緊急事態宣言がようやく解け、山岳4団体による登山自粛要請も解除となった。職場は今月ほぼ自宅待機で、6月からテレワークを含んでの仕事再開となる。
自粛要請解除とはいっても、6月中旬までは都県境をまたぐ外出は避けてほしいとのことなので、都内の山に行く。東京都の山といったら高尾山と奥多摩だ。この2山域だけでも十分楽しめるので、不満はない。東京に住む登山者はラッキーである。
山笑う萌黄色の時期はやや過ぎたが、少し標高の高いところなら新緑がまだ楽しめそう。まず水曜日に足慣らしとして高尾山に登ったが、体力がかなり落ちているのを実感した。やはり公園散歩と山とでは体の使い方が違う。
長時間の山行はきつそうなので、今回は奥多摩の三頭山に登ることにした。
シオジの新緑(都民の森ブナの路) [拡大 ]
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午後から雷雨の予報が出ているため、早めに登りたい。奥多摩山行ではあまり使っていなかったが車で出かける。都民の森はオープン時間が8時なので、山麓の仲ノ平にある「数馬入口駐車場」からスタートする。
檜原村は早朝ということもあって静かだ。県道の電光板には「都外からの不要不急の外出は自粛を」と出ていた。三頭山はしばらくは、東京都民だけの山になるのか。数馬の湯は来週から再開ということで、ロープがかかっている。
支度をして出発する。山里の朝の空気がおいしい。三頭山荘を経由する道は歩行者も通行できなくなっていたため、車道なりに進む。奥多摩周遊道路に入る手前で、左側につけられた登山道に入る。三頭山登山にはあまり歩かれない道だが、以前は自分自身よく使っていた。少々ヤブっぽいところもある。
背にした道路側からは、周遊道路の開通を待ちきれないバイクが何台も、爆音を響かせながら上っていく音。それも自分が山深く入っていくにつれ静まった。
しばらくすると沢を木橋で渡る。登山道の土の感触、引き締まった空気、目の前に広がる緑のカーテン、2か月ぶりに山に帰ってきた実感がわく。登山自粛の前はまだ木々が芽吹き始めたばかりの頃だったので、いわゆる春もみじの時期の山は今年、登っていない。春もみじの時期というのは景観の移り変わりが一番大きく、木が芽吹いたり花が咲いたりと、1日ごとに様子がどんどん変わっていく。今年はそんな時期の山を全く見ていなかったので、今日はちょっとしたタイムマシン的な経験をしているといってもいいかもしれない。
石垣や堰堤の縁を回り込みながら、急坂を上りきると急に明るくなり周遊道路に出る。ガードレール沿いに数分歩き左手の登山道に入る。これは三頭大滝に至る道だ。ところどころあるベンチには、「ソーシャルディスタンス、2m空けて」との文字板が貼られている。
都民の森のエリアに入り、ウッドチップの道となる。地面にナメコのようなきのこが出ているのだが、不思議にも円弧を描くように張り付いている。三頭大滝付近で大きなカメラと三脚を抱えた人、2人に出会う。
ブナの路に入ると周囲に巨木の立ち並ぶ本格的な登山道となる。早出したので山頂に着くまでは一人かと思ったのだが、意外と他の登山者とも会う。
高尾山の時もそうだったが、カメラマンも含めほとんどマスクをしていない。自分もそうだ。公には「登山中もマスクを」と言うことなのだが、なかなかそういう風にはならない。山に入るとマスクをする時間がぐっと減ってうれしいのは、登山者多くの共通する思いだろう。
「ブナの路」は三頭大滝からムシカリ峠、三頭山を経て鞘口峠まで続くコース名称だ。もっとも前半はブナを見ることはほとんどなく、ムシカリ峠近くでようやく出てくる。ブナは見られずとも、三頭沢に沿った瑞々しい森の道は自然度が高く、さまざまな巨木に出会える。やはり都民の森の中でも白眉のコースである。
カツラ、シオジ、ハウチワカエデ、サワグルミ、サワシデ、チドリノキ。どれも新緑の枝葉を空間いっぱいに広げている。グリーンシャワーを全身に浴びての歩きが続く。前回は落ち葉でだけの確認だったオヒョウも、プレートに名前が書かれていたので木を確認できた。
ムシカリ峠に着く。名前の通りオオカメノキ(ムシカリ)の木がある。近所の公園にはブナはあってもオオカメノキはなかった。深山でこそ見られる樹木だろう。このあたりでブナもたくさん見られるようになった。山頂へ歩を進める。
三頭山中央峰の山頂。空は青空だが、富士山は早くも雲に隠れてしまっていた。その代わり北側の奥多摩の山はよく見え、トウゴクミツバツツジ越しに雲取山もしっかり姿を見せていた。
1500mもの高さの山に登ったのは2月の谷川岳以来だ。空気の質が違う。そして密とは無縁の開放的な、何のプレッシャーもない空間。人間社会はこれから、いろいろと新しい生活様式なるものを強いられることになる。しかし山のほうは特に今までと変わることなく、これからもずっとこのまま存在し続けてくれそうだ。
鶴峠への道に少し入ってみる。ブナやミズナラ、ミツバツツジなど新緑の尾根道。小さなコブを2つほど越えたところに展望のいい場所がある。三ツ峠や滝子山、大菩薩連嶺の山並みが緑濃くなり、すでに初夏の様相だ。
頭上を見るとブナの雌花が受粉し、丸く膨らんでいた。今年はブナの開花があったのかを確認できずに終わってしまったが、どうやら部分的には花をつけた木もあったようだ。ブナは5年に1回くらい大量に開花、結実するがそれ以外の年はほとんど開花しない。そしてその理由とメカニズムはまだよく解明されていない。最近の大量開花で大豊作の年は一昨年だった。
山頂に戻り、東峰へ行ってみる。サラサドウダンがかわいい花をつけていた。三頭山東峰の展望台からは大岳山方面が見えるが、木が伸びたせいか、眺められる角度がずいぶん狭まった気がする。
御堂峠からムシカリ峠に戻って、今日は笹尾根を歩いていく。新緑のトンネルは続く。三頭山避難小屋前のブナも受粉した雌花をたくさんつけていた。大沢山で再び眺めが開けるが、富士山がどこにあるかもわからなくなっていた。ただ天気は予想以上に持ちそうで、まだ青空いっぱいである。
登山者が何組か登ってくる。お互いにマスクをしていないので、なるだけ顔が近づかないように距離を取れるだけ取ってすれ違う。何も言わずともお互いに自然とそうしていた。さらに声を発して挨拶することなく、軽く会釈するだけにとどめる。しばらくはこんにちはも控えた方がいいだろう。
深山の路の分岐を過ぎると都民の森のエリア外となり、登山道はどんどん高度を落とす。樹林の様子も様変わりしイヌブナやマツなど黒っぽい樹肌のものが多くなる。ブナなどの巨木は全く見られない。
最低鞍部はクメケタワで、そこから緩やかに高度を上げていき槇寄山に着く。西側が開け、権現山など山梨県上野原方面の山稜が近くに見える。今は山梨県の山は心理的に遠い。6月中旬までは「都県境をまたいでの外出は控えてほしい」という要請が出ていることから、山梨県の山に登るのも気が引ける。
しかし三頭山は東京と山梨、どちらにも登山口があり両都県から登ることができる。したがって、三頭山に登るのはまずかったのか。
県をまたいでの感染を防止するのが要請の主旨なら、両都県から登れる山の場合はどちらかの都県からだけしか登れないようにしないとならない。しかしそれにはさすがに無理があるので、結局、県境の山は両県とも登山を自粛すべき、というのが建前となるだろう。
複数の都県に登山口がある三頭山や雲取山、三国山などは厳密に言ったら誰でも登山すべきでないことになる。おかしな話だがそれが理屈となる。
槇寄山で休憩ののち、西原峠を経て車を止めた仲ノ平へ下る。駐車場横のたから荘は営業していた。日帰り入浴ができそうなので少し考えたが、入口に「マスクをしてください」との掲示。
土地の人にとっては観光客を受け入れなければならないとはわかっていても、感染を恐れてどこかで迷いの気持ちはあろう。経済と健康、どちらが優先かむずかしい問題だ。こちらとしても、出先でお金を落とした方がいいのか、用(登山)が済んだらさっさと立ち去った方がいいのか、迷う。
しかし何と言っても、奥多摩町も檜原村も未だに感染者ゼロなのだ。村外からやってくる観光客や登山者の責任は重大だ。
せっかく新緑の山でリフレッシュできたのに、本当に登山してよかったのか、結局は登山者側にも迷いの気持ちが残ってしまった。