翌朝、テント場は霜が下りているところもあった。妙高・火打の山は中部山岳の中でも秋、冬の到来が早い。湿原も秋色だ。
青空いっぱいの中、軽身で火打山を目指す。下山地の燕温泉までまだ長い距離を歩くので、サッと往復したい。
天狗の庭付近から見上げる火打山
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溶岩台地に出ると、まだ夏の花がたくさん残っていて驚く。アオノツガザクラ、イワイチョウ、コイワカガミ、そしてハクサンコザクラも今なお群落を作っている。
行く手に火打山を見ながら天狗の庭に下りていくと、池の回りにはワタスゲ。昨日から晩夏から初秋の花をよく見てきたが、ここ火打山付近は雪解けが遅いこともあろうか、急に季節が戻った感じだ。8年前の7月中旬に登ったときと花の顔ぶれがさほど変わらない。天狗の庭の花はさらにイワショウブ、ヨツバシオガマ、ウメバチソウと続く。
朝早く、湿地帯にはまだ日が差していないため写真は火打山から下ってきてからにする。右手の尾根に取り付く。残雪がまだ見られる斜面に、ハクサンコザクラが大群落。ヤナギランも咲き残っていた。高原の雰囲気漂う爽快な稜線だが、風によって根から曲がったダケカンバが固まって生えていたり、笹の高さが場所によっては自分の背丈くらいあったりと、ちょっと不思議な景観だ。
雷鳥平を過ぎて山頂が一段と近づく。振り返れば妙高山に後光が差して神々しい。ご来光がきれいだったと、早起きグループが下りてきた。山頂直下の斜面にはウサギギクが群れて咲いている。この花は大群落を形成することはあまりないと思っていたのだが、ここはまるでキンポウゲやシナノキンバイのように斜面を独占するかのようだった。
火打山頂上に到着。360度のパノラマは素晴らしい。気になる焼山も影火打の奥にどっしりと構えている。焼山は登山解禁以来ここ火打山から往復する人も多いが、影火打を越えた後に山一個分下ってまた同じだけ登り返すことになる。往復なら1日がかりとなりそうだ。でもいつかは挑戦したい。
南には北信の山々がそれぞれ大きい。戸隠連峰と高妻山、黒姫山、飯縄山も。3年前登頂を果たした金山や天狗原山もなじみの存在になった。雨飾山はここからだとやけに小さく見える。近くで見るとあれほど存在感のある山なのに、火打山より500mも標高が低いのは意外だ。
今朝は雲の上がるのが早い、妙高山のすぐ隣りには、山と同じくらいの大きさの雲が忍び寄っていた。下っていく途中で、こちらのほうも雲が多くなってきた。天気のよいうちに登頂を果たせてラッキーだった。昨日は黒沢池に泊まらず、頑張って高谷池まで歩いてきてよかったと思う。
天狗の庭で、池に投影する火打山を写真に撮りながらテント場へ急ぐ。
今年の夏山は、体調不良や道迷いなどのトラブル、またひどい悪天にも見舞われずに済むことができたなあなどと、回想にふけながら高谷池に戻った。そんなことを考えたのがいけなかったのかもしれない。火打山の山頂に携帯を忘れてきたのに気がついた。
自分の携帯はソーラー充電式でもあるので、日当たりのよい場所ではついその場に携帯を置いて充電する癖がついている。火打山山頂も充電の格好の場所だったのだ。下山の際そのまま置き忘れてきたわけである。
1時間かけて再度山頂に行くしかない。Uターンしてまた火打山を目指す。幸い、雷鳥平の手前で、携帯を拾ってくれた下山者に会うことができた。登り返しは半分で済んだ。拾った人が焼山に縦走していなくてよかった。
1日のうち、それも午前中に2度火打山に登ったとしたら笑い話である。なお、携帯を忘れてきたのは、北アルプスの双六岳、奥多摩の雲取山に続きこれで3座目である。
テントを撤収して燕温泉に下山となる。予定より1時間遅れてしまった。
今朝笹ヶ峰から登ってきて、明日焼山に登る人がいた。今日は1日ここでゆっくりテント泊して、明日に備えるそうである。自分もいつかはやってやろうと思った。
昨日と同じ道、茶臼山を経て黒沢池へ。ここから燕へ下山の場合、多くの人は大倉乗越を越えて長助池~燕新道コースを行くのだろうか。自分は今回そうせずに、外輪山の三ツ峰を経由してみようと考えた。こちらほうが大きな登り返しがない分だけ楽そうである。
黒沢池ヒュッテから平坦な道が続いていた。長助池コースほどではないが踏み跡もはっきりしていて、普通の登山道と変わらない。山腹を行く樹林下のコースなので単調と言えば単調。危険な場所は皆無である。
外輪山を北側から回り込んでいき、尾根通しになってからはっきりした下りとなる。右手が切れ落ちた崖なので注意が必要だ。若干見通しがよくなるが、空はすでに曇りがちになり妙高山も見えなくなっていた。
道は一転、三ツ峰のピークを目指しての急登だ。ただし距離は短い。前方に同じ外輪山の神奈山がいかつい風体を見せている。なおも稜線を伝って神奈山を越えていく道は関山温泉への下山路となるようだ。
三ツ峰から少し先で、長助池からくる燕新道に下る分岐があった(神奈山分岐)。この下りは短いが、上部はロープがかかった急なガレ場で、通過にはなかなか骨が折れる。
20分ほどの我慢で燕新道に合流する。ベンチに座って息を整える。なお、上から見えていた大倉池は夏遅くなっても水芭蕉が見られるというが、この分岐から長助池寄りに位置しているようで、今回は結局通らなかった。
石がゴロゴロした涸れ沢状の道を下っていくと、黄金清水の水場に着く。冷たくておいしい水だった。
標高を落としていくにつれて気温はうなぎ上りだ。さっきまでいた所とは大気が別物のようだ。高原地の涼しさを改めて実感する。山登りは時空を越えてしまう行為でもある。
ここからしばらくは緩急おり混ぜての下り一方となる。燕新道は越後の山らしく、緑豊かで山深く自然美に満ちあふれていて好ましいが、ぬかるみやギャップの多い道でもある。昨日の燕登山道や笹ヶ峰コースと印象はまるで違う。彫りの深い頚城山域ならではの景観だろう。
ロープの助けも借りながら、急流の大倉沢に下り立った。石や渡された木の枝を頼りに渡渉するしかないが、片足を水に突っ込んでしまった。
大倉沢沿いのコースは岩に赤ペンキで進路を示しているものの、一部わかりにくい部分があって、燕新道を歩くときのひとつのポイントでもある。
この先小さな登り返しもあるが、少しずつ着実に高度を落としていく。でも標高1150mの燕温泉まではまだ標高差400m以上も下らねばならない。
燕登山道の尾根道コースとの合流点、麻平にようやくの到着。ここで2合目、標高1340mである。急坂を下って一合目、その先で燕温泉からの林道に出た。いろいろなものが凝縮された一泊の山旅も終わりが近い。
工事中の吊り橋を渡る手前に河原の湯を示す標識があった。数10m先に白濁の湯が印象的な露天「河原の湯」(混浴)である。昨日の燕登山道の登り出しにあった「黄金の湯」は有名だが、こちら燕新道にも同じような場所にいい露天風呂があるのだ。
登山口に下りつく前にザックを下ろし服を脱いで露天の温泉に浸かる、これは登山者にとって至福の一瞬である。濃い硫黄の臭いも登山の疲れを癒してくれて、「お湯よし、香りよし、湯ざわりよし」の3拍子揃った温泉だった。
体に硫黄の臭いを染み付かせて、あと林道を5分ほど。昨日の登り始めの地点、燕温泉に到着した。昭和の雰囲気を漂わせるいい温泉地である。一度泊まってもいいと思った。
今日は世間ではお盆期間の最終日となっている。Uターンラッシュは前の日までがピークだったはず。
また、山頂に携帯を忘れて下山時間が後ろにずれたのが幸いしたか、結果的に高速の渋滞にもあまり巻き込まれずに、4時間をかけての帰京は比較的スムーズだった。