今年の春のペースは例年になく早い。4月上旬でも奥武蔵の小持山のアカヤシオが見られるかも。少し前に標高の低い蕨山で見ごろとなったようなので、ちょうどいいタイミングと思い出かけることにした。
このあたりでは、生川から妻坂峠に上がる道をまだ歩いていなかったので、生川を出発点とする。
武甲山の展望台から、秩父の市街地を見下ろす [拡大 ]
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花園ICから国道を南下。秩父の市街地を抜けると、採掘現場を正面にした武甲山が大きく見えてきた。
セメント工場の立ち並ぶ通りを走る。土曜日なので工場は稼働しているようだ。こんなところを車で走っていいのかと一瞬思う。この先に登山口があるのが不思議である。
路駐の車が現れると鳥居が見えてきて、そこが生川登山口の駐車場だ。路駐の車があるくらいなので、駐車場はもう満車近い。自分の車は軽なので、小さなスペースに停めることができた。
鳥居を出て、林道をしばらく歩く。朝早いので空気がおいしい。登山道に入って人工林の緩い登りとなる。所々で落葉樹が混ざり、芽吹きの小さな葉が朝日を浴び、キラキラ輝いている。
車はたくさん停まっていたのに、こちらを歩いている人はいない。みな武甲山の表参道のほうをを登っているようだ。
周囲が開け、青空が大きく見えるようになる。斜面は笹もなく一面が茶色なのだが、ハシリドコロが群生しているところがあった。緑の葉がひときわ鮮やかである。このあたりでは真っ先に春を告げる植物なのだろう。カタクリもよく見かけるが、まだ時間が早いので花は開いていない。
妻坂峠に着く。ミツバツツジが咲いているが、芽吹きはここまで上がって来ていない。
ここから尾根歩きとなる。緩やかな登りはすぐに傾斜がきつくなる。大持山までは標高差400mの急登である。じっくりと高度を稼ぐしかない。左右開けたところが多く救われる。
右手には木の間から、武甲山の三角形が大きい。足元にはカタクリの葉がたくさん見られ、花芽もあちこちにあるが、やはり花は閉じている。もうあと2時間くらいすれば日も高くなり、花開くだろう。
このルートは花を見るならやはり、反時計回りで武甲山から先に登るのが正解かもしれない。そうすれば、この急坂を下るあたりではカタクリは十分さいているだろう。今日は小持山のアカヤシオを見たい一心で、計画するときそこまで気が回らなかった。
モノクロームの尾根の傾斜が少し緩くなった部分、ここにもひときわ鮮やかな緑色がある。今度はバイケイソウだった。ハシリドコロもバイケイソウも、多くの野生動物にとっては毒草というのは共通している。他の山野草が出てくる前に芽吹くのは、理由はわからないが何か戦略があるのだろう。
正面に大持山の山体がはっきりしてくると、ミズナラやホオノキに交じってブナも現れた。再び急登となり、片側に人工林が現れるとようやく大持山の肩に出た。標高差400mはきつかったが、バテることなく登りきれた。少し体力が戻ってきたのかもしれない。
主稜線となる大持山の肩に出るとさすが、登山者が継続して見られるようになった。「富士見の丸太」のある所からは、奥多摩の稜線越しに富士山のてっぺんがわずかに覗いている。
大持山山頂は広くはないが、遠くに雪山の稜線が望めた。上信越の山か北アルプスだが、雪の多さから北アルプスのような気がする。大持山から眺められるとは知らなかった。山頂のすぐ下に、ようやく花開いたカタクリを見ることができた。
小持山へは、それまでの伸びやかな尾根から変わって、やせた屈曲の多い道となる。アシビやツツジが増え、足元は岩がちになる。鎖がつくような急な岩場はないものの、手を使って登り下りする場所も多い。小さなコブが立ち並ぶ、ちょっと西上州の山のような雰囲気もある。
アカヤシオの蕾を見る。この尾根は、小持山の直下まで来ないとアカヤシオにはお目にかかれないようだ。その小持山の山頂はすぐ先にあった。
写真で見ていた山頂のアカヤシオのピンク色の花は、枝についたままほとんどがしおれて垂れ下がっていた。これは、ここ数日の寒さが影響したのか、あるいは前日の雨がここでは霙まじりだったのかもしれない。1週間くらい前までは記録的な暖かさで、山の上の花も勇んで開花したのだが、ここへきて急ブレーキがかかった。
低温の影響は山麓の農地や果樹園で広範囲に見られ、遅霜による被害も出ているようだ。
アカヤシオはここでしか見られず、結局今日は蕾かしおれたものにしか出会えなかった。
気を取り直して先に進む。同程度の標高の武甲山へは、いったんシラジクボまで標高差150m以上も下って、すぐにその分登り返すというきつい行程となる。とは言え、長い下りの中でも緩やかな部分も多く、花開いたカタクリもところどころで見られるようになった。
シラジクボは、漢字で書くなら白地窪だろうか。武甲山は石灰の山だから、白い岩が露出した鞍部だったのかもしれない。名郷のほうには白岩という地点もある。登山口の生川からは、ここシラジクボまで直接登れるルートもついているようなので(以前はたしか、一般道ではなかったはず)、武甲山は大持・小持を経由せずとも周回コースで歩くことができる。
登山者が一気に増える中、武甲山目指しての登り返し。日差しがたっぷりで明るく、スミレをたくさん見る。タチツボ、エイザン、ナガバノスミレサイシン。先日高尾山で見られなかったアケボノスミレも少ないが咲いていた。岩場はもうないので、急ではあるが思いのほか歩きやすい。
発破注意の看板が立つ、武甲山の肩に登りつく。薄暗い人工林に入って数分、鳥居と社のある御嶽神社に着く。神社内は広く、大勢の人が休憩している。
一投足で武甲山山頂の展望台へ。フェンス越しではあるが眺めはすごい。秩父市街地から関東平野が一望のもと、そして遠くに谷川連峰など上信越の山が勢揃いしている。左手に見える平らな山頂は苗場山か。足元が採掘現場で切れ落ちているので、よけい胸のすくような眺望感である。
秩父市街地の手前のほうに、柴桜のピンク色のエリアがある。観光スポットとして有名になった羊山公園だろう。あそこからの武甲山の眺めも格別ということだが、今日は逆に武甲山から公園を見下ろしている。
神社の敷地へ戻ってお昼休憩とする。広々としてゆっくりできる。木に囲まれているので風から守られ直射日光に当たることもなく、真夏の盛りでなければ年中過ごしやすい場所かもしれない。神社がなければテント場になっていてもおかしくない。
あとは、登山口目指して一気に下るのみ。このルートは武甲山への表参道で、ずっと杉林の中である。丁目石が立っており、五十丁目からどんどん数を減らしていく。下り始めてすぐに、アズマイチゲがいくつか咲いていた。こんな薄暗い所でも、水の流れがあるからか花が咲いているところがある。気づく人は少ない。
単調な杉林の下りがしばらく続く。大杉の広場を通過し、少し気温が上がってきた気がする。足元にもスミレが再び見られるようになった。
十五丁目の登山口を過ぎ、林道を緩く下っていく。斜面に多くの春植物を見る。ヒトリシズカ、エイザンスミレ、マルバスミレ、ハコベ、フデリンドウ。
生川集落は民家が1軒だけ、それにカフェのような建物がある。川を挟んで、林道に沿って山側に登山道があったのでそちらを歩いて生川登山口の駐車場に戻る。行きは薄暗くてよくわからなかったが、ヤマザクラが満開だった。
車で秩父市街地に戻る。振り返って武甲山を再び仰ぎ見る。採掘の斜面があまりにも痛々しい姿だが、この山にはそんなものを吹き飛ばす圧倒的な存在感、神々しさを感じる。
大持・小持とつなげる武甲山登山は、距離は短い割にはダイナミックで変化のあるルートで、長い距離を歩いた印象がある。山の大きさがなせる業なのだろう。