今まで何度も登ってきた比企三山(笠山、堂平山、大霧山)だが、慈光寺からの登路は今回初めて歩く。
創建が西暦673年と、関東でも屈指の古刹として知られた慈光寺は、昔は堂平山に奥ノ院があったという。そこに至るまでの巡視路が近年、「ときがわトレッキングコース」として地元で整備された。
比企の山への道としては少し長いのだが、それだけに奥武蔵の自然や山上集落の風景をじっくり楽しむことができそうだ。
関東でも有数の古刹、慈光寺(じこうじ)
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武蔵嵐山駅には初めて下りる。西口で待っているとやがて、小さくてかわいいときがわ路線バスがやってきた。乗客は自分以外1人だけだ。
バスは郊外の住宅地をのんびり走る。桜が満開の明覚駅でも客は乗って来ず、せせらぎバスセンターに到着。ここで慈光寺入口方面のバスに乗り換える。
ときがわ町のバスはしばらく利用していない間に、運行体系が大きく変わっていた。このせせらぎバスセンターを中心として路線が放射状に伸びていて、それぞれが鉄道駅や役場、集落、観光地を結んでいる。山登りに利用する場合は、このせせらぎバスセンターで一旦乗り換えが必要となるが、結構いろいろな地域に運んでくれる。駅は武蔵嵐山のほか、小川町駅、越生駅、明覚駅が利用できるので好都合である。
ときがわ路線バスの時刻表の冊子を見ると、こういう放射状の路線をハブスポーク式という、と書かれていた。よく飛行機の空港でハブ空港というのをよく耳にするし、コンピュータネットワークの用語でもある。近代的なイメージの横文字がこんな静かな山里で聞かれるとは、何か時代も変わったなあと感じた。
バスセンターの周囲は畑地の広がる丘陵地帯で、山肌はきれいな萌黄色になっていた。今年の季節の進みはやはり早い。今日明日と気温も上がって、春本番の陽気となりそうである。
慈光寺入口バス停から、ときがわトレッキングコースの石標柱に従って歩き出す。9時台だと慈光寺まで直接運んでくれるバス便もあるようだが、今の時期は下から取り付き、付近の様子を眺めながら歩くのもいい。
女人堂で分かれる道を右へ。慈光寺は昔、女人禁制の時代もあったようで、女人堂はその名残りらしい。車道の両側にはいろいろな桜の木が植えられていた。早咲きの桜が多いせいか、すでに花が終わっているものが多い。今はソメイヨシノがちょうどいい時期のようだ。
民家の庭にはミツバツツジやレンギョウが咲き、春本番の様子だ。時々、ショートカットの山道に入りながら高度を上げていく。塔の井という、昔使われていたと思われる井戸の跡がある。
スミレはタチツボほか、エイザンやアケボノなどを見る。またあちこちにシャガの群落があって、どんどん咲き始めている。
良寛や空海の書碑を見て、芽吹きの始まった道を行くと、眺めのいい台地に上がり、慈光寺の敷地に入る。周辺はソメイヨシノやミツバツツジが咲き競い、まさに春一色になっていた。春の奥武蔵の山登りは、花で溢れる集落を眺めながら歩けるのが魅力だが、こういう寺社から取り付くのもまた趣があっていい。
坂東九番札所でもある観音堂への急な階段を上がると、観光客やトレランの人が何人かいた。貼り紙によると、明日観音堂のご開帳があるようだ。
トレッキングコースは観音堂の裏から始まる。トレランの人も同じところを入っていったので、ここは走るのにもいいコースなのだろう。
樹林帯に入り、しばらくはお日様ともお別れのようだ。直進する道はおそらく都幾山を巻く道だろう。右手の尾根通しの登山道に入り、傾斜は緩いがほぼ直登で15分ほどで都幾山山頂である。林の中の狭い場所だが、北斜面が少しだけ開けており、花期は過ぎたもののカタクリが見られた。
16年前、正丸尾根から都幾川村の日向根へ下るコースを歩いた時から存在だけは知っていた山である。その頃は都幾川村に登山対象の山があるとは知らなかったので、今日は記念すべき登頂と言える。
なだらかな登山道を進む。早くもヤブレガサが葉を出し始めていた。時々現れる導標には「天文台へ」と書かれている。堂平山のことである。
薄暗い檜林が続くが、冠岩で都幾山を巻いてきたと思われる道が合流するところは雑木林で少し明るくなった。ヤマツツジが咲いている。その先で金岳への踏み跡が伸びていたので寄っていく。この辺りは尾根が幅広く、進行方向が若干わかりにくい。
金岳は檜林の中のピークだった。静寂が支配する中、三等三角点が存在を誇示している。
左方向に緩く下っていく。本来の登山道に行き当たるかと思ったが、道はそのまま舗装された車道に出た。峠状になっていて、八重休憩所はこの車道を左に下っていく。ただ直進方向の山の斜面にも踏み跡は続いていたので、これを行ったら尾根通歩きが継続できるのかもしれない。今日のところは休憩所経由で林道を歩く既定のコースで行く。金岳を巻いた道が合わさるところでは、久しぶりにマツダランプのブリキ看板を見た。
八重休憩所は小さな集落の広い畑の真ん前にあった。家の人だか、畑に出てきて農作業をしている。ミツバツツジが色鮮やかで、行く手には堂平山が大きい。
ここからは林道歩きになる、「八重のヤマザクラ」の案内板に従って林道を少し外れてみたが、ほとんど花は咲いていない。林道沿いの他のヤマザクラには開花しているものもあった。
車やバイクが時々通る林道から山道に入り、しばらくしてまた林道に復帰。この間、足元にはいろいろな種類のスミレが見られた。エイザンスミレ、マルバスミレ、またナガバノスミレサイシンは白花が多い。
地形図ではこのあたりで林道を外れ、尾根伝いに堂平山に登れそうだが、取り付きがよくわからない。林道のほうは二手に分かれ、堂平山へは左の未舗装路に入る。ここの斜面咲くスミレはヒナスミレばかりだった。清楚で慎ましやかなその姿はスミレのプリンセスと呼ばれる。奥武蔵の山でこれほどたくさんのスミレを見たのは初めてかもしれない。
この未舗装道路にも車やバイクが通過していった。しばらく歩くとその車は停車しており、その少し先が森の広場の入口だった。まだ開花前の桜の木が植えられ、眺めのいい公園風になっている。
急な階段道を登り、北方の眺めがいい松の木峠。堂平山の山頂部はもう見えているようだが、近いようで遠い。慈光寺コースは堂平山の山深さを知るいいコースである。
最後の急登を詰めるとログハウスのあるキャンプ場に登りついた。今まで知らなかったが、堂平山直下には車で来れるキャンプ場があるのだ。
目の前に見えている天文台に向かって車道を横断し、芝地を越えたらようやく堂平山の山頂である。歩き出しから、歩行時間だけで3時間30分もかかるという、堂平山への登山路としては異例の長いコースだった。
昔は慈光寺の奥ノ院があったと言う堂平山だが、今は信仰の山としての名残りはほとんど見られず、天文台やキャンプ場、パラグライダー発着地として人気の近代的な山となっている。
一等三角点のある山頂からは360度の展望だが、両神山方面は春霞で見通しは悪い。
反対側の登山口である白石地区が見下ろせる。集落付近はソメイヨシノが満開なのがここからもわかる。
自然林の中を七重峠へ下る。今の時間は登ってくる人が多い。峠付近で例年通りカタクリが見られたが、花数は少ない。
峠から急坂を登り返して笠山西峰に着く。社のある東峰へ、岩尾根を歩いているとき、「イワウチワが満開だよ」と声をかけられた。見ると斜面の一角にイワウチワが群落を作っていた。東峰に寄った後に写真を撮ることにする。
笠山東峰は静かで落ち着いた場所で気に入っている。樹林に囲まれてはいるが、木の間から麓を見下ろすと意外と高度感があり、高い山に登ってきた気分になる。立ち木に「スカイツリー」との矢印付きプレートがついていて、その示す方向が少し開けているので、空気の澄んだ日ならスカイツリーが見れるのかもしれない。
イワウチワの場所に戻る。春の笠山は何度か登っているが、イワウチワを見るのは初めてで、しかもこんな山頂下の斜面に群落地があるとは全然知らなかった。広い場所ではないが、20株ほどの花が皆同じ方向を向いて咲いているので写真に撮りやすい。
今回も皆谷に下山する。一昨年の花いっぱいの集落の風景が忘れられずの再訪である。高度を落とすと雑木林は芽吹きから淡い新緑になっていた。ただ、カタクリはここもあまり多く咲いてはいない。年々花数が減っている気がする。
林道を横断し、途中で登山道を外れて尾根通しに進む。前来た時より踏み跡がはっきりしていて、藪が薄くなった。と思ったら付近は伐採の手が入ったようで、その影響なのか、お目当てのシュンランは見られなかった。
同じところに季節を合わせて毎年来てみると、ちょっとした自然環境の変化につい目がいき、「前回はこんな風じゃなかった」とがっかりすることの方が多い。その一方で、今回みたいに多くのスミレが見られたり、思いもかけなかったイワウチワの群落など新たな発見もある。
萩の平はツツジや桜、花桃が咲き今年も桃源郷である。民家の間の小道をショートカットしながら県道に下り立った。皆谷バス停に着き、満開のソメイヨシノの下でバスを待つ。
やってきたイーグルバスは何と満員すし詰め状態だった。堂平山や笠山でいくつものグループとすれ違ったので、その人たちが白石から乗ってきたのだろう。途中のバス停では乗れない乗客も出た。
小川町駅には16時過ぎの到着。今日は久しぶりによく歩いた。