事情で2日間家を開けることができず、せめて前夜発で日帰りできるところに行く。北の山の紅葉も見頃になっているので、かねてから歩いてみたかった飯豊の弥平四郎を目指す。
弥平四郎とは集落の名前で、この登山口から飯豊連峰を縦走するのが定番となっているが、前衛のやや低い山なら1日で登り下りできる。三国岳手前の鏡山から疣岩山にかけての尾根筋は展望も良いとのことである。
鏡山山頂
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東京から前夜発日帰り圏内と言っても、実際かなり遠い。飯豊の山にマイカーで日帰りするなんていうのは、少し前なら考えられなかった。
金曜日の夕方に出発、東北道と磐越自動車道と乗り繋ぐ。磐越自動車道はもう漆黒の闇で、猪苗代湖も見えない。目の前にあるのは自分の車のライトと反射板、時たまやってくる対向車のみである。会津坂下ICの手前のPAで車中泊する。
翌朝5時にPAを出る。会津坂下~西会津IC間が6時まで工事中で通行止のため、手前の会津坂下ICで高速を降りた。登山口の弥平四郎まで、時間的には西会津で下りるのとそう変わらない。
夏にバスで通った川入への道を見て、細い県道でどんどん山深く入っていく。しかし、登山口まであと10km足らず、というところでまさかの県道通行止め。この先の稲荷峠で崩落しているらしい。焦ってカーナビを確認し、新潟県側から弥平四郎に入る道に選び直す。しかしまだあと30kmほど運転しなければならなくなった。
今年は台風も大雨も多かったので、あちこちで登山のアプローチに使う道が通れなくなっている。と言ってもこの稲荷峠の通行止めは最近のことではなく、もうずっと前から通れなくなっていたようだ。しかも県のホームページにも書かれていないので事前に知りようがない。会津坂下 ICからアプローチしたおかげでこんな通行止めの道を選んでしまったわけで、西会津ICから普通に来ればこの道を通ることもなかった。運が悪かったということで諦めるしかない。
弥平四郎の林道入口から砂利道を4km、予定より1時間遅れで弥平四郎登山口のある秡川駐車場に着いた。すでに10台ほどが停まっている。標高は680m、周囲はブナ林帯になっていた。
飯豊前衛の山を巡る周回ルートは、まず鏡山の方から登ることにする。駐車場の脇からすぐに登山道が始まった。入口で、直径1m近くはあろうかというブナ巨木が迎えてくれる。
痩せ気味の急な尾根は飯豊の登山道には珍しく歩きやすい。このあたりはまだ緑が優勢だが、高度をどんどん稼いでいき、思った以上に早く色づいた木々に囲まれるようになる。林冠はほぼブナの純林である。傾斜が緩くなって進行方向に稜線が横たわるのを見るあたりでは、オオカメノキやコミネカエデが目線の位置で見事に黄葉紅葉した姿を展開させていた。
稜線に上がったところが上ノ越。鏡山へは左折する。小さなコブをどんどん越えていく。ブナが優勢だが痩せ尾根ということもあり、針葉樹のヒメコマツ(ゴヨウマツ)もところどころで見られる。飯豊や朝日、谷川連峰など豪雪地帯の山は下部の樹林帯に針葉樹林のエリアがないことが多いが、個別には痩せ尾根を中心になにがしかの針葉樹が生育している。谷川岳なら檜、朝日連峰はクロベ、頸城山塊ではオオシラビソ、会津の山だとネズコやアスナロと、見られる針葉樹の種類が山域によって異なるのが面白い。飯豊はヒメコマツが多いようだ。
ブナ林を透かして飯豊連峰の主稜線が見える。昨晩は冷え込み、もしかしたら降雪もあると思っていたが、白いものは見えなかった。進む方向に鏡山の小さなピークが見える。なおも細かなアップダウンを経て鏡山山頂に着く。
ブナ林に囲まれた山頂だが大展望だ。飯豊連峰の主要部がパノラマで目の前いっぱいに広がる。ただ稜線沿いには雲がかかっていた。これから行く疣岩山から三国岳もてっぺんは雲の中になっていた。しかし久しぶりの開放的な山頂でしばらくゆっくりする。
鏡山はこの先の稜線にも登山道がつけられ、南下して弥生登山口に降りることができる。こちらも人気のコースのようだ。
鏡山は、どうしてそういう名前がついたのだろう。昔、信仰か何かの理由で鏡でも納められていたのだろうか。山頂に着いたらじっくり考えようと思って登っていたが、いざ登頂するとそんなことは忘れ、展望や周囲の植生を観察することに没頭してしまう。得てしてそういうことがある。
上ノ越まで戻り、稜線を直進する。次のピークの巻岩山までは標高差300mあまりの直登となる。樹林帯だと辛い登りになるが、右手を中心に開けているため足がはかどる。
ブナやカエデ、マンサク、ナナカマド、ツツジがさまざまな色付きをみせる中で、ヒメコマツの赤茶けた樹皮の色が印象的だ。登るにつれカスが濃くなっていくのが残念だ。今日の日本海側の天気予報は概ね晴れだったが、会津地方は朝早くから高層雲が広がっており、回復は遅そうである。
ぼちぼち登山者とすれ違うようになる。昨日は上で泊まったらしい人が数人。朝の駐車場は、昨日入山していた人の車も多かったようだ。ダケカンバが現れ、道はやや平坦になるとやがて巻岩山と思われるピークに着く。山名板などの目印は特にないが、四方が開け気持ちがいい。
ガスが濃く前方が見渡せないが、下の方の視界が良く、南面が切れ落ちているのがわかる。
さらに進む。もうきつい登りはなく、快適な稜線歩きである。前方が開け、台形状の山体が見えてきた。イボ岩山というからどんな形の山だろうと思ったが、いたって普通の、端正な形の山である。
松平峠への分岐を過ぎ、疣岩山を西側から巻くようになる。対面に大きな高い山が、雲を割って姿を現した。この夏に登頂を果たせた大日岳だろう。獅子池への踏み跡を分け、少しの登りで疣岩山に到達する、山頂は南北に長く、目立ったピークではないが少し歩いたところの潅木に山名板が潅木にかかっていた。
眺めは広い。飯豊と御西岳や大日岳方面は潅木で遮られている一方で、この先の三国岳から種蒔山あたりはよく見える。
疣岩山とほぼ同じ標高の三国岳まで行こうと思っていたが一旦下りがあるようで、往復すると時間的に余裕がなくなるので今回は止めにした。さっきの二人組からは誰とも会っておらず、紅葉シーズンの土曜日であっても飯豊は静かな山を保っている。
山頂を辞し下る途中、獅子池の方まで足を伸ばしてみる。池そのものは大したものではなかったが、飯豊の主稜線がここからは真正面で、今回一番近いところで拝められた。遠くから眺めても大きな飯豊連峰は、当たり前だけれど近くから見ても大きい。
分岐に入り、弥平四郎へ下山する。紅葉に彩られた尾根道が伸びているのが見下ろせる。日が差しておらず色づきはいまひとつだが、いい眺めである。この下りはザレた硬い路面になっていて、今までの道と少し違う。鏡山からの道に比べてある程度踏まれているということなのだろうか。この道は新道ルートと呼ばれているそうだが、鏡山からの道の方が新しいはずだ。
長沢峰を正面に見据えつつ高度を落とし、鞍部の松平峠に下り立つ。展望の稜線もここでお別れで、再びブナ林の中となる。
ここから弥平四郎登山口までは、地図を見ても分かる通り、斜面をトラバース気味に斜めに下っていく道が続く。尾根や谷底の道ではないのでかなり歩きにくく、滑落の危険がある場所が多く緊張を強いられる。自分はこういうところが苦手である、それでも斜面いっぱいに広がるブナ林は圧巻だった。川入登山道の、小白布沢からの登りもブナは多かったが、弥平四郎道はスケールが違った。まさにこれこそ飯豊のブナ林である。
高度を下げると天候も回復し、青空をバックに黄葉が輝いていた。滑りやすい急坂に難儀しながらも着実に高度を下げていく。水場を経てさらに急降下。沢沿いになってようやく落ち着いた道になる。
地面にトチの実がたくさん落ちていた。見上げるとたしかにトチの大木が空を覆っている。ブナの実ももちろんたくさん散らばっているし、ちょっとグロテスクなホオノキの実も落ちている。
秡川山荘は鬱蒼としたブナ林の中にあった。周囲はブナの大木がひしめいている。またここにもトチの大木があり、栗のような実をいっぱい落としていた。いわゆる「栃餅」の原料で、これが山での食料になると重宝しそうだが、あいにく水通しやアク抜きなど色々手間をかけないと渋くて食べられないそうだ。稲作が始まる前の縄文時代は、これら木の実が大事な食料になっていたそうである。
沢を渡って少し登り返すと弥平四郎登山口に戻ってこれた。駐車場の周りはよく見るとブナだらけである。葉の上に、殻から実が顔を出している。今日はこの、殻から実が覗いている写真を撮りたかったのだが山中ではなかなか見つけられなかった。ブナの実は林冠になっていることが多いので、目線の位置で見ることはあまりない。
弥平四郎道はやはり、素晴らしいブナの森だった。飯豊連峰の手つかずの豊かな自然を目の当たりにした1日となった。