北八ツへは冬に行くことが多く、夏山としてはあまり対象としていなかった。今回久しぶりに登る。北八ツといっても一番南の、高見石から天狗岳、にゅうにかけてのエリアである。
夏に行かないのは針葉樹林が多く、標高の割には展望の得られるところが少ないのが理由だが、深い豊かな森と静かな湖沼、野鳥や小動物も多く見られるこの地を好んで歩く人も多い。今回も平日を挟んでいるにもかかわらずかなりの人出があった。
高見石と中山は初訪、にゅうには10年以上前、今回と同じく黒百合平を拠点として歩いたことがある。
中山展望台から天狗岳を望む |
久しぶりに電車、バスの山行である。自宅から近い山域ではないがバス便がそこそこあり、初日の行程が短くても翌日に無理がいくことがない。もちろん日帰りなら別である。
節約のため行きは各駅停車を利用し、茅野駅に着く。朝から日差しが強いのは東京と同じだが、大気は爽やかで暑苦しさは感じない。駅前には霧ヶ峰や麦草峠行きのバスに長い列ができていた。奥蓼科・渋の湯行きのバスはそれほどではないものの、発車の時間には座席の8割は埋まる。
なお、単に「渋の湯」と言うと上諏訪温泉にも同名旅館があり、ネット検索ではこちらが先に出てくる。カーナビなどでは間違えないよう注意が必要だろう。今日の方は正確には「渋御殿湯」「渋の湯ホテル」の2軒が終点のバス停にある。ただしホテルの方は営業していないようだ。
渋の湯に到着。建物の横を抜け、行く手に青空の下、緑の山が見上げられる。高見石の方向だろうか。登山届を書いて橋を渡る。
今日の目的地の黒百合平へは右の道が早いが、高見石を経由する登山道に初めて入る。急な登りのない、穏やかな林間の道だ。静かで心が落ち着く。やがて、枯れた沢を木の橋で何回か渡っていく。林床にはアキノキリンソウやイチヤクソウを見るが、全体的に花はもう終わり気味だ。
シラビソやシャクナゲの木が繁茂し、歩きにくいところもある、次第に岩の多い道に変わって飛び移ったりまたいだりしながらの歩きとなる。先々週の大日岳からの下山路に続き、今日も岩の道だ。しかしこちらは滑りやすいところもなく足が運ぶ。
あたりがやや開け少し太い枯れ沢に出合う。増水した時の迂回路を左に分け、登山道は右の樹林帯に続いている。さらに標高を上げていくと溶岩台地状の広い斜面に出た。ここが賽の河原の下端部のようだ。登ってきた方向を振り返ると、明るく開けた谷の先に麓の街並みが覗く。
上の稜線へは近そうでいて意外と時間がかかりそうだ。岩伝いに少し登ると石地蔵があり、そこから少しで道は左に折れて樹林帯に入った。登りはここで終わる。
ほとんど平坦なシラビソ林の道は鬱蒼としていて、奥秩父の原生林のようにどこまでも続いているようだ。やがて白駒池からの道を2回合わせ、そちらからはおよそ登山の格好ではない軽装のグループがやってきた。
前方に山小屋の屋根が見えてくると、途端に人だかりが。テラスのある山荘風の高見石小屋の前には、お昼時ともあってたくさんの人で賑わっている。山の格好をしている人と、そうでない人で半々くらいか。
ここは車やバスで来れる麦草峠や白駒池から近いため、日帰りで楽しむにはいい場所なのだろう。それにしてもすごい人の数。ここまでの深い原生林の静かな道から、いっぺんに現実の地に引き戻されたようだ。
小屋の背後にある高見石に登ってみると、ここも大混雑。大岩の積み重なったピークは山に登る人にはごく普通の登りだが、普通の靴で登ってくる人にとっては未体験のアドベンチャーワールドのように感じるのだろう。あちこちで興奮の声が上がっている。一番高いところからは、広大な北八ツの森の中心に白駒池がよく見えた。
人ごみを、それこそかき分けるように登山道に入ると、とすぐに静寂が戻った。中山展望台へは傾斜はきつくはないが、樹林下の長い登りとなる。ところどころぬかるんでおり、靴やズボンの裾が泥だらけになる。
景色の変わらない一定の斜度の登りが1時間ほど続くので、なかなか忍耐のいる行程だ。自分のように、今から中山を越え黒百合平まで行く人も他にいないようだが、この道を下ってくる人は意外なほど多い。白駒池からにゅう、中山を経由する周回ルートだろうか。
目指す方向にようやく空が見えてきて、平坦な尾根道になる。やがて着いた中山展望台は、ここも岩の累々と積み重なった溶岩台地だった。ずいぶん日も高くなったが展望はまだすばらしく、北に蓼科山、南に天狗岳が大きく望める。展望台は広く、諏訪方面の街並みを見下ろすにはかなり西の端まで歩いていく必要があった。
展望台を後に、再びシラビソの林の中へ。眺めのきく下り道に変わるあたりが中山山頂だったのかもしれないが、三角点も見い出せなかった。随所に現れるぬかるみは一日じゅう日の差し込みにくい場所であることの証か。
にゅうへの分岐を見送り、やがて木道が出てきたが、あいにくこのあたりは道が乾いている。
下り気味になると再び天狗岳が大きく望める展望地に出た。東天狗は東半分だけが雲に隠されている。八ヶ岳の稜線は日が高くなると甲府側に雲が発生しやすい。
中山峠で右折して木道を5分ほど、黒百合平に着いた。黒百合ヒュッテの前には10名ほどいたが、これから下山する日帰りの人ばかりで、少しするとあたりは静寂が支配した。
青空も残っているので、明日の行程を楽にするため今日のうちに天狗岳往復してしまおうか迷ったが、結局それは明日にした。テント場はすのこが用意されていて、スペースも十分にある。トイレは小屋のものを、水は小屋の中に置かれたタンクから汲むことができた。
黒百合平は冬の天狗岳に登って以来だ。あの時は小屋がすごい混雑で、天狗岳は初級の雪山として人気があることを思い知らされた。夏ももちろん賑わうだろう。しかし冬のむちゃ混みはないと思われる。8月下旬、それも平日を挟むとあれば、静かな北八ツを存分に味わうことができよう。
雪山に関して自分も少しずつステップアップしてきたと思うが、冬の天狗岳に初めて登った時はかなりおっかなびっくりでピッケルを握りしめていたのを覚えている。