今年の夏山は初物ではなく、過去に登った山をのんびり歩きたい。
北アルプスはここ数年で栂海新道、立山から新穂高への縦走、赤牛岳からの読売新道と核心部分は一通り歩き、残る大物は西・前穂高岳と剱岳くらいになった。他に、南岳、餓鬼岳、唐沢岳、徳合峠から上高地の霞沢岳、大滝山など中堅どころはかなり残っているが、これらはまたいずれとして、今回はおなじみの雲ノ平を横断するルートとした。
2000年の初訪以降夏ばかり、今回が4回目となるが、飽きることはない。自分にとって、北アルプスといってまず思い浮かぶ情景は槍ヶ岳とともにこの雲ノ平であり、雲ノ平は自分の山登りの原点のひとつである。

伸びやかな稜線を見上げながら太郎兵衛平へ
|
北陸地方の梅雨明けで、天気も良さそうなため、新穂高温泉発着の予定を変えて富山県側から登ることにした。富山駅から登山口の折立へバスで向かい太郎兵衛平の薬師峠でテント泊する。
富山駅へは新幹線も開通したが、最近は高速バスも増えていて予約が取りやすい。東京ディズニーランドやディズニーシー発着のバスも多いので、地元の人の東京観光の足になっているのだろう。
夜行バスで6時富山駅着、30分後の折立行きはほぼ満席で、予約を取っておいてよかった。登山口の折立に到着。ここからの登りは15年前の初訪以来で、雲ノ平へのアプローチの中では比較的楽な方である。
バス停周辺は立派な駐車場も整備され、15年前に比べるとずいぶんきれいになった感がある。駐車場はすでにいっぱいで、路肩にも車の列ができていた。
登山口の広場で多くの登山者と同じように軽く朝食をとってからいざ、出発する。楽なコースとはいっても、今回はテントと3泊分の食料を背負っているので、2日目の薬師沢からの登りがポイントとなる。
緑の濃い樹林帯は高度を上げると針葉樹が増え、さらに登るとパッとあたりが開けた。1871m三角点から先は随所で眺めがきき、木道や植生復元中の石畳道が現れると、薬師岳や有峰湖を見渡せる終始展望のいい稜線となる。ニッコウキスゲはどうやら全国的に当たり年のようで、あちこちに群落を作っていた。
正面に残雪の北ノ俣岳も見えてきた。このコースは登れば登るほど傾斜がゆるくなっていく。太郎平小屋が見えると、それまでは綿毛ばかりだったチングルマも花をつけたものを多く見るようになった。久しく見なかった夏山の風景が目の前に展開する。
太郎平小屋の前は大勢の人。登山計画書はこの小屋で受け付けてくれる。
小屋の前にもニッコウキスゲの群落があり、水晶岳をバックに写真が撮れる。その祖父岳や水晶岳、黒部五郎岳など雲ノ平を取り囲む山々がここからは一望だ、前見ていた時より大きく近づいて見えるのは、よく子供の頃に見ていた近所の景色が、大人になってから見ると意外と小さく見える感覚と似たものだろうか。
薬師峠のテント場へ下る。まだあまり混んでいないが、ここは傾斜地が多いため、いい場所はあまり多く残っていない。
テントの中で少しだけ眠る。起きたら太陽はすでに沈んでおり、真っ赤な夕焼けになっていた。周りの人に聞いたら、すごくきれいな落日だったと言う。
太郎平小屋への登り返しが今日の準備運動である。小屋の前では名物のラジオ体操が行われていたので、準備運動の追加がてら参加する。
黒部五郎岳への道を分けると、すぐにチングルマやハクサンイチゲの大きなお花畑になる。ミヤマキンポウゲ、イワイチョウなども。
天気は上々、雲ノ平の奥の山々もよく見えるが、その方面の空が白っぽいのが惜しい。下っていき、雪の残る小さな沢をまたぐと、低潅木と笹の気持ち良い谷間の道となる。針葉樹のたたずまいが静かな北アルプスを演出している。
木道の周りにはニッコウキスゲやワタスゲが咲き続け、コバイケイソウも多い。赤茶けた崩壊跡木製の簡単な橋で沢を何度か渡る。キヌガサソウ、ムシトリスミレまで咲いていた。同じような風景の道が続き、少々飽きてきたころ、薬師沢小屋に到着する。黒部川支流の水の勢いはよく、ダイナミックだ。標高を下げたせいか、気温が上がり汗がにじむ。
吊り橋を渡っていよいよ雲ノ平への急登吊り橋を渡った所の短い下り梯子が、今にも折れそうで少々気味が悪い。あと10人ほども通れば壊れてしまうのではないか。数年前の奥黒部水平道の梯子を思い出した。
ここからしばらくは、樹林帯で見通しのきかない急な登りとなる。地上の楽園、雲ノ平アラスカ庭園までのコースタイムはおよそ2時間30分。テントを背負った身には果たしてどれくらいかかるのか。へばったりしないだろうか。
途中から、大きな石が敷き詰められたギャップの大きい急登となる。この道は下りにとってもこの段差がやっかいものとなり、時間がかかる。しかし何度も立ち止まりながら登るようになってくると、やはり下りのほうがまだいいと思うようになった。
頭の上に地面と青空の境目が見えたが、そこからさらに長い。下の薬師沢の流れの音は次第に小さくなっていくが、まだ聞こえなくなることはない。振り返ると木の間から北ノ俣岳方面の稜線が覗く。時間をかけて、その稜線の高さに一歩一歩近づく。
やがて傾斜が緩くなり、あたりは静けさが支配してきた。待望の木道が現れる。薬師沢の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
樹林帯は続くが次第に低木に変わり、ぽっかり開いたスペースに出た。登りの終わりである。さらに樹林をくぐっていくと周囲の山々の輪郭も見え出してきて、アラスカ庭園に到達する。
ようやく雲ノ平にやってきたなという実感が湧いた。薬師岳、黒部五郎岳、水晶岳、祖父岳、三俣蓮華岳と勢揃いだ。日差しが強く汗が吹き出るが、贅沢な眺めにしばらく見入る。