2014年の夏は、登山者にとってあいにくの季節となった。お盆過ぎなのに日本列島には梅雨前線のようなものが居座り、各地で大雨か猛暑かの極端な天気が続いている。高い山の天候はひどいもので、北アルプスは自分が行った8月初旬以降、雨やガスばかりのようだ。
これほどまでの夏季の天候不順は、最近では大冷夏だった2003年、悪天続きの2008年に次ぐものと言えそうだ。
3ヶ月ぶりの奥多摩は、鷹ノ巣山を稲村岩尾根から登ることにした。雨の心配はそれほどなさそうだが、曇天下の暑苦しい1日となりそう。
霧に煙る稲村岩尾根はブナ巨樹が林立する
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立川駅で青梅線に乗り込む頃は雨が降っていた。登山者の乗客もそれほど多くない。奥多摩駅からのバスは満員にはならず、増便も出なかった。空模様は雲を割って青空が覗き始めている。お昼にかけて天気は持ち直しそうで、期待が持てる。
バスの乗客はほとんどが川乗橋で下車し、東日原から歩き出した登山者は数人だった。いや正確には、歩く人は自分ひとりで、ほかはみなトレランである。
中日原の先で巳ノ戸沢沿いの登山道へ下っていく。雲を割って届く日差しが強烈な中、水が近づくと涼しく感じる。
巳ノ戸橋の手前でキツネノカミソリ、そして登山を始めて17年目、初めてイワタバコを見る。今の季節、奥多摩や丹沢の沢沿いの岩場で見られる花だが、暑い時期はこの地を敬遠しているので、今までなかなか見る機会を得なかった。今回鷹ノ巣山登頂後、イワタバコの咲くという水根沢林道を下ってみるつもりだったが、登路の巳ノ戸沢で見られた。花期は若干過ぎているが、独特の星形をした、不思議な印象を与える薄紫色の花である。
橋を渡って枝沢に沿った樹林帯の道を行く。すぐにむんむんとした暑さに見舞われる。沢の水でタオルを濡らして首にかける。
稲村岩基部に上がり、ここからあらためて稲村岩尾根の急登となる。尾根筋はガスがかかっていて見通しが悪い。少し高度を上げるとブナ林となり、巨木を見ながらじっくりと登る。首にかけた濡れタオルは効果的である。すぐに水気が飛ばないのは、湿度100%近いジメッとした空気に包まれているからかもしれない。
ダケカンバの木が、それこそ文字通り「根こそぎ」倒れていた。以後も巨樹の倒木が何本もあり尾根道を塞いでいる。これは、今年初めの大雪の影響かとも思ったが、露出した土の部分がまだ新しかったので、おそらく先日の台風によるものであろう。たしかにすごい風雨ではあったが、これほどまでに巨木をなぎ倒してしまうとは、自然の破壊力はすさまじいものである。
標高1250mを示すプレートを過ぎると、頭上が明るくなってきた。見上げると青空が。もしかしたら今は雲海を抜け出す手前なのかもしれない。期待してさらに登っていく。振り返ってみると長沢背稜や、天祖山と思われるピークが樹林の向こうに姿を現していた。
青空の面積が広がり、正面左に鷹ノ巣山のピークや石尾根の稜線も見えていた。おそらく雲海を抜け出したようだ。ムシムシしていた空気は一変、秋を思わせる爽やかな風が頬をなで、気持ちのよい登りとなった。上部は好天であろう。樹林の中であることが惜しく感じる。
ヒルメシクイのタワで一休み。しかし上空は雲が広がってきた。早く頂上に着きたい。
タワからさらに登りを詰め、西側から斜面を回り込むように上がっていく。やがて鷹ノ巣山山頂に到着。青空とのご対面には今一歩間に合わなかったようだ。白いカーテンが周囲の稜線をサッと隠していく一瞬だけが見え、以後はどこを見ても乳白色の眺めとなった。
山頂の登山者は自分を含めて3名のみ。その後トレランの人とも会うが、お盆休みということもあってか登山者は極端に少ない。
下山はどのコースにしようか考える。イワタバコを見れたから水根沢林道はなしにしよう。久しぶりに六ツ石山を経由して水根に下ることにする。休憩ののち東斜面を滑るように下りていく。
ガスの濃い石尾根の稜線だが、草原には何種類かの花が見られる。マルバダケブキやミヤマシキミは相変わらす、至るところで群落を形成しているが、コウリンカも数が多い。その他、ノアザミ、オトギリソウ、ホタルブクロ、キオン、フシグロセンノウなどを目にする。以前8月に来たときはマルバダケブキ以外ほとんど見なかったように思えるので、花は少し戻ってきたのか。今年の大雪の影響で、花を食べてしまうと言われる鹿が少し減ったのかもしれない。
水根山を過ぎ、ブナ林に入るとまたしても倒木が目立ってきた。かなりの本数が倒れている。これも台風によるものか。
このあたりは緩い登り下りが続き、花も少ないので足がはかどる。城山下から急坂を下って石尾根巻き道と合流。ヤマジノホトトギスも多く見る。ガスは濃くなり、尾根道は登山者もほとんど会わず、鳥や虫の鳴き声もないので静かなものだ。
将門馬場からは六ツ石山への登りとなる。肩から六ツ石山への短い登りに入ると、ここにもマルバダケブキが大群落を作っていた。
六ツ石山山頂に到着。広々とした山頂だが、ガスでやはり眺めはない。今日は1日、山並みに出会えない日となった。まあこういうこともある。この酷暑の日、雨に降られずに鷹ノ巣山、六ツ石山に登れたことで満足しよう。
トオノクボへの下りに入ると、ここに今日一番のマルバダケブキ群落があった。この密集度は半端ではない。マルバダケブキは繁殖力が強く、これが咲くと他の花がなかなか咲けないらしい。それでもマルバダケブキの葉に絡みつくようにコオニユリが数輪、オレンジ色の花をつけていた。
トオノクボで尾根道を外れ、水根への下山路となる。初めのうちはぬかるんだ緩い坂だが、やがて直線状の急降下と変わる。植林帯なのでたんたんと下る。
何度か尻餅をつきながらどんどん下っていく。下界のオートバイの音は早くから聞こえ始めるが、樹林を通して奥多摩湖の湖面はなかなか見えてこない。山腹をトラバースする道を経てようやく産土神社の社に到着する。水根の登山口へはそこから10分ほど。民家の脇を通って水根登山口に下り立った。
車道を歩いて水根バス停へ。濡れタオルは道中ずっと濡れてくれていて助かった。もしかしたら自分の汗を吸っていたからかも。
奥多摩駅までバスで戻る。山は空いていたので、同じ予想を立てもえぎの湯へ寄っていくことにした。しかし河原のキャンプを楽しむ団体が多く入っていて、入場は順番待ちを食らわされる。中には入れても脱衣所から大変な混雑で、のんびりとお湯に浸かることもままならない。奥多摩駅までの戻り道でまた汗をかいてしまった。
奥多摩駅では有料電車「御座敷みたけ清流号」を見送り、次の各停で帰る。