10月になってずいぶんと過ごしやすくなった。とはいえ、この週末は残暑がぶりかえすとの予報があるので、少し標高の高い山に登りたい。奥日光の山は有名どころはだいたい登ったのだが、主役の男体山は未踏である。
関東百山は残り2座となった。男体山と、今は登山が禁止されている箱根の山だ。男体山は最後まで取っておきたかったのだが、もうひとつのほうがいつ登れるかわからないので、このあたりでもう登ってしまおうと決める。登れる時期が限られ、ある意味季節感に乏しい山でもあるので、この初秋に登る山としてはいい選択と思われる。
九合目付近。中禅寺湖を背に男体山への最後の登り
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久々にいろは坂を車で上る。観光シーズンとしての紅葉時期にはまだ早いが、上っていく車はけっこう多く、少し渋滞になった。ほとんどが釣りか、登山の人だろう。
二荒山神社前の駐車場はすでにほぼ満車で、端っこにどうにか停められた。目の前に中禅寺湖の湖面がだだっ広い。「今はもう秋、誰もいない海」のフレーズが頭に浮かぶ。
神社の境内に上がる。男体山の上半分がここからよく見える。天気はよさそうだ。まず用紙に名前と住所を書き、受付に申し込む。男体山は数少ない有料登山の山で、参拝料をここで支払う。昨年まで500円だったそうだが1000円になった。代わりに御守護(お札)を受け取る。紙っぺらではなくケースに入った丈夫な札で、これはこれでうれしい。
裏側の志津口から登れば料金はかからない上に標高差も少ない。しかし男体山はやはりこの表参道から登るのが正統だろう。
山門や鳥居をいくつかくぐり、神社の階段で登山が始まる。前後に若い人、中年、男女様々な登山者がいる。
標高差1200mを登るのは久しぶりで、ペースをつかめずバテないか、不安な面もある。しかし階段や土の登りの道はあまり急なところもなく、比較的歩きやすい。さすが参道として歩き継がれてきたことはある。
杉の大木の多い樹林帯だが、ブナやカエデも見かける。男体山にこんなにブナが見られるとは意外だ。信仰の山で伐採が禁じられ、老木が残ったのだろう。標高1500mくらいまでは広葉樹林が楽しめる登りである。
三合目でいったん林道歩きとなる。奥日光の山はナギと呼ばれるガレ場が多く、男体山も例外ではない。砂防工事が盛んにおこなわれ、そのための作業用道路だそうだ。林道脇に紅葉の進んだブナがあった。
四合目から仕切り直しの登りとなる。ジグザグで登山道らしくなった。周囲のツツジなど低木にも色づくものが目立ってくる。立派な小屋のある五合目を過ぎると、樹林の切れ間から中禅寺湖方面が見下ろせるようになる。社山や黒檜岳などの山稜も大きく、こちらと肩を並べるくらいの高さになっている。
周囲の木々はコメツガ、シラビソなど高山の針葉樹が目立つようになっていた。ガレ場が現れ、傾斜もだんだんきつくなる。高度を上げるにつれ、標高に合わせて周りの景観がどんどん変わっていく。
登る前は単調な山だと思っていたが、参道ありガレ場ありで、眺めに高度感がある。それにこの垂直方向の植生の変化が大きく、なかなかバラエティに富んでいる。
ガレ場とダケカンバ帯が交互に現れ、ギャップも多くなって体力を使う。ここまで勤めてペースを守ってきたものの、ややバテ気味だ。
七合目上の岩場で少し休憩する。ここも眺めがいい。しかしこういう場所であまり注意せずに休憩すると、体が冷えて疲労が倍加してしまった。この先は急登がついえるものの、逆にバテてしまい、休み休みの歩きになる。このコースは全体でペースのつかみ方が難しく、他の登山者も八合目あたりで苦しい表情を浮かべる人が多いようだ。
オオシラビソが見られるようになるともう九合目。標高のほとんど変わらない女峰山ではハイマツが見られたが、こちらにはないようだ。そしていよいよ山頂部が見えてきた。背後は中禅寺湖がはるか下に大きい。最後の力を出して滑りやすい赤土を登る。
社務所と二荒山大神の像の立つ、男体山頂上に到着する。最後はかなりバテたが、展望のすばらしさが疲れを吹き飛ばすようだ。女峰山から大真名子山、太郎山、日光白根山。遠くには燧ヶ岳の双耳峰も。足元の尾根筋は紅葉した木々も多く、ナギの白い崩壊地とのコントラストが目を引く。
もちろん眺めだけではない。山そのものが大きく威厳と存在感がある。まさに奥日光の主役を張るに足る名峰だ。さすが百名山と言えるだろう。
山頂西側は下り気味の稜線が伸び、太郎山神社の大きな祠がある。以前は三本松へ直接下る西稜ルートというのがあったそうだが、この方向道なのだろうか。今は地図に線も描かれておらず、歩く人もいないようだ。
実際志津側へ下った場合、三本松まで林道を延々歩いてバスで帰る人が多いので、直接三本松へ下れる道があれば重宝しそうだ。
社務所の近くに戻る。東側にも広場があるのに気づいた。こちらのほうが多くの人で賑わっている。写真で見た宝剣も一段高い所にあった。
周りの山から男体山を眺めると山頂がとても広いように見えるが、たしかに広い。
日がかげると途端に気温が下がる。長袖シャツ一枚を重ね着してもまだ寒い。おそらく10度を切っているのではないか。
登るときは往復コースにする予定だったが気が変わり、このまま志津乗越へ下ることにした。下山後は少々長いが林道を歩いて、三本松なり光徳温泉まで行けば、バスで車のあるところまで戻ってこれる。
宝剣の裏手から稜線が伸びており、これを進む。女峰山を正面に見て辿る道は眺めがよく、稜線下のガレ場と紅葉した斜面がダイナミックに見下ろせた。すぐに砂地の急な下りに入り、少し緊張する。
こちら側から登ってくる人は少ないものの、ときどき見かける。車で来ている人が大部分と思われる。以前は志津乗越まで車で入れたようだが、今はそのかなり手前にゲートがかかっていて、そこから林道を1時間半ほど歩いて登ることになる。
ゲートからでも山頂までの標高差は、表参道ルートに比べ250mも少ない。体力的にはセーブできそうだが、さっき書いたようにやはりこの山は表参道から堂々?と登るべきだろう。
志津への下りは、表参道ルートほどの急傾斜はないものの、木の根が登山道を覆ってギャップ(段差)が非常に多い。路面も湿っぽいところが点在しスリップに注意が必要。下りは下りでなかなかの難路となる。
矮小化したダケカンバ帯から次第にコメツガの森に入る。右手にパックリと口を開けた大きな白ザレ。それを全景に大真名子山が高くそびえている。もうあちらのほうが高くなった。
滑らないように集中して下っていく。やがて三合目の標柱。落ち着いてきた登山道をさらに下降。いったん河原のようなところに出て一合目。その先に志津小屋があった。この小屋は二荒山神社が建てたものだそうだ。
小屋の周囲は膝くらいの笹に敷き詰められた、なかなか開放感のある樹林帯である。保安林の案内板がある。山を歩いていてよく見かけるのは「水源涵養保安林」で保安林の80%を占めているそうだ。ここ男体山の保安林は「保健保安林」「土砂流出防備保安林」と書かれていた。保安林は17種類あるが、山中で水源涵養保安林以外の標識を見るのはけっこう珍しい。
単調な樹林帯歩きの時は、保安林の標識探しをしてみるのも面白い。水源涵養以外のものを見つけたら、その日はいいことがあるかもしれない。
小屋から数分で志津乗越の林道に出る。ここからは、以前女峰山縦走したときの下山路と重なる。
この林道歩きは長い、が仕方がない。ずっと舗装路で崩壊もないので、一般車の運転も全く問題はないのだが、数キロ先にゲートがかかっていて通行止めだ。カエデやカラマツ、ミズナラの林を見ながら淡々と下り、T字路で右折。15分くらいで光徳温泉アストリアホテルに到着である。
日帰り入浴の受付にギリギリ間に合った。ここの温泉は硫黄の香り豊かな薄緑のにごり湯で、気に入っている。
近くの山に登ったら必ず寄りたいところなのだが、太郎山、女峰山、大真名子山、男体山、どれも登降きつく山深い。簡単に登れない山ばかりなので、今後この温泉に入れるのか確証がない。今日が最後かもしれない。
二荒山神社前までバスで戻る。日光駅行きの定期バスは座席が全部埋まり、道路周辺も至る所で観光客で賑わっていた。これもGOTOトラベルの影響なのか、日本の観光地は少しずつ元気を取り戻しつつあるように思える。
ようやく登った男体山は、登りも山頂も下りも、遠くから見たときに抱いた印象そのままの山だった。関東百山の99座目だったが、残る最後の一座、果たして生きているうちに登れるのだろうか。