高柄山は、標高の割には山が深く登りがいがある。中央線に沿うように伸びる稜線の東末端に位置しており、山稜が平地に没する部分では尾根は褶曲して小さなコブが連続するので、登山は思った以上に体力を使う。
数ある高柄山の登山道のうち、今回は東稜を登ることにする。バリエーションルートのひとつで、ヤブや分かりにくい部分もあるとのことだが、一般登山道も含め高柄山の中では最短ルートのようである。
ホウジ丸山頂から、丹沢山塊を望む
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上野原駅から無生野行きのバスに乗る。上野原駅北口のバス発着場は狭く、隣に停まっている日大明誠高行きが出てくれないと発車することができない。
その学生をたくさん乗せたバスは何かの事情で発車が大幅にずれ込んでおり、こちらもとばっちりを食って発車が遅れた。そんな上野原駅も南口の改築工事が終われば、窮屈さが少しは解消されるかもしれない。
なおこの日大明誠高は、1970年代の青春TVドラマ「飛び出せ!青春」の舞台となったことで有名だ。「太陽学園」は、この高校の校舎を使っていたらしい。ドラマに出てくる風景の多くは上野原市で撮影され、上野原駅や四方津駅も映っていたということだ。自分も毎回ドラマを見ていたが、山に登り始めて上野原駅や四方津駅にたびたび訪れるようになっても、ドラマを思い出すことはなかった。しかし、四方津駅の素朴な駅舎を見て何か懐かしげな印象を抱いたので、映像が潜在的に脳裏に焼きついていたのかもしれない。
それにしても、ゴールデンタイムに放映されていたドラマがこんなところでロケしていたかと思うと、少々びっくりである。少なくとも今よりずっと田舎だったろうから、スタッフや俳優さんは移動が大変だったことだろう。
落合入口でバスを降り、もう一本の車道に入る。民家の庭は梅がそろそろ終わりで、ふきのとうもずいぶんトウが立っていた。川沿いはフサザクラやダンコウバイ、足元にはタチツボスミレも咲き始めている。
青空は明るいもののやや霞み気味で、雰囲気的には春である。ただ気温は少し低い。
金山トンネルの手前で右に折れ、林道に入る。やや下って登り返したところ、枯れ気味の小沢の手前で山側に踏み跡が伸びていた。ここが東稜の取り付き口である。事前に情報を得ていないと間違いなく通り過ぎてしまう。
踏み跡を30メートルほど進むと、今度は右手前に戻るように登りの踏み跡があり、ここにはテープがついていた。ここを誤らなければ、あとはそう迷いやすいところはなさそう。これも前もっての情報だ。なおこの登りは距離は短いが、急登で右手が切れ落ちているので、ちょっとした注意が必要だ。
ややヤブっぽいところを通過して支尾根に上がる。杉や檜もあるが、自然林が多い。右手のピークは左から巻き、ザレた斜面を慎重に歩く。振り返ると秋山地区の民家や畑がかなり下に見え、もうずいぶん高度を上げたとわかる。このあたりで方向は西向きに変わり、すでに東稜に入っているようだ。
そこかしこにダンコウバイが咲き、まだモノトーンの山肌にひときわ目立っている。前にも書いたが、山の中にはこんなにダンコウバイの木があるのかと、この時期になると気づかされる。コナラやブナなどの大木に比べれば細く、頼りない樹木なのだが、それでも黄色い粒々を一面にまぶしたように広がっていて面白い。フサザクラやキブシも見られる。
急坂を登り小ピークに立つ。行く先に見える双耳峰はホウジ丸だろうか。尾根筋は右に回り込むように、下り登りを繰り返す。周囲は日当たりが良く、わずかだが芽吹き咲き始めた潅木もある。再び小さなピークに登り上がるとヤマツツジが花をつけていた。ここは地図上の552m点のようだ。
足元にはスミレも見られるようになり、やはり東や南に面した尾根は季節の進みが早い。このピークは双耳峰になっていて、さっき見えていたのはここだったようだ。
ひとしきり下ると指導標が立てられていて、秋山村からの道が合流した。その道はきれいに整備されていて、ここから先の登り返しもいい道になった。秋山村はこの東稜の途中から高柄山までをハイキングコースとしているようだ。おそらくここから先はヤブっぽいところもないのだろう。
歩きやすくなった尾根道を進んでいくと、目の前にホウジ丸と思われるピークが現れてきた。この登りは結構大変で傾斜がきつく、木の階段道がつけられている一方でロープも垂れ下がっていた。
いったん穏やかになるも再び急登。ヤブはないが登りのきついコースだ。特に下りはスリップに注意である。東稜は高柄山への最短コースとは言え、このような急坂があることはここを一般ルートにできない理由のひとつになろうか。もっとも秋山村ではここをハイキングコースとして扱っており、一般登山道と言われても不思議ではない。
急坂を登り終え緩やかな尾根を行くと、再び指導標の立つピークに着く。特に山名標はないがここがホウジ丸だろう。ホウジ丸は東稜の一番目立つピークでベンチがあり、眺めもいい。金ピラ・デン笠の尾根や道志山塊の背後には蛭ヶ岳、檜洞丸など丹沢の主峰が大きい。
ここから見る丹沢山塊は北斜面であるため、どれもかなり白くなっていた。
高柄山はもう目の前。自然林の気持ちよい尾根歩きとなる。中央線方面の眺めも得られた。
いったん北東方向に伸びる尾根に移った後、高柄山への最後の登りとなる。ここも急登でロープもあるが、ホウジ丸の時ほどではない。
前方に人の気配が感じられると高柄山の山頂に着いた。取り付き口から約2時間で登ることができた。
広くない山頂には5名ほどの登山者。上野原方面の眺めが広く、陣馬山や生藤山、遠くは御前山、三頭山も見える。南面は以前より灌木が育ったのか、丹沢山塊の眺めは少し悪くなった。他の中央線沿線の山に比べれば標高も低く目立たない存在だが、雰囲気はよく山深さも感じられて、いい山である。
もう一度上野原方面を見下ろす。「太陽学園」は見えるだろうか。・・・校庭のような広い敷地があるところ、たぶんあそこだろう。
バリエーションルートを続けるなら北稜を下るのだが、自分としては登り・下りのどちらかは一般道をのんびり歩きたい。オーソドックスに川合経由で四方津駅に下山することにする。
急坂を下り千足への下り口に出会うが、ここは前回歩いたので先を行く。
その先で秋山村からの道が合流するが、前回はなかったので新しくコース整備されたもののようだ。この先のデン笠・金ピラを経て秋山地区に下る道もよく歩かれているようで、中央線沿線の山を秋山村から登るコースはずいぶん増えてきた。
その後、いくつかのピークを登り下りしていく行程はなかなか大変だ。高柄山以上に高そうに思えるピークが目の前に現れる。これを本当に登るのかと一瞬信じられなかったが、登ることになる。この大丸というピークは高柄山とほとんど同標高である。
途中で車道を横断してその大丸に登り返す。高柄山から40分もかかった。振り返るといくつものコブの先、その高柄山がすでに遠いところにあった。
大地峠、矢平山への道を分けて下り、再び車道に出る。しばらくはその車道を下に見ながらの下りとなる。川合に下るこの道は峠道の風情があってなかなかいい。
ここもダンコウバイが多く、場所によってはトンネルのようになっている。いや、一部はアブラチャンかもしれない。以前は見分けがついたのだが、最近は自信がなくなってきた。
所々に切り開きがあり、倉岳山方面が見える。空はもう雲ってしまって、お日様が隠れると思いのほか肌寒い。林道は下の方で崖崩れの被害にあっており、重機が出て復旧工事が行われていた。
かなり高度を落し、ようやくスミレを見ることができた。登りの東稜と違い、こちらは北西方向の尾根道で、その分季節の進みが遅いようだ。シュンランやヒトリシズカを期待したが、まだ早かった。
川合峠に着く。川合地区から四方津に下る方向の反対にも道が伸びていた。峠からは簡易舗装の道となり、小さな社が祭られていた。集落の農地は耕され、もう春を待つのみの風景だ。
車道を下り、四方津駅へ。この駅も「東山駅」という名で「飛び出せ!青春」のドラマの舞台となったらしい。隣りの梁川駅の駅舎は少しあか抜けてしまったが、四方津駅はまだ昔のままである。
今ここをロケ地にしたら、タイムスリップ感満載のドラマになるだろう。