風は止まなかった。朝、外に出てみると無常にも一面のガス。今日はずっと前から晴れの予報が出続けていたのに信じられない。
ただひとつ、昨日の時点の予報では「北西の風 晴れ」となっていた。この山域に西成分の風が吹くということは日本海からの湿った風が直接この山地に吹きつけることになるので、麓は晴れでも山は曇りか雨となる。今日はそういうパターンらしかった。
しかしこれで縦走を中止するわけには行かない。意を決して強風の中出発する。
天に向かって突き上げる火打岳の前峰。火打岳は後ろのピーク
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何も見えない神室山山頂を、昨日に続き通り過ぎる。まずは昨日は見えていた天狗森を目指す。
小さなピークを上り下りする行程は西(右)側が低潅木、東側が笹の原である。特に東側は鋭く切れ落ちている。これは日本海からの季節風を受けて雪が東面に多く積もり、雪崩が斜面を削るからだろう。路面が笹で覆われていると転落の危険がありそうだが、ここは今のところ刈り払いがよくされていて、それほど難儀なことはない。
それにしても上空は、ものすごい勢いで雲が流れている。もちろん風向きは西から東、日本海の湿った空気を運んできている。
根ノ崎口からのコースを分けて、さらに進む。標高を少し落とすと若干視界が開けてきた。ガスにすっぽり覆われているのは神室山や天狗森などの山頂部だけで、それより下はなんとか見通しがある。
見下ろすヤセ尾根の稜線に沿うように道がつけられ、ブナの潅木が紅葉している。このうねうねと曲がりくねるヤセ尾根の稜線、どこかで見た記憶があると思っていたが、谷川連峰の主脈縦走路とよく似ていることに気がついた。片側が雪に削られた非対称山稜であることも共通しており、一部を除いて岩場が見られないのも同じだ。
とにかくも、目の前にあった最初の大きなピークに到達した。笹の中に三角点があるだけで山名標識がないが、ここが天狗森であろう。神室山避難小屋に泊まらず、ここでテント泊して縦走する報告もよく見る。
少し休憩の後、歩を進める。相変わらずの暗い空だが、尾根の形状や周囲の山々が見渡せるようになってきた。正面に見える大きな丸い頂、小又山は神室連峰の最高峰。ピークをいくつも越えているうち、山頂部にかかっていた雲が取れてきた。青空も覗くようになり、時々差し込む日差しに紅葉の山肌がキラリと輝く。
急登を詰め小又山山頂へ。今日初めてといっていい、360度の展望。まだ遠いながらも火打岳の形がわかるところまで来た。一方、神室山も雲多いながら姿を現している。
南方には最上方面の平野が一望された。アルプスの別名を持っていても標高が低いので下界はよく見える。さらに南東に伸びる越途からの登山道も、豊かなブナの森が魅力的で歩きたい気にさせてくれる。
天気は回復傾向。気分も盛り上がってきて火打岳目指して進む。今日の縦走は青空がエネルギーの素である。空を流れる雲も心なしか、スピードが遅くなってきたようだ。
サンショ平の草紅葉を見るあたりは左手が切れ落ちた地形からしばらく離れるため、ゆとりをもって歩ける。高みに上がるたびにパノラマの眺めが広がる、天空を駆けるような縦走路である。
砂利口コースの下山路を分けると、昨晩小屋でいっしょだった、3名の先行グループの姿が見えてきた。
火打岳が近づくと、その特徴ある山容が見上げられるようになる。まさに怪峰・火打岳である。ただし手前に見える槍ヶ岳並みに尖がったピークはその前衛峰で、火打岳はその後ろに控えている台形状の山だ。この山は見る角度によって様々に形を変える。
とにかくまずその前衛峰に取り付く。神室連峰の縦走路は、全てのピークを巻くことなく、てっぺんを通っていく。このトンガリ山も例外ではない。北アルプスの栂海新道を思い出した。はた目にはいったい登れるのかと思うが、登山道は意外と安定している。ただし左右が見事に切れ落ちているので慎重に。高所恐怖症の人は振り返り禁物だろう。
どうにか登り切るとすぐに緩い下り。姿を現した本峰の火打岳も、ここからは負けずに尖っていた。気合を入れ直して登る。傾斜は前衛峰よりきつい。しかしここも不思議と岩場がなく、ほぼ全部土の上を踏んでいく。
そう言えば、この縦走路には今まで鎖やロープ、梯子といった人工物が全くなかった。そういうのが必要な危険地帯もあまりないのだが、この火打岳の急傾斜にはロープくらい垂れ下がっていてもいいと思った。けれどそれが、あまり人間の手を入れない原始性を保った山ということで、神室連峰の魅力と言うこともできる。
土の道はスリップが怖いので場所によっては四肢を駆使して登り上がる。「がんばれ!山頂迄あと10分」おなじみの白いプレートを久しぶりに見た。急登のあともうひと登りがあって、ついに火打岳山頂に到着する。
一等三角点のあるこの山頂も高度感があり、すばらしい眺めである。小又山から天狗森、神室山ははるか遠くにある、あんなところから歩いてきたのかと感慨が湧く。白い避難小屋も見えた。
東には高松岳、虎毛山、禿岳といった秋田・宮城県境の峰も見渡せる。この眺めを見れば、誰でも登ってきてよかったと実感できるだろう。
火打岳には登山者も多く休憩していた。土内から富喜新道で登ってきた人が多いようで、神室連峰の人気コースのひとつになっている。避難小屋で一緒だった人はこのコースを下山していった。
なお登山口の土内は、2003年に自分が登った台山尾根ルートの登山口でもある。その時は路線バスでアプローチできたのに今は廃止されてしまった。同じく秋田県側からの役内口コースも、アクセスに使った路線バスがなくなっている。11年前に自分が登下山に使用したバスが、両方とも廃止されていたのだ。これはちょっと残念なことである。
さて、神室山から歩き続けると、1日コースとしてはここ火打岳くらいがちょうどいい距離感かもしれないが、自分はもう少し縦走を続ける。何しろ今日も夜行バスで帰るので、早く下山すると時間を持て余してしまうのである。
火打岳からさらに歩き出す。緩やかに下り振り返ると、火打岳のピラミダルな山容がりりしい。この先はもうきつい登りはなさそう。
遠くからは台形の形に見えた大尺山は珍しくピークを巻き、尾根の方向は右に少し折れる。周囲の山の眺めはまた新たな展開となり進行方向遠くに大きな壁のような山が見えてくる。縦走路の最終ピークである杢蔵山か、あるいはその手前の八森山か。長い坂を下っていきもう一度降り返ると、今巻いた大尺山の山肌がきれいなブナ紅葉色になっていた。
親倉見口と薬師原口への分岐があった。薬師原方面の道はあまり歩かれていない様子だった
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分岐有り |
樹林の間から、親倉見のよく手入れされた杉林と田畑が見下ろせた
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下山地が覗く |
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登山口へ |
親倉見からは、田んぼの中に造られた農道をしばらく歩いていく
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農道を歩く |
上鵜杉付近で振り返ると神室連峰が見送っていた。中央左奥の最高点が小又山と思われる
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あの山越えて |
鵜杉駅は単線の無人駅。新庄駅へは陸羽東線で25分ほど
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鵜杉駅 |
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稜線上に2つのゆるやかなピーク、その先に尖がったピークが並ぶ。槍ヶ先というからそのトンガリ山が目標の槍ヶ先であろうと思っていたら、2つめのピークに「槍ヶ先」の標識があった。
標高1050m程度なのに高い木もなく、ここも360度の展望である。目の前に尖がっているのは烏帽子山だった。展望の稜線は烏帽子山から先もずっと続いているが、今回の縦走はここまでである。
壁のように見えていたのは八森山で、終端の杢蔵山はそのまだ後ろに控えている山だった。そしてそこまで行くにはまだ4時間もかかる。神室連峰の長大さをあらためて実感した。しかしここは花の多い山域でもあり。日の長い時期に挑戦してみたくもある。
少し休憩し、名残惜しいがこの展望に別れを告げ、親倉見へ下山することとする。
下山路は急坂で始まるが、ほどなくゆるやかなブナ林へ移行する。標高を落とすにつれ葉の色も次第に緑に戻っていった。ここには槍ヶ先を十合目として、合目を示す標識がついている。歩程は1時間半ほどなのであっという間に五合目までくる。
カラマツや、久しぶりに杉の人工林に入る。木の間から下山地の田んぼやよく手入れされた杉林も覗く。神室山の登路の山深さと比べ、こちらの最上町側に下る道はどちらかというと人の生活のにおいがして、里山の雰囲気がある。
途中で薬師原への分岐があった。薬師原へ下れれば車道歩きが若干少なくなるのだが、こんな分岐があるとは思わず、それほど歩かれてなさそうだったので、予定通り親倉見へ下山する。
「親倉見の大松」の先に鳥居があって、そこに「火打登山口」の看板が立てられていた。林道で杉林の中を脱すると舗装された農道に出て、親倉見の登山道入口になっていた。
ここからは親倉見、薬師原、上鵜杉(うすぎ)と、広大な田園地帯の中を1時間ほど歩くことになる。親倉見は廃村で、今はかつて住んでいた人が農業をを営む場所となっている。ちょうど稲刈りの日だったようで、倉庫には人の姿があり、だだっ広い田んぼは刈り取られたところとまだ稲が残っている部分とが混じっていた。東北で今の時期にまだ稲刈り中だったのは意外だが、標高が低いので意外と温暖な地域なのかもしれない。
振り返ると雲はすっかりなくなり、青空の下のどかな山里の風景が展開していた。背後には歩いてきた神室連峰が一望され、その中心にあるのは山頂部がポコッと突き出た槍ヶ先だった。
上鵜杉に入り人家の数が増えてくると、無人駅のJR鵜杉駅に到着である。秋の日の落ちるのは早く、山の稜線に消えゆく日の光はすでに赤味を帯びている。やってきた陸羽東線もライトをつけて入線してきた。
途中下車して瀬見温泉に立ち寄るのも捨てがたかったが、もう日も暮れてしまったので、このまま新庄駅まで戻ってしまうことにした。新庄駅から歩いて15分ほどのところにスーパー銭湯があるようなので、夜行バスが来るまでに汗を流すことにする。
今回は長年課題だった神室連峰縦走を果たし、充実した2日間だった。久しぶりに心ゆくまで歩いた気がする。天候にはあまり恵まれず、杢蔵山まで行けなかったけれど、それはまた次の機会にということでもいいし、また八森~杢蔵山のみの周回コースも面白そうである。
やはり一度縦走して終わりにはならず、あらためて再訪したい山のひとつとなってしまった。