、加波山や、北方には奥日光の雪山も望め、展望はなかなかいい。北東側に見える雪の山稜は安達太良、吾妻方面だろうか。
眼下には春もみじ色の斜面越しに山麓ののどかな田園風景が広がっている。北関東自動車道を走る車列も見える。いい山である。
自分と同じか、少し下の年齢の女性グループが軽装、または軽身でやってきた。地元の人たちだろう。平日の山は主婦の社交場になっている。
山頂を下りると、すぐ先にカタクリ群生地があった。花期はやや過ぎたが花数が多く、ピンクの絨毯状になっていて圧巻である。関東でも有数の群生地といっていいだろう。
花よりも目を惹いたのが、群生地を取り囲むように立つブナの巨木たちである。直径1mは軽く超えていそうな老樹が何本も、カタクリを見守るように立っている。うち1本は枝部分が何か所も切られ、アガリコのようになっていた。明治、いやそのもっと前から人とかかわりを持ち続け歴史を生きてきたブナであろう。
吾国山のカタクリ群生地がこんな大規模だとは思わなかったし、これほどの見ごたえあるブナ巨樹が見られるとは想定外だった。事前に読んでいた山行記録の内容はどれもカタクリばかりで、ブナのことは軽く触れている程度だ。これほど存在感のあるブナが目に入らない人はいないだろうが、やはりカタクリにまず目がいくのだろう。
自分が吾国山で、カタクリよりもブナに感動したと言ったら、奇妙な人と思われるかもしれない。
保護地を後にし、福原駅に向けて下山路に入る。ブナ林は保護地より下では北方向に範囲を広げていたが、登山道はそれていく。
葉を出したイヌブナがあったが1本のみだ。時々目にする丁目石が、古くから歩かれてきた参道であることを物語っている。
平凡な人工林の斜面に移り、やがて田畑の広がる登山口に下り立った。登り始めの愛宕山付近の雰囲気とはまるで違う、田舎の土のにおいがする土地である。
10分ほどで人家の建つ車道となり、あとは福原駅まで歩くのみ。北関東自動車道をくぐり、初夏の陽気の中、水戸線の福原駅に到着した。
6時間を超える歩きとなったが、春の明るい山を縦走した充実感で満たされた1日となった。吾国山のブナはこれからも見にきたい。