夜半、強い風が小屋を叩いていた。雨は降らなかったようだ。外に出ると、朝焼けとともに真っ赤な太陽が顔を出していた。風は強いが天気はよさそうである。
今日は栗駒山や蔵王連峰のシルエットを見ることができ、西には残雪を抱いた月山がはっきり視界に捉えられた。食事の後出発する。
避難小屋の建つ船形山山頂 [ 拡大 ] |
船形山山頂部の展望いい稜線をゆっくり歩きたかったが、西風が強くあまり立ち止まっていられない。潅木帯に入ってほっと一息。蛇ヶ岳への分岐に入り、稜線歩きが始まる。
昨日と違い日が当たっており、シャクナゲ、サラサドウダン、ナナカマド、稜線を彩る花々がどれも輝いている。ゴゼンタチバナの中央の花の部分は白く、まだ新鮮である(ゴゼンタチバナの4枚の花びらのように見えるのは総苞と呼ばれるもの)。
今日のルートは、北泉ヶ岳に登った後は戻るように大倉山を経由して、出発点の旗坂キャンプ場に戻るという、船形山山行としては少し珍しいコースである。前半の展望の稜線歩きから高度を落とし、ブナ林を縦走する。最後は林道歩きが待っているが車に戻るためには仕方がない。
ブナ林の前後は藪こぎになるとの情報もあり、昨日の様な楽なルートにはならなそうだ。
ここのところブナに魅せられながらの山行が続いているが、やはり花の多い山に来ると興味はそちらにも注がれてしまう。船形山は花の山だということがよくわかった。
潅木帯の、緩やかな起伏の道が続いていく。ブナも低木帯の一部を構成し、ハイマツは大きな実(松ぼっくり)をつけている。
蛇ヶ岳の山頂ははっきりしたピークではないが眺めはよく、振り返ると避難小屋の建つ船形山が抜け出ていた。
開けたところは依然として風が強く落ち着けない。進む方向にはなだらかで大きな山が2つ。左はこれから向かう三峰山、右の櫛形のピークは昨日までは北泉ヶ岳と思っていたが、後白髪山だった。泉ヶ岳と、今日向かう北泉ヶ岳はまだずっと遠くにあった。
蛇ヶ岳の先で升沢コースからの道が合流する。同宿のグループはここを下って池塘を見た後旗坂に戻ると言っていた。
その先を緩やかに下ると今度は右に、後白髪山から定義(じょうげ)温泉への下山コースを分ける。船形山は本当にいろいろなルートがある。
三峰山へは左に入り、眺めのいい稜線を登っていく。蛇ヶ岳からはかなり大きな山に見えたが、それほどきつい登りはない。名前の通り3つのピークがあり、なだらかな山頂部がどこまでも続いている感じだった。
山名板のある三峰山山頂からも、船形山の避難小屋が見えるが随分遠くなった。正面にようやく、泉ヶ岳と北泉ヶ岳の2つのピークが並んで、はっきりと捉えられる。そして眼下に広大なブナ林が広がっていた。大規模な伐採が行われたということが、この眺めからもなかなか信じられない。
三峰山から先の登山道は急降下に転じ、そのブナ林目がけて下っていくことになる。鞍部の熊ノ平へは標高差400m近くある。周囲のブナ林は次第に高木になっていった。この尾根道は、伸びやかな高山帯から三峰山を境にうっそうとした樹林帯へと、植生が劇的に変わるのが興味深い。
ブナ林は豊かで奥深さがあり、稚樹や若木、倒木も多く原生林のようである。笹が深く地面が見えにくいところが何箇所か出てきたが、いずれも50mくらいではっきりした登山道に戻る。林床にはユキザサの鮮やかな白花が咲き誇っていた。
ブナ林の続く中、笹が開花しているのを見た。先々週も武尊山の田代湿原付近で見ている。開花した笹は、南関東・甲信の山で数年前に至るところで見られたが、東北や新潟県の山ではこれまで見たことがなかった。一斉開花する前ぶれなのだろうか。
一斉開花は数十年に一度あることらしいので、特に珍しいことではないのだが、周囲の山域の笹も同時に開花することも多いという。シャクナゲなどの花に見られるように、数年周期での開花の当たり年くらいなら地域間で同調性があっても不思議ではない。しかし数十年に一度のイベントでさえも他の山域と同調して起こるというのは、何か自然の大きな力が存在しているようで、奥深さを感じずにはいられない。
標高1000mあたりでの平坦地はかなり広く長く、熊でも出てきて不思議ではない。笹の少し刈られたところには火をたいた跡があった。ここが「水源」のようである。休憩していくことにした。
かすかに水の流れる音が聞こえる。その方向(北側)に寄っていくと笹の中に踏み跡が伸びており、20mくらいで水量豊かな沢が現れた。このルートについては事前に、藪こぎが大変で水場もない、との情報があったが当たっていなかった。藪の深さは個人レベルで感じ方が変わるので致し方ないが、水場が見つからないというのは、この長い距離を歩く登山者としては注意力が足りないのではないか。
泉ヶ岳方面からやってくる人の何人かに、この先は藪なのか聞かれた。自分を含め、不確かな情報に皆惑わされている。
とにかくも、一転して水不足が解消された。ブナに囲まれた平坦地でコーヒーを沸かし、早めの昼食にする。
水源からは登りになる。ここからの最高点、北泉ヶ岳までは標高差250mほど。登山道はこのあたりで幅広の尾根状となった。
一部急な登りを交え、今までの疲労感もありつらい。それでも次第に緩やかになって大倉尾根との合流点に立った。ここから北泉ヶ岳を往復する。まだ標高差100m近くある。登っていくと、樹林を透かして仙台方面の市街地が見渡せたが、広い眺めではない。木の葉が落ちるころは快適かもしれない。
北泉ヶ岳への登りの後半は、岩尾根の急登となる。虫がすごくてかなりうっとおしい。登りついた北泉ヶ岳は頭上が開けているものの、急登をこなしたかいもなく展望なしである。以前は船形山方面の樹林の背が低かったのだろうが、今は完全に目隠し状態だ。山頂正面のブナの木に実がたわわについていた。
眺望を求めて泉ヶ岳まで行ってしまおうかと思ったが、それほどの元気はなく、この先も長いので自重する。引き返して分岐点から大倉尾根に入る。
大倉尾根は船形山の登山ルートとしてはあまり紹介されていないが、道はよく踏まれていた。今までの穏やかなブナ林の道と違い、ここは右側が高度感のある急崖になっている。それゆえ植生も異なり、尾根のやせたところを中心にヒノキやマツ(五葉松?)が生育している。ブナやミズナラはここには多くない。
登山道自体に急なところはなく、やがて樹林の切り開きからはるか下に、ブナ林に囲まれた桑沼が見えた。桑沼へ下る道も分岐していたが、時間を考えこのまま直進する。
道が急崖から離れるにつれ、ミズナラの林が復活してきた。後で下りに使う分岐を確認して直進、大倉山の展望台に着く。展望台といっても樹林が伸び眺めは悪い。今日は一日好天が続いたが、後半は眺めの得られる場所がなかった、でもまあこういう山行もあっていい。
大倉山展望台を後にする。氾濫原(はんらんげん)への道を分けて、先ほどの下りに入る。急崖側についていることもあり、かなりの急傾斜だったが、15分ほどで林道に下り立つ。2日間の長い登山もこれで終わりとなる。
しかしここからの林道歩きが今日の正念場となった。旗坂キャンプ場までは直線距離ではそう遠くないのだが、山裾をへつっていくのでかなりの時間がかかる。おまけに途中で緩やかな登りが延々と続き、さすがに足が痛くなった。正午を過ぎてもなお、うっそうとした林の上に澄み渡っている青空がうらめしい。
沿面距離6km、1時間20分の林道歩きの予定が、2時間近くかかってしまった。
14時過ぎ、ようやく旗坂キャンプ場の駐車場が見えてきた。その手前には、昨日見ていた登山口の標識がなつかしい。久しぶりに骨のある山行をじっくりこなせて、充実感に浸る。
船形山は評判通り、ブナ林のすばらしい山だった。それにびっくりしたのは、花が種類、量ともに豊富な山だった。6月はやはり東北の山のシーズンである。仙台駅に戻り、新幹線で帰る。